翌朝、昨日お気に入り認定された屋台のおにぎりを求めて外を三人でぶらついたが、時間帯が違っていたのか、昨日買った場所に屋台はいなかった。パリパリおにぎり食べたい! と、しーちゃんが少しぐずりかけたので、とりあえず近くにあった別の屋台で肉まんを買う。朝の散歩がてら他の通りもいろいろ歩いてみたら、別のおにぎり屋台を発見。これで朝食の問題はクリア。部屋に戻ってあの独特な食感を再び楽しむのだった。

外は雨がぱらつき始めたが、今日の日中はインドアな予定のみ。なーこの要望で市政府駅まで行き、午前中は日本と対して変わらぬ無印良品やドラッグストア等を覗いて回った。しーちゃんはピンクの雨合羽を羽織ったのだが、道中通りかかったカフェの窓際に座っていた女性の一団がしーちゃんを見て興奮した様子で熱心に手を振ってくれていた。うん、うん、娘は確かに可愛いもんなぁ、とこの様子にニンマリする僕もなーこも親バカそのもの。

しかしそれにしてもバイクがやや多いのと目や耳に入る言葉が中国語であること以外何ら日本と変わり映え無い台北の都心部。家族と一緒にいることもあるが、何の違和感も無く路地を通り抜け、近くのバスターミナルのトイレで用を足し、地下鉄に揺られ、ほろ甘い香りに釣られてパン屋で道草食ったり、ローソンでしーちゃんのお菓子等買い物していると、何度となく八王子辺りを歩いている錯覚を覚える。この異国感の無さが日本人にとって居心地よく、海外と言ってあまり構えなくていい気楽さがあるのに加え、情報量も幅広く、これら情報を使いこなせれば言葉が全くわからなくても充実した旅を楽しめる所が、揺るぎない台湾人気の理由の一つなのだろう。理解はしているし、それもそれで良いと思っているが、僕の中ではそこがこれまで旅してきたアジアの国々のどこよりも高いハードルのようにも感じている。僕はひょっとしてアジアに異国情緒を求め過ぎていたのだろうか。なんて、移動しながらいろいろ考える余裕が出てきたのは、我が一家もこんな台湾の日常に馴染んできたということなのかな。ホテル近くまで戻り、小さな湯麺の店でお昼を食べた後、頂好(ディンハオ)というスーパーでいろいろ買い物。離れた所でも位置を確認できる旗の付いた小さなショッピングカートを押しながら、しーちゃんも手伝ってくれた。中華圏らしい調味料を台所のストックとして物色しているなーこ、職場や親族へのお土産を下手な土産屋よりずっと安値で確保する僕、科学麺なるスナック麺等インパクトの強い駄菓子に目を輝かせるしーちゃん。それぞれが満足できる品揃えで、結構長居してしまった。

特に日本人駐在員を主要顧客としている店ではないと思うが、日本の食材や食品の充実ぶりには目を見張る。原発事故以降、台湾は日本食品の輸入をかなり厳しく規制している印象が強かった。震災時の多額の支援には感謝する一方、日本品は皆汚染されているという風評が強いのかとも思っていた。が、こうして見る限り、台湾において日本食はたまに料理店に行って食べるだけに留まらず、普通の家庭の食卓に並ぶ身近なものなので、他の国に比べて敏感になるのかも知れない。そんなこんなで僕達は人へのお土産に自分達へのお土産、後程ホテルでつまむもの等いろいろ買い込んだのだった。

 

そして今晩、台中着後から行きたいと思いながら、ロケーションや疲れ具合の理由でチャンスが巡ってこなかった夜市散策に行くことにした。場所は寧夏夜市。最寄りは中山駅であるが、そこから大通りに沿って10分程歩く。道沿いに軒を連ねる靴屋、古道具屋、乾物屋等が昭和の下町商店街を感じさせるようないい味を出している。初老の店主が黙々と仕込み作業をしていたり、店のおばちゃんが買い物客と楽しげにおしゃべりしてたり。ここ、外国なんだよね? と、思わず誰ともなく問いかけたくなってしまう。庶民的な定食屋も沢山あり、今宿泊している辺りと比べても散策が楽しそうである。次来る時は行動拠点のロケーションも検討しなければ。

 

やがて辿り着いた夜市。道いっぱいに広がる屋台群、まだ明るかったがほとんどは営業を始めていた.。自前のテーブルや椅子を路肩に設置してその場で食事できる店とテイクアウト型の店が半々ぐらい。しーちゃんがいるのでとりあえずなーこは場所の確保、食べ物の調達は僕が行くことで分業開始。焼いた貝の串焼きに炒飯、焼そばと次々に買っては巣に帰る親鳥のようにまた買い出しに向かう。

