沖縄好きがきっかけでマラソンにはまったブログ
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電気代がまた値上げ?

NAHAマラソンのホテル代が年々高くなってる、、、
JALのマイル数も高くなってて、以前ならハワイに行けるぐらいのマイルが消費されてしまう

もう金持ちしか参加出来ないマラソン大会になりつつあるなぁ


そこへ来て電気料金値上げの話がニュースに!

またぁ?

もう生きてくのが大変だわw

こんな事なら家を買う時にソーラーパネル付きの家にしておけば良かったなあ、とつくづく思う

知り合いが埼玉県の鶴ヶ島で太陽光発電付きの戸建てを売り出してるけど、今の家を売ってそっちへ引っ越そうか、真剣に考えてしまう

鶴ヶ島なら、関越道と圏央道を使えて便利だし、コストコにも20〜30分で行ける

私が勝手に決めてる日本三大ポークの一つ、サイボクハムにも20分!
惹かれるわぁ

練馬(谷原)まではGoogleマップだと31分て出てるけど、朝の通勤時間だともう少しかかるのかな?

まあ、倍かかったとしても通勤時間としては全然許容範囲


最初に物件の値段を聞いた時は、「高っ」って思ったけど、オール電化でガス代はかからないし電気代も格安で済むから、それを考えると長い目で見たら高くない気がしてきた

ヘーベルハウスだから災害にも強いし

ベランダでバーベキューもできるしなぁ

真剣に検討してみよ




那覇マラソン2023 42.195km走ってきました

今年で12回目の那覇マラソン、ドラえもんになってどら焼きを子供達に配りながら走ってきました。


今年はランナーが8名、応援隊5名で参加。

そのうち仮装したのは3名で

・ドラえもん(私)

・ドラミちゃん(妻)

・大谷翔平(ユージ )


その他の参加メンバー

《ランナー》

マレさん

13年前に沖縄の居酒屋のカウンターで隣同士になったのがキッカケで仲良くなり、それ以来毎年那覇マラソンに一緒に参加。今回サブ4を目指す。


松下君

ユージ の幼馴染み。昨年初のフルマラソンで那覇マラソンに出場したが完走できず、今回リベンジに燃え、前半は速いペースで走り後半は歩く作戦で完走を目指す。


藤田君

ユージ の幼馴染みであり私の元部下でもあって、会うのは2年ぶり。今回初のフルマラソン。


小森さん

JIM BEAM桑名の友人。フルマラソン経験者で那覇マラソンは今回が初挑戦。彼もサブ4を目指します。


ブッシー

彼女が近所の焼肉店でバイトしてた頃に、当時週2で通ってた私と妻に誘われて出場を決意。今回が初のマラソン大会。


ヨッシー

我が家の隣駅のイタリアン酒場で現在バイト中。私に誘われてこちらも今回が初のマラソン大会。少しでも風の抵抗を減らすために両サイドの髪の毛を短く刈り上げて参戦。


《応援隊》

・JIM BEAM 桑名

私の元部下で、彼のサポートが無ければ私の完走はありません。もう18年ぐらい前の話だけど、同じ職場で働いてた時、入社して1週間の彼が真冬の寒い日に私のコートを間違えて着て帰ってしまい、自分のコートが無いことに気づいた私は社内500人へ“コートが紛失した”と一斉メールをしたが犯人は見つからず、私はジャケットだけで凍えながら帰った事を昨日のことの様に覚えている。


私はコートさえ戻ってくれば犯人探しをするつもりは無かったし、黙ってコートを元の位置に戻しておけばバレないものを、


「すみません、僕が着て帰りました」


と本人が名乗り出てきた。

私は第一声、笑いながら


「よく名乗り出てきたなあ。黙ってりゃ分かんないのに」


と言ったのを覚えている。

それがキッカケで距離も縮まった。


・史織ちゃん、ケイ君、ハルキ君

マレさんの奥さんと天真爛漫な子供達。史織ちゃんも過去に那覇マラソンに出場した事があり、その時は気温28℃超えの暑さで完走率53%という厳しい大会だったが、見事完走した。完走出来た要因は、走ってる最中ずっと横でマレさんが声をかけてくれていて、口調は優しいが言ってる内容はスパルタだったと本人は語っている。


私と結婚してます。(でしょうね)

最初はランナーとしてスタートし、3km先のレンタル自転車屋から自転車に乗って応援に回ります。過去にはフルを何度も完走していて体力はあるんだけど、今年の秋から喘息が発症して長距離が走れなくなってしまった。

しかし本人は、“私応援の方が向いてる”と前向きだ。


今年は以上のメンバーです。


昨年、沿道の注目を集めたアンパンマンは、



今年は仕事の都合で残念ながら欠席。

私も楽しみにしてたので残念。


ちなみに昨年の那覇マラソンを、NHKのプロフェッショナル風に作った動画がこれ。



今年も私の衣裳は去年同様、ドラえもんの被り物は市販の物ですが、四次元ポケット、どこでもドア、タケコプターは手作りで、走るとタケコプターが回る、、、予定。


四次元ポケットにはミニどら焼きを入れて、走りながら子供達に配ります。




ドラミちゃんは、被り物も四次元ポケットも全てが手作り。



目はマジックで描いたんじゃなくて黒いフェルトを縫い付けていて、リボンも綿を入れて立体的になってるんですよ。


自宅で出来上がった時に妻が、


「これ、ドラミちゃんに見える?」


と聞かれた時には、市販の物を買ったんだと思ったぐらいクォリティが高かったです。


そして大谷に仮装すると言ってたユージ はというと、過去にサッカー選手に仮装した時は市販のユニフォームを着る程度だったんで、またそれかなぁと思ってたら違った。

彼も手作り。




見てください、このまぶしいばかりのグーサイン。


“ANGELS“の文字もフェルトを切って手縫いで付けてるし、私が一番気に入ったのはベースボールキャップ。

これ、100均で買った赤白帽。

仮装ランナーとして大切なクスッと笑えるちょいダサを押さえてる。

やられた。


そして毎年同じ集合場所、トイレの横に集まって全員で撮影。




と思ったら、あれ?
ブログ書いてて初めて気づいたけど、松下君と藤田君が入ってない、、、、

なんでかな?と考えてたら思い出しました。

今回藤田君と会うのは2年ぶりで、前回会った時はかなりぽっちゃりしてて、今回初のフルマラソンに出ると言うので正直、“国際通りあたり(3km)で終了だなぁ”と思ってたら、なんと20kgの減量をして全くの別人で登場。
見た瞬間、置いていかれるのは私だと確信した。
藤田君が来たらもう一度撮り直す予定だったんだけど、そんなことがあったんで撮り直すのを忘れてた。

そして松下君が写ってないのはですねえ、普通に見切れてました笑

iPhoneをセットしてApple Watchで画面を確認しながらの撮影だったんで、今の今まで1人見切れてることに気付きませんでした。
ゴメン、松下君。

そしてスタート位置に向かおうとした時、撮影クルーが大谷(ユージ )に声をかけてました。
ユージ 、初の単独インタビューです。


※琉球朝日放送より


今年の大谷(本物)は凄かったですからねえ。

仮装でも注目を浴びるんですね。

 

そして今年初参加が3名いて、その中の1人、ブッシーがKブロック(最後尾ブロック)だったんで、彼女に合わせて我々も最後尾へ。


同じく初参加の藤田君は一つ前のJブロックだったんだけど、一緒にスタートしたかったんで、


私:「藤田君も最後尾から行こうよ。」


藤田君:「いやぁ...  Jから行きたいです。」


私:「多分2分ぐらいしか変わらないよ。」


藤田君:(か細い声で)「えぇ〜、、、、」


すると昨年初参加で今年が2回目の松下君が、


松下君:「俺も去年、みんなが(自分に)合わせてくれたからさあ。」


と助け舟。

こうして今年も最後尾からスタートをする事になった。


しかしこれで藤田君が2分差でゴール出来なかったら私のせいだ。

その時は大人の謝罪をしないとダメだな。


そして最後尾ブロックに向かう途中、また大谷(ユージ )がインタビューを受けた。






RBCさん、ありがとうございます。

楽しいマラソンになりそうだ。



それはそうとタケコプターがちゃんと回るか心配だ。

自撮りしてみると思ってた以上に回ってた。




この後、後ろにいた台湾から参加のランナーに一緒に撮影して欲しいと頼まれた。

(どっかのブログに載ってるかなあ)



