作中、司祭が放つ言葉「男は時として女を殴る生き物である」というセリフに作品の方向性がハッキリしたように感じました。とにかく不快な男どものセリフや立ち回りが、最終的にはあのような形で言い訳してくるとは、と胸クソ悪くなる話です。映像的にも衝撃的かつエグくて、心して臨まないと精神的ショックは大きいように思います。
とはいえ、作品の面白味はあって、男というものがどんなモノなのかという言い訳を元夫と村人たちが体現している作品なんだと思います。女性の前で格好つけたがる男、子どもっぽい遊びを楽しむ男、間違ったコトを許してほしい男、そして女を支配したい男、と田舎の古い建物とそれを取り囲む村全体がミソジニーの象徴なんだろうな、と。そこに訪れてまず主人公のハーパーがしたことは、庭に生える木からリンゴの実を囓るあたりは、キリスト教的でもあり、そこから続く欧米のミソジニーに対するアンチテーゼの作品とも感じ取れます。悪夢のような展開から最後のシーンが突きつけてくるものは、コレが現実なんだ、と。