日本のメディアでも紹介されたという店で卵炒飯を食べたいと思ったのに、間違えて買ってしまったのが親子丼。って言うかなんでコレが台湾にある?!  ま、これはしーちゃんに食べてもらうか、と思いながら持って行くと、彼女は先に持って行った揚州炒飯を平らげんばかりの勢いだった。本当は人気具合や価格なんかゆっくり研究するのが屋台散策の醍醐味なのだが、腹を空かせた妻子が待っているからと、つい無難な普通の料理ばかり買ってしまい、しかも美味しそうなものから娘に食べられてしまうため、正直満喫感はほとんど無し。

愛玉子というゼリー状のスイーツが入ったジュースを最後に買ってみた。レモネードのような甘酸っぱさと素朴なゼリーの口当たりが懐かしい。尤もそれさえも初めての味覚であろうしーちゃんが8割方飲んでしまったのだが。


屋台街を出ようとした所、通りに沿って普通の飲食店も結構並んでおり、いかにもアジア的な粗末なテーブルと椅子が無造作に置かれたスイーツの店が気になった。台湾かき氷だ。いつか東京でも一時期流行って店舗が派手に出ていたものの、あっという間に消えてしまった、あまり氷氷していない食感のかき氷である。僕達は早速席に座ると、おすすめの一品であるイチゴかき氷を注文。念のため大きさを聞いてよかった。店のおやじが手で示す皿のサイズはどう考えても一人前ではない。危うく二人分と言うところだった。そんなわけで細かくされたイチゴも入った練乳がけのクリーミーなかき氷を三人でシェアしたが、十分過ぎる盛り付けであった。腹も膨れたし、雑踏や熱気で頭も少しクラっとくる。ここはさっさと引き上げよう。行きにも通った味わい深い商店街を駅の方向に歩いて行くと、たまたまタクシーが現れたので、即決でこれを捕まえてホテルに帰ったのだった。夜市巡りするには情報入手不足過ぎた気もするが、初の子連れ旅ならここまでが精一杯だな。

 

 楽しい時間はあっという間。もう帰国当日である。やや霧雨がぱらつく中、もう一度「頂好」に行って最後のショッピングと言うか、何だか台湾で触れたいろんなお菓子や飲み物が無性に恋しくなり、カバンの許す限り掻き込むように買い込んだのだった。もちろん子連れ旅で荷物がかさばるのは宿命なので、買い込みと言ったって量も金額もささやかなものである。

 部屋に戻って荷物をまとめ、チェックアウトした一行は、MRTに乗り込んで松江駅で途中下車。降りてすぐに見つけた看板に駆け寄り、扉を開くや「あれ、前も来られましたよね?」という日本語に迎えられてちょっとびっくり。地元の行きつけのコーヒー店が最近台北店を立ち上げたので帰国前に寄りたかったのだ。僕達の顔を覚えていた地元本店の店員さんがたまたまサポートで台北店に来ていたのだった。

何だかバーチャル帰国みたいな妙な安心感でいつもの水出しコーヒーとランチのカレーセットを頼む。カレーには少しチーズが効いている等若干味付けが本店と違い、台湾の味覚に寄せていたが、それで良い。店内は空いていたが、我々以外は地元客であった。このまま地元に愛されながら店の特色もしっかり持った店としてずっと続いて欲しいなと思ったが、先の店員さんは接客で忙しそうだったのでそのまま静かに店を出た。

 

 

 今朝の小雨がうそのような雲一つ無い空と、いかにも台湾な雰囲気のド派手な寺院に思わず目が眩んだ。もう少し時間があれば、中に入って参拝して写真もいっぱい撮っただろう。いや、時間はまだあったが、これから帰国の飛行機に乗る家族連れになかなかそこまでの心的余裕は無い。次回台北に来れば、この店に必ず寄るだろうし、その時の楽しみにしておこう。ここからは再びMRTでスムーズに空港に向かい、飛行機では新作ディズニー映画のおかげでしーちゃんもご機嫌で座っていてくれた。さすがに自宅到着までには三人クタクタであったが、次の日から「また台湾行きたいね~」が家族の意見が見事一致するフレーズの一つになったのだった。ま、海外でも他に行ってみたい国はまだあるし、しーちゃんには国内旅ももっと体験してほしいし(これは僕にも言える)、そもそも経済事情だってあるわけで、いくら手軽な外国と言ったってすぐまた簡単に行けるわけではない。だが次回彼の地を訪れる時は、人並みにエンジョイし、新しいチャレンジができるようになっていると思う。ま、どんなに語学を駆使して頑張っても、台湾を深く熱く語れる通な人のようにはなれないし、自分もそれを求めてはいない。好奇心の赴くままに散策し、道に迷い、誰かに助けてもらい、六割ぐらい目的を達成できれば、それでいいと思う。前回は自分で台湾のハードルを上げてしまい、行ってはいけない春節という時期を選んでしまったことも相まって、ずっと孤独で何もできなかった自責に苛まれたのが実態だったのだろう。今回の旅は17年前のリベンジも兼ねていたが、そうしたネガテイブな動機は僕の中で十分に浄化されたような気がした。