(2011年2月4日記載の再録)
「月と専制君主」発売記念で佐野元春と自分を振り返ってみようと思う。
発売されてから、自分の中でのブームに終わる気配が無い。
高校1年か2年。
高校の昼休みに、放送部がかけてた「Wild Hearts」を初めて聴く。
尾崎豊を教えてくれた親友だった彼から、
「これが(噂の)佐野元春やで」
と聞き、
「ヘー、ブルーススプリングスティーンみたいやな」
と言ったのを覚えている。
「~の人も、~の人も、っていう曲は知ってるけど」
と彼は言っていたが、彼自身はあまり興味が無かった様だ。
その後、レンタルレコード屋で「cafe bohemia」を借りる。
これが初めての佐野元春だった。
そんな俺を見て母親が、
「あっちゃん(近所の大学生)は、洋楽しか聴かないんだけど、
唯一聴く日本人は佐野元春なんだって」
と言った。
なんだそりゃ。
そんなに凄い人なのか。
母親に頼んで、持ってる全てのレコードを借りた。
そこには手紙が添えられていて、
「ダウンタウンボーイ」のシングルはアルバムとは違うんだよ、
みたいな事が書かれていた。
他にも解説してくれていた様な記憶が有る。
この出来事は大きかった。
イメージとして、普通の邦楽とは違う、というのが、
摺り込まれた様な気がする。
「cafe bohemia」はオシャレだった。ジャケットも。
DCブランドかぶれの当時の俺には、何かピッタリだった。
尾崎豊ほど直接的じゃない、社会への抵抗を感じた。
隠れてタバコを吸いに行っていた喫茶店で、
友達4人で、ピンク電話から有線にリクエストをした。
他の3人の曲はかかったが、俺は、
「佐野元春の冒険者たち」
と言ったら、「在庫が無い」と有線のオペレータに言われた。
ワイルドハーツ、と言うべきだったらしい、と今思う。
それから大学へ。
つきあっていた彼女も佐野元春を好きになってくれて、
一緒にコンサートへ行った。
西友のチケットぴあに、開店前から並んだ。
バイトの友達も佐野元春ファンだった。
就職して、東京に行って、ハートランドが解散した。
それを許せなかった俺は、「Fruits」アルバムをあまり聴いた記憶が無い。
彼女とも別れた。
フラれた後、未練たらしく、コンサートに誘った。
フルーツツアーか、ホーボーキングツアー。覚えてない。
来てくれたけど、海外旅行帰りの彼女は横で座って眠っていた。
これが最後の佐野元春だった。
結婚したヨメ、周りの友達にも佐野元春を聴く人は居なかった。
そこから「coyote」アルバムに飛ぶ。
「fruits」アルバムが96年。「coyote」アルバムが07年。
発売日に買ってないから、12~13年のブランク。
多分08年頃、何気なしにツタヤで「the sun」アルバムを借りた。
なんでやろう。思い出せない。
多分、web上で評判が良かったから、だったと思う。
聴いた。年月が経っているのを感じた。
最初はしっくり来なかった。
でも佐野元春は佐野元春だった。
歌詞がオッサンやった。でも、そこが良かった。
気付くと、ヘビーローテーションになってた。
で、「coyote」。ツタヤに無いから買った。
バンドメンバーが違っていた。しかもプレイグスの深沼参加。
ノーナリーブスの人も。
やられた。シングルカットの曲で泣いた。何故か。
この感動は、以前日記にも書いた。
少し経ってライブに行った。独りで。
独りでライブ、に義妹は引いていた。
ライブハウスで近くて良かったけど、声が出てなかった。
アンジェリーナとか、ノレなかった。
無理せんでええのに、と正直思った。
この事も以前、日記に書いた。
で、今回のセルフカバーアルバム。
選曲に興味を持った。amazonでアナログ盤を予約した。
届いて、聴いた。
無理をせず、今の声で歌う佐野元春と、完璧な演奏。
本当に完璧な演奏。
この歳になって、やっと、ハートランドより、
ホーボーキング(混成やけど)が好きになった。
円熟、か。
いくつかの既出の「H.K.B. Version」を配信で買った。
ウッドストック録音の「The Barn」も借りた。
これらが今、最高に好きだ。
歳をとった歌詞と声。ここがポイントかな。
高校1年生から41歳まで、好きでいるとは思わなかった。
大阪城ホール、行きたいけど、ライブは止めにする。
youtubeでの、今のライブでの声を聴いたから。出てないよ、声。
でも、これからも聴き続けるだろう。
「佐野元春は僕の夢です。」
という誰かの言葉(高校生の時に聞いて覚えている)が今の気分。
(永遠のベストトラック)
1位:wild hearts
2位:ダウンタウンボーイ
3位:Rock'n Roll Night
