猛暑が続きますね…
皆様いかがお過ごしでしょうか?
梅雨のせいか、台風のせいか湿度が高い日々が続き毎日気持ち悪いですね。
雨が嫌いな私はこの時期は本当に外に出たく無い日々が続きます。
今日は最近よく悩んでいる発声について。
私の小言と長くなりますので興味がある方はどうぞ。
そうで無い方はごめんなさい。
色々と端折ったりもしてますが私のここまでのちょっとしたストーリーです。
私はアメリカで23年間住んでいたので小学校5年生から34歳まで向こうで勉強をしていました。
当初レッスンで歌を習い始めた時(高校生)から技術を学んでそれを元に歌うというよりかはあまり何も考えず自然に歌う、的な方向で先生からもあまり難しくレッスンでは教えられませんでした。
その前から学校の合唱で歌っていた時もただ楽しく好きなように歌っていただけなのでそこまで「テクニック」に付いて深く考えた事がなかったと言うのが当時の感覚でした。
そこから音大へ入学するのですが、ここからある意味良くも悪くも「発声難民」が始まるのです。
元からまぁまぁ声が悪くなかったのと、パフォーマンスに関しては感情を込めた歌い方が優先されていたのでそれなりに評価が高かった(と言う風に当時は言われてた…)です。
大学時代の先生もナチュラルタレントをお持ちのソプラノで、それは素晴らしい声の持ち主。
その上いざコンサートやリサイタルで歌うと、舞台から引退して年数が経っていても持ち前の表現力とそれに負けず劣らずの美声で毎回聴く人たちを感動に誘っていました。
勿論私もその魅了された1人です。
今となって言えるのはそう言う天性の持ち主が先生をするとその人の歌い方を教える事は出来ますが、発声に悩む生徒に説明をするのが難しい…
悪い事では無いのですが、声は人それぞれですし、構造、メカニズム、考え方なども人それぞれなので必ずしも先生の教えるメソッドがバッチリハマると言う事はレアな事なんです。
私の場合、残念な事に彼女のメソッドは上手くハマりませんでした。
その分自分で考え、どう「変換」したら自分が理解出来て歌う事に結びつける事が出来るのか。
当時は発声のメソッドと言うものが今の様に幅広く、深く研究され説明される事が私の周りではまだ主流ではなかった気がします。
だからと言って発声のメソッドが無いわけではありません。
ただ、合わない場合先生から「なぜこう出来ないのか分からないわ…」「なんで分からないのかしら?」で終わる事が多々ありました。
これ自体マイナスの事の様に聞こえますが、正直な話、教えている先生も理解出来ないのでこうあるしか無かったと当時を振り返って思います。
その代わり彼女からは素晴らしい音楽性やフレージングの感性などを学べました。
私は結構のめり込む/諦めない性格なので、こう言われていしまうと「絶対に理解して何かしらの方法を見つけ出してやる!」となるので日々練習室で色々な歌い方を模索していました。
色んな歌手の方を聞き(当時はSamuel Ramey、George London、Leo Nucci、Juan Pons、Justino Diaz、Hermann Prey、Thomas Allen、Placido Domingoなどなど)、どうやったらあの様な声を出せるのか歌っていました。
今考えたらまだ全然ちゃんと声も出せていないのに無闇に有名歌手の歌を真似してたのは良い所もあったかも知れませんが悪影響もかなりありました…
そのせいか声を重めに作ると言う現象、そしてとにかく全力で歌う…よくあるパターン…負の連鎖…
特に全力で全てをかけて歌うと言うのは今も抜け切ってないんですが…
元から声が暗めだったのは言われてました。
でも20歳くらいの子が若い時からそんな歌い方はダメと言われ、なるべく軽く出す、という事をいわれていたせいか毎度発声は安定せず。
いつも「今日はどうなるのかな?」的な感じで歌う事が多かったです。
軽く出すと言っても結局声を暗く作る(奥に行く)のはあまり治らず、上が出ないバリトンとして4年間苦労しました。
大学院に進学した時にもう1人の先生、今度はテノールの方に付いて今度は声を前に出すと言う作業が始まりました。
180度方向転換のお陰で声が前に出る、高音も出る方向に行くのですが、今度は支えや歌うための空間が少なくなった分音がひっくり返る、首が閉まるなどの現象が多く起こり始める…