【いよいよスタート】

スタートの鐘が鳴り、我々がスタートラインを通過したのは20分後だった。


今年もあまり練習が出来なかったから、20分ロスは大きいなあ、、、

そう思いつつも、AブロックやJブロック(自分はEブロック)だった人を引き連れて最後尾にしたんで、まずは自分が完走出来なければブッシーが責任を感じてしまう。

合わせてくれたみんなにもプレッシャーを与えちゃって悪かったなあ、、、まっいいか、と思いながらスタート。


途中、どら焼きを配りながら、



子供達からエネルギーをもらい、沢山の声援を受けながら走りました。





そして最初にゴールしたのは小森さん。

4時間5分。

速えー。

サブ4は達成出来なかったけど、このアップダウンがキツいコースでナイスランだ。


次にマレさん。

彼はサブ4を目指してたんだけど途中からグルメマラソンに変わり、吉野家の牛丼や流しそうめんを堪能しながらゴール。


次が、当初国際通りでリタイヤかと思ってた藤田君。

フル初挑戦ながらも、しっかりトレーニングしてきた成果が出た。

そして誰よりも一番ホッとしたのは私だ。



その藤田君に遅れること10分。

私がゴール。


そして昨年のリベンジとなる松下君が、大谷と揃ってゴール。



どうやら松下君は作戦がうまくいったようだ。


残るは初フルマラソンのブッシー&ヨッシー。

2人と27kmあたりで会った時はかなりキツそうだった。


ブッシーは軽い熱中症の様だったし、ヨッシーは足がつったと言ってた。


ちょっと無理かなあと思ってた時、今回参加出来なくてYouTubeでLive放送を見ていたアンパンマンからLINEが入った。


それは波打ち際を守る会のTシャツを着たランナーが、残り2分で競技場に入るシーンだった。





ヨッシーだ。


私の初フルマラソンの時も制限時間ギリギリだったから、この時の彼の気持ちは凄く分かる。

あの時は両足の親指の爪が剥がれる事になりながらもゴールしたが、今回の彼も足をつりながらなんとか頑張ってきたんだろう。


残り2分かぁ

両サイドの髪を刈り上げてなかったら完走出来なかったかもしれない。

作戦成功だ。

おめでとう。


そしてブッシーは大丈夫だろうか。

途中で合った時は顔を赤くしていて熱中症の症状が出てたから、塩タブレットをあげて「無理しちゃダメだよ」と声をかけて、応援に回ってる妻へ電話をして、「ブッシーが軽い熱中症だから氷を渡してあげて」と伝えたのだが、見つけられなかったらしい。


途中で倒れてなければいいが、心配だった。


すると妻から電話が入り、

「全員完走したよ」

だった。


最高の報告だった。


私が集合場所に着いた時にはまだブッシーの姿はなく、しばらくすると疲れ切った表情のブッシーがヨロヨロと歩いてきた。


みんなで「ブッシーおめでとう、頑張ったねー」と声をかけたが、無言のまま妻と抱き合って泣いていた。

妻ももらい泣きしていた。

私も泣きそうだったが、55歳のおっさんが泣くと引かれるので我慢した。


ブッシーに、

私:「よく復活したね。俺があげた塩タブレットが効いたんじゃない?」


ブッシー:「・・・」


違うらしい。

でも完走できて良かった。



あとは飲むだけだ。


みんなお疲れさん。

楽しい那覇マラソンだった。




NAHAマラソン2019 42.195km走ってきました

今年も那覇マラソンに参加してきました。
ちょうど10年目の挑戦で、今年は仲間4人で参加。

4人のうち1人はサブ4を目指し、あとの3人は仮装してサブ6を目指します。

【仮装ランナー】
・吉本新喜劇のシゲ爺
・のび太くん
・ドラえもん

自分がドラえもんで、四次元ポケットにどら焼きを入れておいて子供たちに配りながら走ります。

四次元ポケットは小さいからすぐに無くなっちゃうんで、ストックをのび太くんのランドセルに入れて途中で補充しながら走る作戦。
だからのび太くんとは離れられない訳です。


【大会前日】
ゼッケンを受け取りにマラソン会場へ。

会場内ではいろんな催し物があって、錦織圭の等身大パネルと一緒に写真が撮れるブースがありました。

実は今回シゲ爺に仮装する河野くんは、錦織圭に似てるんですよ。
以前から、

「錦織圭に仮装して走れば?ラケット持つだけで完成するし」

って言ってたんだけど、本人は似てるって言われるのが嫌らしく、頑なに拒むんですよ。
僕が錦織圭のパネルを見つけて、

「あれ?河野くん、あそこに河野くんのパネルがあるよ。これは夢のツーショットを撮るしかないんじゃない?」

そう言って錦織ブースへ吸い込まれるように歩き出すと、背中から、

「いやぁ、いいですよぉ」

と聞こえてきました。
しかし僕は全く足を止める気もなく、そのまま進み続けると、

「え、ホントに撮るんですかぁ?マジですかぁ?」

「俺も一緒に並ぶからさあ」

そう言って列の最後尾に並びました。
思いのほか人が並んでいて、数えてみたら13番目。
錦織圭っていってもパネルなのに、、、
こんなに人気があったとは、、、

ハッ(゚o゚;;
もし今俺が大きな声で、

「ご本人の登場です」

と言って河野くんを指さしたら、、、河野くんはあっという間に囲まれるんじゃないか?
しかし、偽物と分かった瞬間のガッカリ感は計りしれない。

言いたい気持ち6割。
ガッカリさせちゃいけない気持ち4割。
う〜〜ん、、、若干言いたい気持ちが上回っている、、、

そんな葛藤の中、撮影している人に視線を移すと、何やら長い筒状の物を手に持っている。

それは、東京五輪で使用する聖火トーチだった。
本物なんで直では持たせてもらえず、手袋をして撮影している。
どうやら皆さんのお目当てはこちららしく、錦織圭がお目当てなのは我々だけだった。
“ご本人の登場…”言わなくてよかった。

そしてやっと順番が回ってきて、

「錦織圭が鏡に写ってるように左右対称になるポーズで撮ってよ」

と言うと注文通り撮ってくれた。


やっぱり似てる。。。
白いTシャツと短パンを持ってくるんだった。

手袋を渡す役目の女性に、

「彼、錦織圭に似てるでしょ。クククッ」

と言うと、

「ホントだ、似てるわねえ」

と言っていました。

ひとつ気になる事があって、みんなトーチを上から撮影してたんです。
なんでだろう?と思って上から見てみたら、こういうことでした。


桜の形。
なかなかいいですね。

夢のツーショットが撮れて次に向かったのは、ユンケルを無料で配っているブース。
そのブースの向かい側で、昨年の那覇マラソンの様子(おそらくTV放送されたもの)が、大型ビジョンに映し出されていた。

「あ、これ残り2kmの辺りだ。この辺まで来るとやっと完走できるって、ホッとするんだよなあ」

そんな事を言いながら河野くんと桑名さん(サポーター)の3人で見ていて、

「そういえば、去年この辺でインタビューされたんだよ」

そう言った直後、出ました。
ドラえもんに仮装した俺。

https://youtu.be/C-mwgUPComA

慌ててiPhoneを取り出して撮影したので、途中からしか撮れませんでした。
今年もインタビューされるかなあ。そんな事を思いながら会場をあとに。


そして次に向かったのは、毎年恒例となった琉球ガラス村のピンポンゲーム。

※ピンポンゲームとは・・・床に琉球ガラス製のグラスが置かれていて、ピンポン球を投げてそれに入るともらえるゲーム。
5球で300円(税込)


琉球ガラス村のパーキングに車を止めて、真っ先にピンポンゲームへ向かった。
早速やろうと300円をお店のおじちゃんに差し出すと、

「500円です」

えっ、そんなに値上がり?

「消費税が上がったからね」

え、消費税ってそんなに上がったっけ?
税率が8%から80%になった計算になる。
い、いつの間に、、、

便乗値上げにも程がある気もするが、500円はちょっと躊躇するなあ、、、

迷ったあげく、結局やることにした。
しかも2ゲーム。

結果はグラスを1つゲット。
欲しかった色のグラスだから良かったけど、1000円使って取れなかったらへこむわ〜。
河野くんは取れなかったからへこんでるけど、彼の性格からすると、見た目以上に本当はへこんでるんだろうなあ。


そして夜は、松山の居酒屋“さんしん”で毎年恒例の前夜祭。
今年も22時半過ぎまで飲んだけど、ここのラストオーダーが22時半でホントに助かります。
これが深夜2時まで営業だと、その時間まで飲んでいそうだからホントに恐ろしいです。
オーナーの公ちゃんに感謝。


【大会当日】
那覇マラソンは毎年暑さとの戦いです。
スタート地点に並んで空を見上げると、きれいな青空。
“今年も暑くなりそうだなあ、、、” 
そんなことを思いながらスタートした。

