実は昨日、ちょっとショックな事があった。
夫が出ていってから1週間、全てを見てきた息子の心が知りたい、支えようと話をしてきた。
しかし娘は…きっとわかっていないと思っていた。
理解してないと思っていた。
この1週間、娘が「パパは?」と聞くことはなかった。
少なくても自宅では、私の前ではいつもと変わらず元気で、一言もパパの事は言わない。
考えてみたらそれが本当はおかしい事だったのだ。
だって夫が出ていく前は、たまに帰ってこなかったりパチンコ三昧で毎日遅かったりした時は私に「パパは?」と聞いていたのだ。
それなのに1週間1回も言わなかった。
私は娘はわからないから、きっとこのまま忘れてしまう、その方がいいのかもと思っていたのに…娘が昨日言ったのだ、「ぱぱ…」って。
しかも私の前でではない。
私の実家でじぃとお風呂に入っている時にふいに言ったんだと父から聞いた時…私は愕然としてしまった…。
知的障害をもつ娘は、娘なりに私に気を使っていたのかもしれないと思って。
なんてこと!
ごめんね!
ごめんね!
ごめんね!
何度言っても足りないね。
息子はゴタゴタを見てきたから父親の事は好きだけど複雑な思いを抱えている。
しかし娘はゴタゴタはわからないから無条件に父親が好きだった。
本当に本当にごめんね…。
夫に「子供達と会う約束等はいらないのか」と聞いたら「別にいらない」と言われてしまっている。
今後会うことがないとは思っていないケド…以前のようには会えないと思う。

離婚って、やっぱり子供達が1番の犠牲者です。
それを身をもって知って…言葉にならない夜でした。
今日は日本人なら忘れられない光景をTVで、写真で、そして実際に目にした日です。家も人も無事でしたが被災地と呼ばれる県に住み津波被害があった場所から車で30分の場所に住む者としては、あの日あの時間以降の生活を思い出します。海沿いの観光地や施設、宿泊施設はお気に入りで各地によく行きましたが…ほとんどが被害にあった…悲しく悔しい日です。電気が止まった当日からもちろんTVが見れず、我が家からさほど遠くないところで何が起こっているのか全くわからず「津波」なんて頭にもなかった。ショックと余震で眠れない夜にラジオから聞こえてくる「~浜に100から200の遺体があがっている模様」や各々の無事を確認する為や助けてのメッセージが今でも忘れられない。電気、水道、ガス、ガソリン、店、全ての大切さを知りました。妹家族も集まり実家に10人。毎日毎日明るいうちに全て終わらせ水を得る為に長時間並び子供達に食べさせる為に時間をかけてお湯を沸かしお米を炊く。お金を稼ぐ為ではなく生きる為に時間を使う日々でした。震災から約2週間後、なんとかガソリンを工面して山沿いで開けてくれてる温泉に皆で行った。何度も頭と体を洗い湯船に浸かると泣けてきた。家も家族も無事な私ですら「なんでこんな事に」と涙が出るのに家を、家族を亡くされた方々はどんな思いかと、申し訳なくて更に泣いたのを思い出します。
あの日々からまだ1年。これから先も忘れませんように。どうかどうか今後も皆さんが覚えて下さってますように。
今日はざっと私の事。アラフォー。1男1女の母。1女は障害児なので障害児母。漫画好き。映画好き。TVでGAO見ると嬉しくなる。パートを始めて2ケ月。先週夫が出て行ったのでシングルマザー初心者。届出は書いてあるけどまだ出してなし。只今絶賛名義や口座変更中!