この頃から友人のオススメでFranco Corelli、Giuseppe Giacomini、Mario del Monacoなど今で言う黄金時代の怪物たちの録音に出会ってしまいました。
ここからさらにEttore Bastianini、Tito Ruffoなどのバリトン勢も加わり私の中ではこの歌い方がいつしか憧れとなりました。
どうやったらこの歌い方が出来るのだろうか…
そんな思いを馳せながら大学院を無事終了し、その後のシカゴでのPost-GraduateでDiplomaもいただきその間舞台にバリトン歌手として立ち続けて来ました。
それでも悩みの種は発声のテクニックについてでした。
側から見たら私は声も良く、舞台でも良いパフォーマンスをそれなりにしていたので小さな劇場などでは雇っていただけてました。
でも不安定な所もあり、29歳の時にガツーンと壁に当たりました。
本番ではアドレナリンのお陰で声がひっくり返る事が無かったのですが、あるオペラの本番でアリアのカデンツァを歌っている時に高音でバッチリ声がひっくり返って出なくなってしまいました。
これが私の俗に言う「Wake up call」となりました。
当時の私が付いていた先生(この時はバリトンとメッゾの方2人)たちも、「大丈夫、調子が悪い時だってる」と言ってくれたんですが、流石に自分の中で「ヤバい」と思ったんでしょう。
そこから新たな先生を探す道を選びました。
前々からよく分かっていたのですが、これまで自分の中で確固たる「技術」メソッドが無かったんです…
ここぞと言う時に頼れるメソッド。
何かが起こった時に技術的にどう対応をしてその場を回避する、もしくは改善するか。
ここまで来てその土台/基盤が無かったのがきっと私の落ち目であったのかも知れません。
ちょっと物語を端折りますが、この後私のアメリカでの最後の師匠を見つけてバスになり、今の歌い方に変わりました。
確固たるメソッドを習い、今となってはこのメソッドに自信があります。
自信があったのかな。
悩むや不安になると自信は揺らぎますね…
今また変化の時が訪れているのかもしれません。
人間の体は歳ともに変化していきます。
それに伴い歌ももちろん変わっていきます。
これは師匠からもよく言われていました。
その場合は調整をして方向性を正していけば良い。
47歳になり、これまでのレパートリーからまた少しずつ変わっていっている今。
これまでと同じ様に歌っていくと対応出来なくなって来ている。
この変化は微調整な物もありながらも大きな調整も必要で、今の所上手く折り合いが付かないのが悩ましい所です。
上手くいく時もあり、「あれ?今日は違うんかい!」という時もある。
最近は常に新しい発見が歌うたびにあります。
これはこれで楽しいのですが、いざリハーサルやオーディション、本番になった場合このちょっとした不安定な所が悩みをもたらす事にもなります。
これからも歌う上で常に研究、そして常に試行錯誤していかないといけない中、今この現状もその試練の真っ只中に私はいるんだろうなぁと思いながら日々精進しています。
時に「これだ!」ってなるとやっぱり楽しいですよね。
その分ダメな時はめっちゃ凹みます🤣
尊敬する歌手の先輩の1人からありがたいアドバイスをいただきました。
それは新しい斬新な情報では無く、師匠からも注意された事のある内容で、それがまた別の言葉、別の方向からのアドバイスとして伝えられました。
あぁぁ、やっぱり行き着く先は同じなんだな。
全力で、力尽くで、全てを出すから良いわけではない。
勿論舞台上エキサイティングに見えるでしょうけど、声的には不利ですよね。
今年の初めのオランダ人を歌った時、千秋楽で指揮者の方に言われました。
「ほら、70%で良いんだよ。そんながむしゃらに頑張る必要は無い、力を抜いてやるくらいが素晴らしいんだから」的なコメントをいただきました。
その先輩もやはり、「力を入れ過ぎてしまうと体が硬くなり共鳴が遮断され喉声になってしまう。歌い出しをピアニッシモを歌う様に音を出すだけでそこから音を通常どうりにダイナミックに使う様にしている。」と仰っていました。
私にはワーグナーは重い方のレパートリーですし、果たしてあっているのか正直現状分かりませんが、あの千秋楽の様に「70%」が目下目指す所と思っています。
そんな面白いブログでもないのに最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。