沿道から沢山の人が声援を送ってくれます。
歩道橋の上から「ドラえもーん」と聞こえてきたり。
全部の声ひとり一人に手を振って「ありがとー」と応えて走った。

のび太と一緒に走ってたけど、のび太にはあまり声がかからないんですねえ。

だいたいのび太は仮装が甘いんですよ。
本物は直毛なのに、偽物は毛がウニウニした癖っ毛。


昨日、ニセのび太に、

「美容院行ってストパーかけてきて、ストパー」

そう言ったんですけどねえ。
ウニウニ言って行かなかったんですよぉ。

まあでも沿道からはたまに、

「ドラえもーん。あ、のび太」

と、ドラえもんのついでに呼ばれていました。


【中間地点通過】
どら焼きをのび太のランドセルから補充しながら子供達に配ってきたんですが、いつの間にかのび太の姿がありません。

途中のび太は何度も、

「キツいです」

「キツいです」

「キツいです」

と言っていたので、私は心の中で、

“こりゃ完走は無理だな。もしかすると第一関門も危ないかも“

そう思っていました。

とても心配です、どら焼きが足りるか。
こんなことなら、四次元ポケットにもう少しどら焼きを入れとくんだった。


【25km地点 ひめゆりの塔】
ここでおにぎりを頂き、ストレッチをした。
毎年頂くんですが、ホントに助かります。

わりとガッツリ休憩して体力も復活したところでコースへ戻ると、見覚えのある髪の毛がウニウニの人、のび太がいた。

「お、のび太くん。どお?」

「キツいです」

それは録音か?
どっかのボタンを押すと「キツいです」って流れるのか?
まあでも第一関門を通過できてなにより。
これでどら焼きの心配はなくなった。

「ところでシゲ爺は?」

「何もLINEに書き込みがないから第一関門は通過したんじゃないですか?」

確かに通過できなかったら何かしらのアクションがあるだろう。
多分制限時間ギリギリだろうなあ。

そう思いながら走り出し、そしてのび太はまた消えた。


【糸満マクドナルド前】
「杉原さーん」

あ、東江さんだ。

「ありがとうございます。やっとここまで来ました。のび太くんは通過しました?」

「いえ、まだ行ってないと思うけど」

「そうですか、やっぱり後ろか。あとお爺さん来ました?」

「お爺さん?まだだと思うけど」

すると東江さんのお姉さんが、

「もしかして白髪のカツラを被った人?」

「そうです、通過しました?」

「まだです」

一瞬抜かされてたかと思ってヒヤッとした。
やっぱりシゲ爺も後ろか。
あのヅラは蒸れるから今日は辛いだろうな。
ドラえもんでよかった。

東江さんにお礼を言って第二関門を目指した。


そして問題がまた発生した。
のび太がいないから、迂闊にどら焼きを消費できない。
去年TVインタビューを受けた時に、どら焼きを出したらかなりウケてた。
という事はやっぱり今年もどら焼きが必要だ。
四次元ポケットには1個しかないから、その時のために残しておこう。


【第二関門通過】
暑い。
沿道の人が現在の気温を段ボールに書いて掲げていた。

“気温28度”

暑いはずだ。
被ってるドラえもんが保温効果バッチリで更に暑い。
ちょっと濡らすか。
いや、ビチャビチャにしよう。
水が滴るぐらい濡らしてみた。

あれ、こりゃいいぞ。
いい感じで頭の熱をクールダウンしてくれる。
頭が涼しくなっただけで、体全体が涼しくなった感じがする。
なんでもっと早く気づかなかったんだ。
来年からはスタート地点からビチャビチャにしとこう。


おや?前方に一際頭のでかい人がいる。
あ、あれは、ボーっと生きてると怒るチコちゃんだ。
これは夢のツーショットを撮らないと。

「チコちゃん、写真撮ろう」

「・・・(コクリ)」

無言でうなずいた。

“パシャ”


クォリティが高い!

「チコちゃん頑張ってねー」

「・・・(コクリ)」

うなずいた。


そして36km地点で桑名さんから冷たいドリンクをもらった。
エイドのドリンクはぬるいから、この冷たいドリンクはありがたい。

ここでのび太を待とうかなあ。
するとLINEに速報が入った。



シゲ爺だ。
シゲジーーー、、、、、Forever、、、、

第二関門で力尽きたようだ。
やっぱり被り物の差だな。
ドラえもんはビチャビチャにできるけど、シゲ爺はゴムだからな。
濡らすと更に密着する。

来年からは地毛で白髪だな。
色の抜き方は桑名さんがよく知ってるから。


そして37kmあたりまで来て、ちょっと応援が途切れる所がある。
まわりを見ながら走っていると、物置の壁に"有料駐車場"の文字が目に入り、そこの料金を見て、一度通り過ぎたあと、あまりの高額だったので引き返してもう一度確認すると、



高っ!1時間10億円。
うっかり駐車したら人生が終わる。
気をつけないと。



そしてとうとうゴールがある競技場前までやってきた。

「なんとか10年連続完走ができそうだ」

「今年も暑かった」

「今回は1度もインタビューを受けなかったなあ」

「のび太を競技場の中で待って一緒にゴールするか」

「のび太とドラえもんが一緒にゴールしたらTVの放送で何かコメントしてくれるかもしれない。公ちゃんが “ TV見ときますよ”って言ってたから後で聞こ」

いろんな思いが頭に浮かび、競技場の中へ入った。
するとRBC琉球放送の撮影隊が待ち構えていて、

「ドラえもんさん、インタビューさせてもらえませんか?」

快くOKすると、

「今、生放送中でいろんな所でインタビューしていて順番を待ってるんで、歩きながら少し待ってもらえますか?」

と言われ、雑談をしながら競技場のトラックを歩いた。
ちょうどその時、とっくに完走したサブ4ランナー中島さん(今年は達成できず)が、その時の様子をトラックの外から撮影してくれていた。
その時の映像です。


私は生放送の本番を前にしていたので中島さんに全く気づかなかった。
ごめん。

インタビューの事前の打ち合わせで、

「大体1分ぐらいの尺なんですが、インタビューの最後に、"ドラえもんの道具で何が一番欲しいですか?"と聞きますのでお願いしますね」

と言われた。
う~ん、、、何が欲しいかなあ、、、やっぱりどこでもドアだな。
スタートしたらすぐにゴールへ行けるし。
そんなことを考えているうちに本番。

「はい、こちらにはゴール目前のドラえもんがいまーす。NAHAマラソンは何回目ですか?」
「どちらから参加ですか?」
「タケコプターは飛べないんですか?」

などいろいろ聞かれ、

「では最後に、頑張った自分にひと言!」

え゛ー、質問が打ち合わせと違いますけどぉ?
頑張った自分にぃ?
ドラえもんの道具じゃなくてぇ?

事前に答えを用意していたから、逆に混乱した。

「え、えーーーっと、もうちょっと涼しくなってほしいです」

あー、“頑張った自分にひと言”になってない。
こんなことなら事前の打ち合わせが無かった方がよかったのにぃ。
しかも、残しておいたどら焼きを出すの忘れたあー。

そんなトラブルがありながら、今年もなんとか時間内にゴールゲートをくぐれた。
ネットタイムは5時間59分54秒。
やったサブ6達成!しまったあーー。
のび太を待つの忘れてたぁ。
ゴールゲート手前までインタビュー受けてたからなあ。
うっかりゴールしてしまった。
ま、いっか。

結局のび太は5分後にゴールした。

完走率は64.2%。
今年も低い。
一緒に出場した4人のうち1人は完走できなかったので、完走率はだいたい当たってますね。

翌日は筋肉痛の足を引きずりながら、仲間と首里城へ行き、再建の寄付をしてきました。
崩れかかった建物がまだ残っていて、毎日首里城を見て生活してきた人の気持ちを考えると、胸が痛くなりました。
早く再建できる事をお祈りします。

こうしてNAHAマラソン10回目の完走ができました。
完走メダルが10個集まったので、IKEAでケースを買って飾ることに。


初めて出場した時は、“ もう2度とフルマラソンは走らない”と思いながらゴールしたのに、、、こんなに続くとは、、、

来年もまた走ります。

シーカヤック大会②

【本番当日】
会場のビーチに早く着きすぎた。

受付の場所もまだ用意されていない...
おそらくこのテントが受付だろうと思われる所に椅子がいくつかあったので、取りあえずそこに座って関係者の方が来るのを待つことに。

 

しばらくすると、独りのおじいちゃんが我々の目の前の椅子に座った。
この人も出場するのかなあ?...
70歳は超えてるように見えるけど。
〝老若男女楽しめる〟とも書いてあったから出るのかなあ?

 

そんな事を考えていたら、30歳ぐらいの女性がおじいちゃんに近づいてきて

 

「先生、お久しぶりです」

 

先生?学校の先生なのか?
少しして今度は20歳前後の男子が

 

「お疲れ様です。先月の大会ではありがとうございました」
「おぅ、ちゃんとトレーニングしてるか?」

 

ん?カヤックの先生か?
その後も次から次へと挨拶に来る。
このおじいちゃん、ただ者じゃないぞ?