かな。
「月と専制君主」発売記念で佐野元春と自分を振り返ってみようと思う。
発売されてから、自分の中でのブームに終わる気配が無い。
高校1年か2年。
高校の昼休みに、放送部がかけてた「Wild Hearts」を初めて聴く。
尾崎豊を教えてくれた親友だった彼から、
「これが(噂の)佐野元春やで」
と聞き、
「ヘー、ブルーススプリングスティーンみたいやな」
と言ったのを覚えている。
「~の人も、~の人も、っていう曲は知ってるけど」
と彼は言っていたが、彼自身はあまり興味が無かった様だ。
その後、レンタルレコード屋で「cafe bohemia」を借りる。
これが初めての佐野元春だった。
そんな俺を見て母親が、
「あっちゃん(近所の大学生)は、洋楽しか聴かないんだけど、
唯一聴く日本人は佐野元春なんだって」
と言った。
なんだそりゃ。
そんなに凄い人なのか。
母親に頼んで、持ってる全てのレコードを借りた。
そこには手紙が添えられていて、
「ダウンタウンボーイ」のシングルはアルバムとは違うんだよ、
みたいな事が書かれていた。
他にも解説してくれていた様な記憶が有る。
この出来事は大きかった。
イメージとして、普通の邦楽とは違う、というのが、
摺り込まれた様な気がする。
「cafe bohemia」はオシャレだった。ジャケットも。
DCブランドかぶれの当時の俺には、何かピッタリだった。
尾崎豊ほど直接的じゃない、社会への抵抗を感じた。
隠れてタバコを吸いに行っていた喫茶店で、
友達4人で、ピンク電話から有線にリクエストをした。
他の3人の曲はかかったが、俺は、
「佐野元春の冒険者たち」
と言ったら、「在庫が無い」と有線のオペレータに言われた。
ワイルドハーツ、と言うべきだったらしい、と今思う。
それから大学へ。
つきあっていた彼女も佐野元春を好きになってくれて、
一緒にコンサートへ行った。
西友のチケットぴあに、開店前から並んだ。
バイトの友達も佐野元春ファンだった。
就職して、東京に行って、ハートランドが解散した。
それを許せなかった俺は、「Fruits」アルバムをあまり聴いた記憶が無い。
彼女とも別れた。
フラれた後、未練たらしく、コンサートに誘った。
フルーツツアーか、ホーボーキングツアー。覚えてない。
来てくれたけど、海外旅行帰りの彼女は横で座って眠っていた。
これが最後の佐野元春だった。
結婚したヨメ、周りの友達にも佐野元春を聴く人は居なかった。
そこから「coyote」アルバムに飛ぶ。
「fruits」アルバムが96年。「coyote」アルバムが07年。
発売日に買ってないから、12~13年のブランク。
多分08年頃、何気なしにツタヤで「the sun」アルバムを借りた。
なんでやろう。思い出せない。
多分、web上で評判が良かったから、だったと思う。
聴いた。年月が経っているのを感じた。
最初はしっくり来なかった。
でも佐野元春は佐野元春だった。
歌詞がオッサンやった。でも、そこが良かった。
気付くと、ヘビーローテーションになってた。
で、「coyote」。ツタヤに無いから買った。
バンドメンバーが違っていた。しかもプレイグスの深沼参加。
ノーナリーブスの人も。
やられた。シングルカットの曲で泣いた。何故か。
この感動は、以前日記にも書いた。
少し経ってライブに行った。独りで。
独りでライブ、に義妹は引いていた。
ライブハウスで近くて良かったけど、声が出てなかった。
アンジェリーナとか、ノレなかった。
無理せんでええのに、と正直思った。
この事も以前、日記に書いた。
で、今回のセルフカバーアルバム。
選曲に興味を持った。amazonでアナログ盤を予約した。
届いて、聴いた。
無理をせず、今の声で歌う佐野元春と、完璧な演奏。
本当に完璧な演奏。
この歳になって、やっと、ハートランドより、
ホーボーキング(混成やけど)が好きになった。
円熟、か。
いくつかの既出の「H.K.B. Version」を配信で買った。
ウッドストック録音の「The Barn」も借りた。
これらが今、最高に好きだ。
歳をとった歌詞と声。ここがポイントかな。
高校1年生から41歳まで、好きでいるとは思わなかった。
大阪城ホール、行きたいけど、ライブは止めにする。
youtubeでの、今のライブでの声を聴いたから。出てないよ、声。
でも、これからも聴き続けるだろう。
「佐野元春は僕の夢です。」
という誰かの言葉(高校生の時に聞いて覚えている)が今の気分。
(永遠のベストトラック)
1位:wild hearts
2位:ダウンタウンボーイ
3位:Rock'n Roll Night
かな。