訪問を予定していた北キプロスへの交通手段を絶たれた僕は、港でボーッと立ち尽くしていた。

 

最終日イスタンブールへ戻るにも、北キプロス発のフライトチケットを既に購入している。今の状況ではチケットが無駄になるだけでなく、帰国スケジュールにも影響しかねない。落ち着け、何か他に方法は無いのか。僕は事務所に戻ろうとする係員を呼び止め、スィリフケ以外で北キプロスに行く船は無いのか聞いてみた。

「それなら、メルシンから今夜9時に定期便が出るよ。」

何と、昨日メルシンから船に乗るためにやって来たのに、この街には始めから来る必要無かったってことか。まさかのUターンという展開に拍子抜けしたが、北キプロスへの道がまだ残されていることへの希望が勝った。大急ぎでメルシンに戻るぞ!

 

 ドルムシュ(ミニバス)に駆け乗り、昼を過ぎた頃にメルシンのオトガル(バスターミナル)に到着した。アタチュルク公園近くにある港へ行くべくタクシーを拾った所、こいつがトルコに来て初めて見るぐらい態度が悪かった。

 港に着く前の辺鄙な場所で運転手は車を停めると、ここの港から北キプロスに行くフェリーは無いから、今からタシュジュ港に行くぞ、などと言ってきた。冗談じゃない。今そのタシュジュ港から戻って来たというのに。僕は何度もそう言ってメルシンの港にちゃんと行ってくれと何度も言うが、英語がほとんど通じず、平行線のままひたすら揉め続ける状態となった。港までは近くて儲からないからスィリフケに行きたいだけなのは明白だった。一方ここで降りても他に流しているタクシーが見当たらない。

こんな時、助けを求められる人物はトルコ南部において一人しか思い付かない。僕は携帯を取り出し、エミルさんに電話して事情を簡単に話し、僕の意図をトルコ語で運転手に伝えてもらった。運転手はその後もメルシンから船は出ていないとしきりに言い張るので、一旦港に行くのをやめてカフェ紫に行ってもらうことにした。だがこの運転手は腹いせのつもりか、言った通りの道を通らずに細かい路地をグルグル遠回りしたため、メーター料金は先日紫まで行った時の倍額になっていた。僕もこいつには相当頭にきていたので、相場レベルの料金だけ払い、運転手の文句はガン無視して紫の店内に入った。

 

大変だったね、エミルさんが出迎えてくれた。今晩の船に乗れるかどうかの不安と不快なタクシーのせいで少し心が折れかかっていたので、まず昼食を頂く。落ち着いた所で、改めてタシュジュ港でもらったメルシンの船会社の電話番号をエミルさんに見せながら相談した。彼はすぐにその船会社に電話し、今晩のメルシン発北キプロス行きの便を予約してくれた。その上で彼が船会社から聞いた切符購入までの手順を教えてくれた。MNF(メネフェ)というその船会社は港の近くにあるのだが、どこかしらの役所で先に港湾税を支払い、その証明書と引き換えの形でチケットを購入できるのだそうだ。
 エミルさんからバスでの行き方を教わる。まだまだ高いハードルだけど行くしかない。大きい荷物を置かせてもらい、店を出た。

 

先日乗った青い路線バスに乗り込み、運転手に役所の名と思われるエムニエト・アドリエを伝えた(エミルさんも日本語で何と言う機関かわからなかった)。海沿いを五分程走って到着。そこにはトラベルインフォメーションがあって英語が通じた。そこの職員にエムニエト・アドリエの場所を尋ねると、彼はすぐ近くにある建物まで案内してくれた。どうやら警察署のような所だった。

今度はそこにいた制服姿の初老の職員に事情を伝えたが英語が通じず、近くにいた別の男性が簡単な英語に訳してくれた。しかしこの人も肝心な所を英語で言えず、「あなたが行くべき所はここではなくギュムリュクだから、そっちに行きなさい」と言う。彼は建物から出てそのギュムリュクの場所を指差して教えてくれた。ツーリストインフォメーションの方向だが、その向こうの港のある方らしい。何だかたらい回しにされている気分だが、とりあえず行ってみるとそこは税関だった。

 

改めてそこの職員を捕まえてMNFの船に乗るのに港湾税はどこで支払うのか聞いてみた。彼はMNFの住所や口座番号が書かれたカードを僕に渡しながら、片言の英語で支払いはアクギュンレルに行けと言った。アクギュンレルって一体何だ? さっきから目的地だけがよくわからないのだが、僕の困った様子を見て彼は近くにいた青年を捕まえ、アクギュンレルに連れて行ってくれと言ってくれた。青年はきちんとした英語を話し、快く僕を誘導してくれた。この青年は名をファイキと言い、ここに勉学で来ている学生。東部のディヤルバクルという街に近い所から来たクルド族だった。