 

共通しているのは、会話が全てカヤックの話題で、しかもかなり専門的な内容。

どうやらカヤックの先生っぽい。
そんな事を考えていると、今度はおじいちゃんが我々に話しかけてきた。

 

「どうですか、調子は。毎日漕いでますか?」

 

ま、毎日?
とても「沖縄に行った時ぐらいしか漕いでませ〜ん」とは言いづらい圧力。

更におじいちゃんは

 

「そっちの彼は結構速そうだねえ」

 

と、ユージに話しかけてます。
おじいちゃん、その人まだ2回目。

 

さすがにこのあたりで、〝ど素人が出る大会ではないのでは?〟と思い始めた。

後で調べて分かったんですが、このおじいちゃん、1964年東京オリンピックでカヤックの代表選手でした。1972年のミュンヘン五輪では、強化コーチとして同行したそうです。

 

追いうちをかけるように甥っ子が凄い。
サッカーの本田圭佑。
本田圭佑が高校生の時、このおじいちゃんに「どうしたらプロになれる?」と相談をして、「練習ノートをつけなさい」と言われて実行したそうです。
それを本田圭佑がテレビで言ってたらしい。(ネット情報)


それぐらい影響力がある人だから、いろんな人が挨拶に来るわけですよ。

どうやらこの大会の会長がこのおじいちゃんみたいです。
なので〝ビギナーからアスリート〟のビギナーのレベルがそもそも違うんですよ。

 

この後、我々は出漕するわけですが、想像以上に大変なレースに。

 

 

【スタート30分前】

(アナウンス)
〝選手の皆さんは、カヤックをそれぞれ持って、波打ち際へ集まって下さい。ビーチに並んでるカヤックは、どれでも好きなものを選んでもらって結構です〟

 

ビーチのスピーカーから聞こえてきた。

並べられてるカヤックを見ると…ん?
いつも乗ってるヤツより幅が狭い。
こんなに細かったかなあ?

ま、いいか。

 

カヤックは結構重いんで(いつも2~3人で運んでます)ユージと一緒に運ぼうと思い、どのカヤックにしようかと選んでいると、隣にいた選手が「ヨイショっと」と言ってあの重たいカヤックを1人で担いで行ったんです。

なんてパワーなんだ。

するとその隣の人も軽々と担いで行きました。
ユージに

 

「みんな凄いパワーだぞ。俺らはとんでもない人達と闘おうとしてるんじゃないか?」

 

「凄いですね。俺ら完全に場違いですね」

 

今大会の出場者は18名だが、15位〜18位を我々4人が独占することが確定した瞬間だった。

あとは4人がどういう順番で15位〜18位に食い込むかという、身内同士の争いに......

 

しかし始まる前からナメられちゃいけないと思い

 

「ユージ!とりあえず俺1人で担いでみるわ。いかにも〝軽々と〟ふうで」

 

と言って、いかにも力を入れてない雰囲氣で、ユージと雑談をしながら若干半笑いの顔をしつつ、実際は思いっきり踏んばりながら心の中で

 

〝いっせーのーで、ふんっ〟

 

すると、、、1人で持ち上げられたんです。 
いつの間に俺にこんなパワーが…

いや、違う。
いつも乗ってるカヤックとは別物だ。
何でこんなに軽いんだ?
確かカヤックは重くした方が安定感がでると聞いたことがある。

そうか分かった。
あってるかどうか分からないけど、いつも乗ってるのはレジャー用で、安定感が出るように重たくて、今回のは競技用でスピードが出るように軽いんだ。
ということは、メチャクチャ安定感がないのでは?
若干の不安が過ぎった。

 

 そして後にこの予感は的中することに…

 

(アナウンス)
〝では選手の皆さんはカヤックに乗って、スタート地点(200mぐらい沖)へ移動して下さい〟

 

実は朝から気になってた事があって、今日は風が強いので波が結構高い。
今回のレースは、もともと20名が出漕する予定だったのが、この波を見て2人が棄権していた。

シーカヤック2回目のシゲ&ユージは大丈夫か?

スタート地点までビーチから200mあるけど、シゲさんはまずそこに辿り着けるのだろうか。

まずシゲさんがカヤックに乗るのをサポートして送り出すか。

 

ところが、船尾を押さえて乗りやすくしてあげたんだけど、なかなか乗れないんですよ。
シゲさん曰く

 

「なんか、、足がカヤックの中(コックピット)に入らないんですよ」

 

と、立ったりしゃがんだりモタモタしてるんです。
私も早く乗ってスタート地点に行かないといけないので、だんだんイライラしてきて

 

「お尻上げちゃダメなんだよお」

 

とキツメに言うと

 

「なんか…沖縄で乗ったやつより入るとこが狭いんですよ」

 

たくっ、ごちゃごちゃ言ってないで、早く乗ってから言えっつうのっ#
結局カヤックに乗るのに他の人の5倍ぐらい時間がかかってやっと乗った。

 

そして私もすぐに自分のカヤックに乗ろうとしたら、コックピットに、、、足が、、、入らない。
あれ?
狭い。


ハッ(゚o゚;;


気づいたら、、、お尻を上げてた。
さっきシゲさんに〝お尻上げちゃダメだ〟って言ったばかりなのに…

シゲさんに見られてないかなあ、、、

恐る恐るシゲさんに目をやると、彼は、、、波打ち際から5mぐらい進んだ所で転覆してたwwww

 

私は大爆笑しましたが、後で話を聞くと本人は死ぬかと思ったそうです。
なぜかと言うと、カヤックが逆さまになった時、あの狭いコックピットから瞬時に脱出できたのは奇跡だと。
無我夢中だったので、どうやって脱出したのかも覚えてないそうです。

シゲさんの救助はスタッフの方に任せて、私はカヤックに乗り込み沖へと漕ぎ始めました。

そして漕ぎ始めた途端

 

「うわっ!」

 

つい口から漏れました。
メチャクチャ安定感が無いんです。
今まで乗ってたカヤックとは全く違います。
それに加えてこの波。
カヤックが軽いんで波の影響をもろに受けて、ちょっとでも油断すると転覆しそうです。
これではシゲさんが転覆するわけです。

 

腰から下でバランスを取りながら、やっとの事でスタート地点に到着。

 

(アナウンス)
〝全ての選手が揃うまで、少々お持ち下さい〟

 

少しでも前からスタートしようと思い、スタートラインのすぐ手前で待機していると、少しずつ波に流されていって

 

〝みなさーん、スタートラインから出てますので下がってくださーい〟

 

と注意をされてバック。
待ってる間にまたジワジワと流されていって

 

〝またスタートラインを出てますので下がってくださーい〟

 

こんな事が4~5回繰り返され、なかなかスタートしないので係の人に

 

「あと何人待ちですか?」

 

と聞くと

 

「だいぶ前から1人です」

 

その1人に心当たりがあるので、ジグザグに進んでくるカヤックの選手を見ると、案の定シゲさん。

ワザと我々を焦らしてるのかと思うぐらい、くの字くの字で進んできます。

そして彼の周りには、救援ボートが張り付いてます。
スタート前から注目の選手になっていた。

 

ちなみに今大会のコースは、沖に2つのブイが浜と平行にあり、浜から向かって左のブイからスタートして右のブイへ向かい、折り返して左のブイへ戻る。(1往復が2.5km)

これを2往復した後ビーチに戻り、カヤックを降りて30mほど砂浜をダッシュしてゴールという感じです。

 

 

そして予定のスタート時間から遅れること20分。
ようやく全員が揃い、いよいよスタート!

 

3・2・1
〝プォーーーーン〟

 

エアホーンの音と共に一斉にスタート。
我々4人は転覆しないように進むことで精一杯。
あっという間に先頭集団から外れました。

 

そして波は8時(左後方)の方向から2時(右前方)の方向へ流れているので、浜の方へ流されると予想してたんですが実際はその逆。
ドンドン沖へ向かってしまうんです。
このカヤックにはラダー(方向をコントロールするプレート)が付いてないんで、パドルの漕ぎ方で方向をコントロールするんですが、沖へ流される(左へ進む)から真っすぐ進むには左を4回、右を1回ぐらいで調度いいんですが、そんな漕ぎ方ではスピードが出ません。
かといって普通に漕ぐと沖へ流されてしまう。
とにかくいろいろ試行錯誤しながら進みました。

 

なんとか1周目の折り返し地点を過ぎた時、向かい側からユージが来るのが見えた。

 

私:「ユージ、シゲさんどうした?」

 

ユージ:「全然後ろだと思いますよ。それより杉原さん、なんかドンドン沖の方へ進んじゃうんですけど」

 

本来すれ違う時は、彼が私の左側を通過していくはずなのに、目の前を横切り沖へと真っしぐら。

ドンドン小さくなっていく。

 

ユージ:「杉原さーん、これどうしたら真っ直ぐ進むんですかー?」

 

私:「ユージィ、そっち太平洋。戻った方がいいよー」

 

ユージ:「いや、分かってるんですけど、どうやったら戻れ……………」

 

声は届かなくなった。


一方シゲさんはどうしてるかというと、ユージより一足先に太平洋へ出ようとしていた。


進行方向を12時とすると、スタート直後から10時の方角に進み始めたらしい。
本人は一生懸命右へ進もうとしたのだが、カヤックがどうしても言う事を聞いてくれなかったそうです。

しかし彼は、スタート前から救援ボートという強い味方を後ろに従えていました
もうこれ以上沖へ行くと危ないという所で、救援ボートがシゲさんの前に回ってカヤックの船首を浜の方へ向けてくれたそうです。

 

〝これでコースに戻れる〟

 

そう思い最初のブイを目指しました。
が、気持ちとは裏腹に、今度はゴールに向かって真っしぐら。

必死でブイへ進路を変えようと頑張りましたが、どうしてもカヤックはゴールへ向かってしまうので、〝もういいや、このまま戻ろう〟と諦めたそうです。

 

そしてビーチまであと50mまで来た時、別の選手が背後から来ました。
その人はちゃんとブイを2往復してゴールへ向かっている選手です
でもシゲさんがリタイアの選手である事を知らないので、必死に追い上げます。

ビーチで実況の人が

 

『なんとデッドヒートです!』

 

ビーチでは観客が、「がんばれー」と盛り上がってます。
片方はリタイアなのに。

 

(実況)
『両選手頑張ってくださーい。あと少しです!』

 

シゲさんは心の中で〝僕リタイアなんですけど…〟と思いつつも、何故か頑張りました。
こうなると、頑張らないと会場の盛り上がりに水を差すから頑張るしかなかったんでしょう。

 

(実況)
『後方からの凄い追い上げです。凄いです。とうとう並びました』

 

シゲさんが遅いだけなのに、それが更に場を盛り上げます。
そしてほぼ同時にビーチに着き、あとは砂浜を30mのダッシュ。
カヤックを降りる時、係の人がカヤックを支えてくれたんで正直にリタイアである事を告げようとして

 

シゲさん:「あのー、僕リタ…」
係の人:「はい、走って走って」
シゲさん:「あ、はい」

 

ダッシュしたw
この一部始終をユージは海の上から見ていて大爆笑していました。

そしてユージもゴール。
と思いきや、実は彼も2往復できずリタイア。

 

しばらくして、ちゃんと2往復してきた私がゴール。

順位が気になりますが、まだ後ろに何人かいるので我々が15位~18位を独占することは免れました。

 

そしてビーチの実況は

 

『最後の選手が帰ってきました。今大会の唯一の女性選手です』

 

妻でした。
棄権した2人というのは女性だったので、今回出場した女性は妻だけでした。
みなさんのあたたかい拍手を受けながらゴール。

 

【結果発表】
プレゼンテーターとして、今朝我々の前に座っていたおじいちゃんがステージに上がり、1〜3位の表彰がされました。
これで終わりかと思いきや、この後飛び賞が発表されました。
5位、10位、15位に賞品が出るそうです。


それが最初に分かっていたら…。
普通にやっていれば15位だったのに、生半可 頑張ってしまったんで予想では12位か13位。

 

ところが、

 

『第10位、杉原さん』

 

あれ?
10位?

 

『賞品として発泡酒1ケースです』

 

やったー。
あれ?
今回車で来たから良かったものの、案内状には「なるべく公共交通機関をご利用下さい」って書いてあった。
電車で来てたら、持って帰るのが大変だった。

あぶないあぶない

 

思い出に残るいい大会でした。

シーカヤック大会①

〝蝉の声   あゝ波の音   生ビール〟

 

この句は、夏の過ごし方として理想のひとときを詠った句です。

 

これを写真にすると、

こうなります。

 

撮影場所は、沖縄のとある離島。

蝉の声に囲まれて、時折打ち寄せる波の音を聞きながら呑む生ビール。

最高すぎる。

早く来ないかなあ、夏。

 

シーカヤックに乗って海を散歩して…途中ウミガメ見つけたり…

で、その後夕陽を見ながら生ビール。

最高だな〜。

 

シーカヤックって海を散歩してる感じで楽しいんですよ。

でも沖縄へ行った時にたまにやる程度だったんで、東京に帰ってからもやりたいなあと思ってて、何年か前にネットで探してたらシーカヤック大会を見つけたんですよ。

大会となると海の散歩という感じじゃないけど、シーカヤックに乗れるなら出てみようと思って友人を誘って出たんですよ。

コースは5kmで、募集要項には〝ビギナーからアスリートまで誰でも参加できる〟と書いてあったんで、軽い気持ちで参加したんだけど、、、、この大会、、、、想像していたレベルとは大違い。ちゃんとスクールで指導を受けた人しか出ちゃいけないレベルでしたw

そんなこととはつゆ知らず、のほほんと参加したメンバーがこちら。

・運動が苦手なシゲさん
・元野球部でスポーツマンのユージ
・見かけによらず運動神経がいい私の妻
と、私の4人です。

シゲ&ユージは、シーカヤックの経験が1回しかなかったんだけど、〝ビギナーからアスリートまで誰でも〟という言葉を信じて参加。
大変なレースになりました。

 

【本番2週間前】
案内状がグループ代表の私の所に届き、

「あと2週間かあ」

とワクワクして案内状を読むと、参加資格のところに

〝セルフレスキューができる事〟

の記載。

セルフレスキュー??
なぁに、それ?
そんな事、最初の募集要項に書いてなかったけど?

頭が〝?〟だらけになり、取りあえずGoogleで〝カヤック セルフレスキュー〟を検索。
するとそれは、カヤックが転覆して海に落ちた状態(立ち泳ぎ)から、まずひっくり返ったカヤックを戻し、カヤックをよじ登って元に戻るという技。

「こんなのやった事がないよw」

思わず心の声が口に出てた…

2週間前に言われてもなあ…
練習するカヤックもないし…

あれ?こんな技、俺ができないのにシーカヤック2回目のシゲ&ユージができるわけない。
今さら「セルフレスキューができる事が条件だってえ」なんて言ったら怒られそうだ。
でも、もうエントリーしちゃったしなあ…


ユージは運動神経がいいから、動画を見せたら案外

 

「あぁ、大丈夫ですよ。問題無いです」

 

ってなるかもなあ。
シゲさんも、

 

「了解です。まだ2週間あるから練習しておきます」

 

ってなるかもしれない。

シゲさんは案外、向上心あるからな、たまに。


よし、ここはLINEでサラッと伝えてみよう。

 

【LINE】

「出場資格が〝セルフレスキューができる事〟らしい。あと2週間でこれを出来るようにしといて」

〝シーカヤック セルフレスキュー〟(ここをクリック)

 

すると2人から、

 

シゲさん:「こんなのできるわけないですよ」
私:「やっぱり?」
ユージ:「カヤック持ってないのにどうやって練習するんですか?
私:「イメージトレーニング」
ユージ:「イメージトレーニングでできる範囲を超えてる気がするんですけど
私:「ギリね。でも毎日毎日イメージしてるとそのうち、〝あれ?俺、前にやった事あったっけ?〟ってなるから」
ユージ:「ならないならない」
シゲさん:「ボク死にます」

 

結局セルフレスキューは諦めて、転覆しない事を祈ることにした。


---つづく

中島さん、史織ちゃん、結婚おめでとう!【実際のスピーチ】

先日、友人の中島さんと史織ちゃんの結婚式に出席しました。
スピーチで話したかった内容を、事前にブログにアップしておいたわけですが、結婚式の後、沢山の方にアクセスしていただいてとても嬉しいです。

実際にどんなスピーチになったのか、友人が撮ってくれた映像なのでちょっと見づらいかもしれませんが、YouTubeにアップしたのでご覧下さい。


とても楽しい披露宴でした。


中島さん、史織ちゃん、結婚おめでとう!

2017年3月26日(日)は、私の友人 中島さんと史織ちゃんの結婚式です。

私は、「乾杯の音頭」という大役を授かりまして、本来であれば乾杯前にスピーチをしたかったのですが、妻から、

 

「乾杯のスピーチは短めにね」

 

と言われ、確かにそれはよく巷で言われてることなので、考えたスピーチの時間を試しに計ってみると、ストップウォッチの数字は、

 

〝5分12秒〟

 

長過ぎる。

グラスを持ったまま5分の〝待て〟は辛い。

何かいい方法は無いかと考え、思いついたスピーチが、

 

「只今ご紹介に与かりました杉原です。皆さま、お手持ちのグラスを一旦テーブルに置いていただけますでしょうか」

 

これで問題解決!

と思いきや、今回ガーデンウェディングと聞いてたので、どんなシチュエーションで乾杯となるのか事前に新郎に聞いてみると、屋外でテーブルが無い状態での乾杯。

 

「皆さま、・・・一旦テーブルに、」 置けない・・・・

 

事前に確認しておいて良かった。

参列者の方にはテーブル持参で出席してもらおう。

 

そもそも5分も経過すると、乾杯のスパークリングワインが普通のワインになってるかも。

やはりスピーチを短縮するしかないのか?