彼と一緒に向かったのはMNFの事務所。警察署のすぐ近くだった。予約していた者ですと事務所スタッフに話すと、港湾税を銀行から振り込んだ上、その証明書と引き換えにチケットを発券する手順だと教えてくれた。地場銀行で振込か…、いきなり僕にできるのだろうか。そう思っていると、ファイキが席から立ちあがり、銀行まで案内を買って出てくれた。

エミルさんは運転手にわかるようMNFに近い警察署の名を挙げ、港湾税なら税関で払えと警察署は言い、支払いなら船会社で手続しろと税関は言った。ま、どこも至極真っ当な対応だったわけだが、特異な購入手順と言葉の問題で結構遠回りしてしまった。いずれの施設も徒歩一、二分の圏内だったのが幸いだった。

 

やがて着いた銀行では10人ぐらい待っていた。番号札を取る時にファイキがトルコ語で用件を説明してくれたので、あとは順番を待つだけとなった。このままファイキも待たせたら悪いので、ここでお別れ。僕は「指差し会話トルコ編」の最後の方のページにある簡単なクルド語会話を瞬時に開き、ありがとうを意味する「スパース」と言って感謝すると、ファイキは両側の頬を合わせる挨拶で応じた。彼のヒゲがチクチクしたが、北キプロスへの大きなハードルを崩してくれた人だし、痛くはなかった。

彼が銀行を去って間も無く順番が回ってきたので、窓口で15ドルを振り込み、スムーズに証明書をもらった。その後MNFの事務所に戻ってチケットを70リラで無事購入。後は夕方6時頃に港に行けばいよいよトルコ出国だ。細かいお金が無かったのと、道が簡単だったので、ここから歩いて紫に戻った。

 

紫は昼休みの時間だったが、エミルさんの好意で休憩させてもらった。外では雨が降り出す中、先日持参した煎茶を一杯頂き、客席でじっくり味わう。昨日スィリフケから出発できていたらこの一杯は味わえなかったな。薄暗くなった店内の壁掛けテレビ画面には日本の短編アニメ映画「秒速5センチメートル」が流されており、しばし心は完全に日本に飛ぶ。特に雪が降る駅の中での純愛模様に吸い込まれ、その切なさに少しウルッとなりかけたが、ふと横を向くと、扉の向こうはアザーンが微かに聞こえてくる中東の風景。一体ここはどこなんだと、軽く混乱する自分がいる。

 

今朝スィリフケで道を閉ざされてから、チケットを手に入れるまで数々の障壁を乗り越えてきたが、ここで休憩しているうちに、心のどこかから揺さぶりをかけられた。北キプロスに進もうとしたらまた新たなハードルが立ちはだかるのではないか。進めばまた壁にぶつかり、北キプロスが幻と消えるのでは。港に行くのが怖い、と言うか億劫だ。できればずっとここに居座って和食の夕食を楽しみ、リラックスしていたい。
 だが待て。今の僕には船に乗るしか道は無い。そのために今日一日を全て費やしたのだ。負けるな自分。荷物だって小さいし、また歩き出せる。外の雨はいつの間にか止んだ。四時間程ここで休ませてもらったが、そろそろ出発しろという合図か。

「エミルさん、いろいろ助けてくれてありがとう! 今度こそ、北キプロスに行ってきます。」

お世話になったエミルさんに別れを告げると、楽しんできてね、という言葉と共に餞別として袋一杯のピスタチオをもらった。僕が店を出ると同時に、お客が二組入ってきたので、エミルさんも忙しくなった。応対に駆け回る彼の後ろ姿を見ながら、夢を叶えて! と祈った。

 

かくしてエミルさんや、ファイキ始め地元の人々の助けのお蔭で今、僕は港にいる。日中ファイキに出会ったあの税関の前を通り、その先にあるイミグレで出国スタンプが押された。さあ、いよいよ乗船だ。

港に停泊している船を一通り見回した。辺りはほとんどコンテナばかり。

それらしき船が見つからない。あっちは漁船、こっちは駆逐艦

そう言えば僕と同じく北キプロスに行く乗客らしき人さえ見当たらない。コンテナを運ぶトレーラーが行き交うだけである。彷徨うように港をウロウロしていたが、結局突き当たりまで歩いても客船らしき船は見つからなかった。僕の手には確かにチケットが握られているのだが…。

目の前の貨物船にはひっきりなしにトレーラーが出入りしている。

そこで交通整理をしていた作業服姿の男性にチケットを見せながら、この北キプロス行きの船がどこから出ているのかを聞いてみた。すると彼はチケットを一瞥すると言った。

「ああ、この船だよ。乗りな。」

ええっ! こ、この船なの?! 何かの間違いでしょ? そう思っても真偽を確認できる人は他にいない。ここで乗る船を間違えたらもう北キプロスには絶対行けないぞ。そうだ、中の船員に聞いてみよう。再び沸き上がった不安と共に、僕は列を成したトレーラー達と一緒に巨大な入口をくぐるのだった…。