 

そうだ。

スピーチの内容を事前にブログにアップしておいて、本番では、

 

「新郎新婦、結婚おめでとう。詳しくはウェブで!カンパーイ」

 

新しい。

しかも5秒で終わる。

参列者の皆さんにテーブルを持参してもらわなくても済む。

 

という事で、本番で話したい内容をこちらに書かせていただきます。

 

----------ココカラ-----------------

中島さん、史織ちゃん、ご結婚おめでとうございます。

心から祝福致します。

 

新郎のことを「マレ君」と呼ばれる方が多いと思いますが、私はいつも「中島さん」と呼んでいますので、今日も「中島さん」と呼ばせていただきたいと思います。

 

新郎の中島さんと私が出会ったのは今から7年前、沖縄の那覇市にある「居酒屋さんしん」という飲み屋で、偶然カウンターで隣同士になったのがきっかけで知り合いました。

 

その時、一眼レフ(カメラ)の話題になり、中島さんはニコンを愛用していて、シャッター音がとても気に入っているという話をしたのを覚えています。

 

そして沖縄で毎年12月に開催されている那覇マラソンに一緒に出ましょうということになり、それ以来毎年参加しています。

 

那覇マラソンの一番の楽しみは、やはり前夜祭です。

那覇マラソンのために用意してきたエネルギーの、半分は前夜祭で失われます。

しかも23:00まで飲んでいるので、翌日は走る前から既に脱水状態。

スタート地点に並んでいる時から、給水所が恋しくてたまりません。

そんな事なら前夜祭を控えめにしたらいいのにとよく言われますが、これだけは盛り上がらずにいられないのです。

 

そして前夜祭の次に楽しみにしているのが、打ち上げです。

フルマラソンを走りきった後のビールは最高です。

42.195kmを走った後ですから、酔いが回ってくると今度は眠気との戦いになってきます。

油断するとすぐに寝てしまいそうになります。

実際に新郎の中島さんは、打ち上げに行ったお店のトイレで寝ていたこともありました。

 

3つ目に楽しみにしているのが、本番のマラソンです。

以前知り合いから、「42.195kmを走るだけでも大変なのに、飲み会のついでにフルマラソンを走ってるみたいでマラソンがオマケになってる」と言われたことがありました。

確かにそんな感じなので、我々のタイムは全然上がりません。

 

実は結婚式の1週間後に、新郎はハーフマラソンに出場します。(私も出ます)

今回は前夜祭もないので、「本気モードで走ります」と言っていました。

トレーニングも着々と進んでいるようなので、どれぐらいのタイムになるのかとても楽しみにしています。

 

それから新郎とのお付き合いはマラソンだけでなく、一緒にキャンプへ行ったり、シーカヤックで無人島へ行ったり、ソフトボール大会へ出たりと、居酒屋のカウンターで知り合った仲のわりにはかなり濃いお付き合いをさせていただいています。

そんな彼が2年ほど前に、

 

「今度彼女を紹介します」 

 

と言われまして、それが新婦の史織ちゃんでした。

 

史織ちゃんも一昨年から那覇マラソンに参加されるようになり、昨年におきましては気温28度というとても暑い中を走り、見事完走しました。

沖縄と言えど12月に28度超えというのは102年ぶりだそうで、那覇マラソン史上では過去最高気温となり、完走率はなんと53.2%。

こんな完走率は聞いたことがありません。

例年でも70%前後と他の大会に比べて低いのに、昨年は更に低い完走率で、それを完走出来たというのは本当に素晴らしいことです。

 

参考までに東京マラソンの完走率が大体96%ですから、如何に過酷な大会だったのかお分かりいただけるかと思います。

どんなに過酷な大会だったのか更に詳しく知りたい方は、私のブログ「那覇マラソン2016 42.195km サンタで走ってきました」をご覧ください。

 

ちなみにこちらのブログには、新郎新婦は少ししか登場してきません。

95%は私の話ですので、読んだ後に「なんだ、新郎新婦が全然出てこないじゃないか」とブログが炎上しても困りますので、そのあたりはご了承の上でお読みいただけると幸いです。

 

そんな大変な大会でしたが、御夫婦ともに完走されました。

 

ちなみに、私も完走しております。(あ、妻も)

 

これからも夫婦でいろんなことに挑戦し、楽しい夫婦生活を送っていただきたいと思います。

 

--------------ココマデ-------------

 

実際のスピーチで、「詳しくはウェブで!カンパーイ」とするのかまだ決めてませんが、当日の場の雰囲気で決めようと思ってます。

 

今回の結婚式は「桜、春」がテーマとの事です。

そういえば私が東京オリンピックのエンブレムで応募したデザインが桜でした。

 

(オリンピックのマークを使うと怒られるので外してあります)

 

折角なんでこのピンバッジを作って出席しようかな。

 

那覇マラソン2016 42.195km サンタで走ってきました【その3】

【那覇マラソン2015 回想シーン 続き】


雨でズブ濡れになりながらもなんとかゴール出来た。


実はこれから私は、サンタの衣装を着たまま担架で運ばれる事になるのだ。



ゴールゲートをくぐると、完走書を受け取る列に沢山の人が。

私と河野くんもその列に並んだが、その先が詰まっていて全然進まない。


〝早く水が飲みたい〟


〝なんかクラクラしてきた〟


ジッと立ってるのが辛く、ダンダン気分が悪くなってきた。

河野くんに、


「ちょっとしゃがんでるから進んだら教えて」


そう言って片膝をつきました。

普段タバコを吸ってるから酸素が足りないのだろうか?深呼吸を繰り返した。

しばらくして、


「進みましたよ」


と声をかけられたけど、もう立ち上がる事が出来なくなっていた。

立ち上がろうとすると、クラクラして倒れそうだ。

酸欠だ。

河野くんに頼んだ。


「多分酸素が足りないから酸素をもらってきてくれるかなあ?担架は要らないから」


彼は救護室へ走っていった。


待ってる間もドンドン気分が悪くなり、とうとう寝転がりました。

雨に打たれて体も冷えていった。


しばらくして担架を持った救護の方が何人か来て、


「大丈夫ですか?」


と声をかけられたけど、もう起き上がる事が出来なくなっていて、喋るのも辛くて呂律が回らず、首を振るのが精一杯。

さっきは「担架は要らないから」と言ったが、今は「担架でお願いします」という気持ちに変わっていた。


すると気持ちが通じたのか救護の方が、


「今から担架で運びますね」


と言ってくれたのでホッとした。
が、ホッとしたのもつかの間、即座に河野くんが、


「いや担架はいいです。担架はいいです。担架ほどじゃないですから」


と必死に制止するんです。

彼は私に恥をかかせないようにと一生懸命止めたそうです。


しかし私は心の中で、

「い、いや、さ、さっきとは状況が違うんだ…、い、今は担架で…」

と念を送るのが精一杯で、声に出せませんでした。

彼は更に、


「担架はいいので酸素をあげて下さい。酸素を。酸素でいけると思います」


と一生懸命伝えてくれていて、彼はホントにいいヤツで、優しくて人のために一生懸命になれるいいヤツなんです。


でもこの時ばかりは、

「まずオレの状態を見てくれ。さっきとは様子が違うだろ?あきらかに酸素だけの問題じゃなさそうだろ?」

と、彼に『状況判断』という言葉を教えてやりたかった。


そして酸欠だと思ってた私に救護の方が意外なことを。


「酸素濃度を測ったら、酸素は足りてるんですよ。むしろ多すぎるんです」


あれ?
酸欠だと思って深呼吸を何度も繰り返していたけど、それが逆効果だった?

どうりでドンドン具合が悪くなるはずだ。


こうして私は担架で運ばれました。



救護室に運ばれると、


「今から点滴を打ちますね〜。親指を中にしてグーにして下さーい」


看護師さんがそう言って、私の肘の内側をさすって血管を出しています。

そして首を傾げて、、、また腕をさすって、また首を傾げている。

健康診断で採血の時よく言われるんですが、私の血管は細いらしく、なかなか浮き上がってこないらしいんです。

私が、


「すみません、血管が細くて」


と言うと、


「いえいえ、大丈夫ですよ」


そう言いながらも何度もさすってます。

看護師さんの表情にも少し焦りが見えました。


そして看護師さんが、


「じゃあ、チクっとしますよ〜」


と言うと針がゆっくりと腕に近づいてきました。

何気に看護師さんの顔を見ると、先ほどの〝焦り〟の表情とは少し変わったんですが、なんか〝一か八かやってみる〟みたいな表情なんです。


〝え、大丈夫?大丈夫?〟


とっても嫌な予感がしました。

そして、


〝プス〟


痛い…血管に針が入った感触とは少し違う。

すると、


「ごめんなさい」


看護師さんはそう言って針を抜きました。

やっぱり血管に入ってなかったようだ。

そしてもう一度、


「チクっとします」


〝プス〟


ん゛…これも血管に入ってない感じ…。

血管に入った時って最初少し痛いけど、その後痛さが和らぐんだけど、この感触はまた外れてる感じ…


「ごめんなさい、もう一回抜きます」


(何度もトライしてますが、これは私の血管が極端に細いせいで、看護師さんの技術が悪いわけではないので誤解しないで下さい)


少しインターバルをおいて3回目のトライ。


〝プス〟


あ、今度は入ったっぽい…と思ったのもつかの間、


「イテテテテテ、今度は血管を通過してます。血管通過して奥に刺さってます」


「あ、ごめんなさい」


そう言ってすぐに抜いてくれましたが、私が痛がっているのはもう一つあった。

すぐにでも足が攣りそうな状態だったんで、針が血管を越えて深く刺さった時に、不覚にも足に力が入って攣っちゃったんです。


足を攣ってる事を知らない看護師さんは、針を抜いても私が痛がってるので随分焦ったようで、


看護師さん:「どうしました?どうしました?何処が痛いですか?」


私:「あ、足が、攣った」


看護師さん:「えー」


そう言うとマッサージ担当のお兄さんを呼んでくれました。


お兄さん:「どこの筋肉が攣ってます?」


私:「太ももの表と裏と、ふくらはぎと、スネと、足の裏」


お兄さん:「ハハ…全部ですね。表の筋肉と裏側を同時には伸ばせないんで、片方ずついきますね。どっちの足ですか?」


私:「両足」


お兄さん:「えーっ、両足同時には出来ないんでまず左足からいきますね」


するとそこへちょうど妻がやってきたんで、妻には右足を担当してもらいました。

その間に看護師さんが経口補水液を持ってきてくれて、ストローを付けて飲ませてくれました。


筋肉が攣るのは水分不足というのは聞いた事がありましたが、この時はそれがよく分かった。

経口補水液を1口、2口と飲むに連れて、張っていた足の筋肉が〝じわーっ〟と緩んでいくのが分かったんです。

まるで万力で引っ張ってたのを少しずつ緩めていくように。

面白い体験でした。


そして点滴は4回目のトライで成功し、腕には点滴、口には経口補水液のストロー、両足は2人に伸ばしてもらっているという、なんとも情けない姿。


そんな状態のところへ河野くんとシゲさんが来て、〝サンタが酷いことになってる〟と思ったそうです。


そして河野くんが妻と何やら話してます。


河野くん:「今日の打ち上げの店は何処でしたっけ?」


妻:「知らないけど、去年と一緒じゃないかなあ」


私(心の声):〝そう去年と一緒〟


河野くん:「打ち上げは中止ですね」


私(心の声):〝中止?〟(゚o゚;;ハッ


妻:「そうだね」


私:「いや、打ち上げやるよ。まだ2時間あるでしょ?それまでには復活するから大丈夫」


〝中止〟という言葉で急に元気を取り戻したのだった。



こんな出来事があったから、2015の那覇マラソンは1番記憶に殘る大会になると思ってたけど、まさか今年それを上回るとは…

やっぱり何かに挑戦するって楽しい。



那覇マラソン2016 サンタで42.195km走ってきました 【その2】

そういえば去年の「那覇マラソン2015 走ってきました」が【その1】で止まってました。


年末仕事がメチャクチャ忙しくなって【その2】を書けなかった。去年もいろいろあったんで今さらだけど【その2】を書こうかなあと思って、【その1】の内容を読見返してみると、


「初マラソンの2010年よりも辛かったNAHAマラソン」


と書いてある。


確かに去年は初マラソンより辛かった。しかし今年は、去年を更に超えて辛かったしなあ。今更2番目に辛かった時の事を書いてもなあ….と思ったけど、ちょっと面白い事があったんでやっぱり書きます。


まず去年のスタート前の写真がこれ。

{F8F25CA5-D9AE-4ACF-9D8C-19EF7C77E070}


お気楽な人達です。


お腹が出てるのは作ってますからね。実際はここまで出てません。


この日の那覇は25度。25度というと今年より気温は低いものの、やっぱりこのフェルト生地の服がとても暑かったです。


そして袋にうまい棒を60本入れて、沿道で応援してくれている子供達に配りながら走りました。

{83C822BC-5774-4925-825E-B18512C149ED}


もう沖縄の元気な子供達が喜ぶんですよう。
配ってるのはうまい棒なのに。


こうして配りながら走っていると、後ろを走るランナーが、


「わあ、このサンタさんホントのサンタさんだあ」


と会話しているのが聞こえてきました。それを聞いたのか分かりませんが、別のランナーが近寄ってきて


「サンタさん、なんかちょうだい」


と話しかけてきました。


:「今食べるならあげますよ」
ランナー:「中身は何ですか?」
:「うまい棒です」
ランナー:「うわーパサパサになるぅ。今食べないとダメですか?」
:「今じゃないとダメです( ̄へ ̄)」


そう言うと、「僕らの分まで子供達にあげて下さい」と言い残して去っていきました。


この後もサンタに仮装したオカマのランナーに


「プレゼントの袋重そうね。頑張って~」


と声をかけられたり、台湾の方(ランナー)に一緒に写真を撮って欲しいと言われたり、すごく楽しかったです。


しかし楽しかったのは前半のみ。思いのほかお菓子を配るのに時間をくっていたようで、ハーフを制限時間ギリギリで通過し、第二関門の34km地点もギリギリでした。


この年は練習不足だったこともあって、ハーフを過ぎてからは両脚がいつでも攣れる(つれる)状態でした。〝いつでも攣れる〟って変な表現ですけど、足の筋肉を使って走ると攣れる状態でした。


〝足の筋肉を使わずに、どこの筋肉を使ってんねん!〟て話になるかもしれないけど、イメージとしては骨盤を使って足の骨を動かしてる感じです。私は〝正しい走り方〟みたいな勉強をした事がないので、これが正しい走り方かどうかは知りません。なので〝そんな走り方はダメ〟とか〝骨盤で足の骨を動かせるはずないから結局筋肉を使ってるんだよ〟というツッコミは無しでお願いします。


という事で足がそんな状態だったんで、


「あれ?今回完走出来ないかも」


と思い始めました。


ゴールまで残り6km地点から長い登りが続くんですが、この時、


「アフロやめとけばよかった」


とか


「ヒゲ盛り過ぎたな」


とか


「連続完走記録がこれでストップかあ」


と後悔の思いが過っていました。ところがその時、完走出来なかった時の仲間の声が聞こえてきました。


「(ヒゲ)盛り過ぎですよう」


「お菓子配るのやめとけばいいのにぃ」


「あそこまでの仮装は4時間切れる人じゃないとやっちゃダメなんですよ」


と散々言われてるのが目に浮かびました。みんな年下なのに。


そう思ったら「絶対完走してやる」という気持ちがこみ上げてきて、気持ちは高ぶってきたものの、それとは裏腹に体は限界を超えていて、正直初マラソンの時よりも辛かったです。


1km毎にストレッチをしながら、走っては歩いて、また走っては歩いてを繰り返しながらゴールを目指しました。


【ラスト2km

残り2kmまで来て時間も少なくなり、水分補給を摂る余裕も無くラストスパートをかけました。


足の力を使うと攣りそうなので、私が考えた〝風切り走法〟で走りました。


風切り走法とは・・・チンピラが街中を歩く時のように、肩で風を切って歩くような感じで走ることを言います。

分かりやすく言うと、肩を前に突き出す力を使って下半身を引っ張ってきます。返って分かりづらくなったか


前にも書きましたが、「そんな走り方はダメだ」みたいなツッコミは無しでお願いします。



この風切り走法が功を奏し、制限時間残り2分で競技場に入りました。あと残るは数百メートルです。


競技場に入ってしまえばこっちのもんなので、そこからはまたお菓子を配りながら歩きました。


そしてゴールゲートまで残り50mに来た時、後ろから私の名前を呼ぶ人が居ました。振り返ると一緒に出場した河野くんでした。


彼と一緒にゴールする事になりましたが、この後とんでもない事が起きます。

彼が近くにいてホントに良かったです。


つづく

那覇マラソン2016 42.195km サンタで走ってきました【その1】

12月4日、那覇マラソンに行ってきました。


フルマラソンの出場は今回で8回目で、今までで一番辛い大会となりました。

何が辛かったかというと暑さ。
例年の那覇マラソンの最高気温は23度~25度ですが、今年の事前の予想最高気温は26度。
走る前から今年はヤバいって言ってましたが、実際はそれを上回る28.2度。
もう走ってる場合じゃない気温でした。
沖縄でも12月に28度を超えたのは102年ぶりだそうです。

例年の完走率は70%前後で、東京マラソンが96%ぐらいなんでただでさえ低いのに、今年はその暑さのせいで完走率は53.2% (゚o゚;;
聞いた事ない数字。


そしてそんなに暑いと事前から言われてたのに、我々のスタート前の写真がこれ。



お気楽なもんです。
これから大変な事が待ってるのに。

でもさすがに途中で倒れては元も子もないないので、暑かったら途中で脱ぐように、と言ってスタート位置に向かいました。

我々はKブロックからのスタートで、スタート位置に並んでる時から既に汗がジワーッと…
まだ立ってるだけなのに…
走ったらどうなるんだろ…
今日の天気予報は曇りのち雨だから、早いうちに雨をお願いします。

(゚o゚;;ハッ
そんなことを考えていた時にトラブル発生。
自慢のヒゲが取れた。
アフロのカツラに留めてたヒゲのゴムが切れてしまった。

不吉だ…



 
【9:00】
万国津梁の鐘と共に2万6千人がスタート。

走りながら沿道で応援してくれている子供達にお菓子をあげると、最初はビックリした顔でキョトンとしていますが、すぐに満面の笑みになって嬉しそうにお菓子を受け取ります。

たまに〝知らない人からお菓子をもらっちゃダメ〟と教育されてるのか、なかなか受け取らない子もいましたw

そしてスタートして6km地点、仲間の河野くんが早くもペースダウンした。
「いや~今回ダメかもしれないです。暑すぎます」
過去7回参加してずっと完走してきた彼が、まさかこんな早い段階でペースを落とすとは…
 
【16km地点】
第一関門まで残り5kmに来た時、後ろを走るランナーから声をかけられた。
「暑いですね~、サンタさん。その服、暑くないですかあ?」
「いや、見た目通りメッチャ暑いです」
そう言って空を見上げると、青空に太陽が……燦々と輝いている…( ̄▽ ̄;)
〝曇りのち雨〟の予報はどこへ行った。
雨が降る気配がまったくありませんけど?

やはり沖縄の天気予報は当たらなかった。

真夏のような陽射しが重く乗しかかってくる。
そういえば沿道で倒れてるランナーが例年より多い気が…
いや、これは気のせいというレベルではなく、明らかに例年より多い。
仲間とは途中ではぐれてしまったが、みんな大丈夫か?

私も暑さにやられて体が重い…
体に力が入らない…
第一関門は通過出来るのだろうか…
せめて第一関門は突破したい。
私も今回は完走出来ない気がしてきた。

 
【18km地点】
ここへ来るまで、何人ものランナーが沿道で倒れているのを見かけた。
今、目の前にもまたランナーが倒れている。
しかも二人。
一人は腕から血を流していて、もう一人は目を閉じている。
意識はあるのだろうか…
しばらくして反対車線から救急車が来た。
大事に至らなければいいが…
 
 
【第一関門のハーフまで残り3km地点】
これから前半最後の長い登り坂だ。
本来のペースで走れないから、制限時間に間に合うのか予想がつかない。

登り坂の途中にあるバス停で、またランナーが倒れていた。
沿道の人が、「水持ってきて~」と叫んでいる。

更に200mぐらい進むと、私の左前を走っていたランナーがつまづいて転んだ。
しかし起き上がらない。
後から来たランナーが、「救護の方、ランナーが倒れてます」と叫んでいた。

那覇マラソンは今回で7回目だけど、こんな光景は初めてだ。


体が重いが少しペースを上げないと、おそらく第一関門を通過できない。
力を振り絞って中間地点の平和記念公園を目指した。
 

【中間地点】
12:13 制限時間残り2分でギリギリ通過出来た。
曇りのち雨の予報は大きくハズレた。

予想されていた25℃という最高気温もハズレてるだろうと、この時点で確信があった。


それぐらい陽射しが痛かった。
そして後はどこまで走る事が出来るのか、それしか頭には無く、「完走」という二文字は消えていた。
 
【29km地点】
とうとう体の限界がきた。
もう走る事は出来ない、そう思い歩道に移動してストレッチを始めた。

太ももを伸ばしていると、後方から那覇マラソンのテーマ曲を流しながら走る車が来た。
車の上には「最後尾車」の看板が。
車からはこんなアナウンスが流れていた。

「この後、道路の規制解除の車が来ます。この時間にこの地点では、制限時間内にゴール出来ないと思われるため、この後規制が解除されます。ランナーの方は歩道に上がって下さい」


今まで噂にしか聞いた事がなかった最後尾車だった。
まさか目の当たりにするとは…
そして私の横を通過していった。

しばらくして、道路に置かれたコーンを回収するトラックが来た。


その後にはパトカーが、
「ランナーの皆さん、歩道に上がって下さい。規制が解除されて一般車両が来ます。速やかに車道へ出て下さい、あ、歩道に上がって下さい」
間違えてる、と思いながらも笑えなかった。

コーンを回収する車にも抜かれ、心の中で〝ハーフマラソンも含めて連続完走記録は12回でストップかあ〟そう思い、実は以前から決めていた事があって、完走出来なかった時にマラソンをやめようと。


〝今日がその日になるのか〟
そう思いながら、歩道を歩いた。

時計を見ると、第二関門の制限時間まで残り30分。
〝結構まだあるんだなぁ。このまま歩いて第二関門に向かうと40分後、残り1kmで第二関門突破出来ずか〟

ぼんやりとそんな事を考えていたら、給水所が見えてきて、水をもらおうと歩いていくと、そこにいたスタッフの方が、


「チップ(タイムを計測するもの)を回収しまーす」

と言ってランナーのチップを回収しているではないですか。
〝いやちょっと待って。せめて行けるとこまで行かせてよ〟
突然レース終了が現実的になりました。
そして隣のランナーがチップを取られるのを見た時、ふたたび火が点きました。
〝もうちょっと行かせてくれ〟
そう思い走り始めました。
時計を見ると残り25分。
このまま走る事が出来ればまだ間に合うか?
ちょっと微妙だけど、行けるとこまで行ってみよう。
体力は少しだけ回復していた。

諦めて歩いているランナーをかき分けながら走っていると、私以外にもまだ諦めずに走っているランナーがいました。
〝やっぱりまだ間に合う可能性があるんだ〟と思い、少し勇気付けられた。

そしてしばらくすると、聞き覚えのある音楽が前方から聞こえてきた。
那覇マラソンのテーマ曲だった。
随分前に抜かれた〝最後尾車〟が、200mぐらい前方に見えた。

〝捉えた。あの車を抜けば、まだ第二関門突破の可能性がある〟

そう思い無我夢中で走った。
そして第二関門まで残り2kmのあたりで最後尾車に並んだ。
 
【第二関門まで1km】
あと1kmの所まで来た時、自転車に乗って応援に回っている仲間を見つけた。
その仲間に、みんなは通過出来たか聞くと、通過したのは2人、妻は26km地点までは走っていたけど今はどこを走ってるか分からなくて、他の3人は第一関門を通過出来なかったそうだ。

妻は私よりも随分後ろを走っていたので、第一関門は通過出来ないと思っていたが出来たのか。
頑張ったんだなあ。


そして諦めていた第二関門の看板が見えてきた。
その看板の横に、〝残り2分〟の表示。
あと100m。
やった間に合った。
歩いても間に合うと思うが、何が起こるか分からないからとりあえず走ろう。
こうして奇跡的に第二関門まで通過する事が出来ました。
 
【第二関門通過 残り8km】
正直ここまで来られたのは奇跡だ。
もし16km地点の時、
〝16kmでこんなに辛いから残り36kmを走れるわけがない〟と思ってたらダメだっただろうなあ。
やっぱり最後の花火(終了の合図)があるまで諦めずに目の前の壁を越えていけば、可能性はあるんだと思った。

さて残り8km、余力はほとんど無いが、行けるとこまで行こう。

 
【残り6km】
また足の爪が剥がれかかっている。
もう走れない。
多分両足の親指、左足は人差し指と中指もいってるかな?
残り時間45分で6km。
歩いたら早くても1時間はかかる。
ここまでか…
すると沿道から
「サンタさん諦めないで~」
の声が。
「サンタさん頑張れ~」
何人もの人が声援を送ってくれていました。
子供もお母さんも女子高生も。
〝サンタ目立つなぁ、サボらせてもらえない〟
また走り始めた。
 
【残り2km】
あと15分。
沿道から
「歩くな~、間に合わないぞ~」
おじさんが叫んでます。
歩くと間に合わないのは分かってるんですけど、足の爪が痛くて…
また歩いた。
50mぐらい歩くと、今度はマイクを使って子供が応援しています。
「みなさーん、頑張って下さーい。あと少しですよー」
ホッコリしてその子を見ながら歩いていると、
「サンタさん、頑張って下さーい」
私は手を振り、苦笑いしながらまた走り始めた。

いろんな人にムチを打ってもらったお陰で、とうとう奥武山公園(ゴールがある公園)の入口が見えてきた。
あと3分。
歩いたら間に合わないから、もう走るしかない。
あと500mだろうか?
ここまで来たら絶対に完走したい。
ゴールがある競技場の入口が見えてきた。
今年もテレビカメラの前ではお腹を引っ込めて通過した。

そして遂に、諦めていたゴールゲートが視界に入った。
規制解除の車に抜かれた時は、完全に諦めていたゴールが目の前にあるんです。
初マラソンの時よりも、去年の担架で運ばれた時よりも、もっと記憶に残る大会になった。
そんな感極まった時、妻から電話がなった。
「今どこ?」
私はゴールゲートを目の前にしてる事を伝えると、
「ホント?完走出来たの?サンタで?良かったね~」
と言ってくれた。
私は妻にどこに居るか聞くと、
「今ゴールしてメダルもらうとこ」
え?ゴールした?
私より後ろに居たと思ってたのに、前?
詳しく聞くと、途中でサンタを脱いで頑張ったらしい。
それにしても、この暑さの中、よく頑張ったと思う。

そして私は、6時間15分でゴールゲートをくぐる事が出来た。

またマラソンは私に教えてくれました。
目標を高く設定すれば、途中のハードルは低く感じるから高くした方がいいという考え方もあるけど、時には目標を小さくして目の前の小さなハードルを一つ一つクリアする事も大切だと再認識させてくれました。

来年もエントリーしよ。
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