誰にも言わなかったけど本日、実は僕の結婚式でした。

こんな自分にもこういう日が遂に訪れたのか、と朝から心臓が破裂しそうなまでにドキドキしている。

式が行われる場所はショッピングモールも兼ねた某高級ホテルの式場。最上階はモノレールの連絡口にもなっている。建物は巨大なコの字型で、吹き抜けのスペースは噴水のある大きな広場となっている。同じ建物でも横幅が広くて何ブロックにも分かれており、各ブロックそれぞれにエレベーター。結婚式場は盛況で、毎日何組ものカップルが同時に挙式を行っており、式場以外にもイベントホールが沢山あって、アイドルのライブとかいろいろな催しが行われている。朝から晩まで人の行き来が絶えない賑やかな場所だ。

両親と僕は離れた場所に住んでいるため、合流しているうちに少し出遅れてしまった。式場入口は確か5階だったよなと、速足で向かおうとする我々親子。しかし大事なコトに気付いた。僕は挙式を行う張本人。出席者の出入口から入るのはおかしいだろう?確か新郎新婦の控室のような場所があった気がするのだが…? ひょっとすると、控室は全然別のフロアだったかも知れない。気になったのでとりあえず両親を先に行かせ、僕はその場に残って式場係員の人を探した。

するとやがて、一人の係員の男が慌てた様子で現れた。式の段取りの件で一回相談したことがあるので、見覚えがある男だ。僕はすぐ彼を呼び止め、新郎新婦の控室を確認した。男はこんな急いでる時に声なんかかけるな、と言わんばかりの態度でぶっきらぼうに控室は3階ですよッ!と言い放って足早にこの場を去った。3階か、とりあえず急いで行かなくては。近くのエレベータの扉がちょうど開いたので条件反射に乗り込むと、下に降りるはずが、上に行くエレベータであった。しまった!間違えた~! 気付いた時はもう遅い。それは最上階のモノレール乗り場までノンストップ!何なんだよこれ~!

それより早く両親に控室の場所を教えないと。エレベータが最上階の乗り場に着くや、すぐに携帯から母親に電話した。「控室の場所が間違っていたから、3階に向かって!」と言おうとしたが、母の方が慌ててる様子。あの後急にお尻が痛くなり、行きつけで最寄りの医者に電話をしたらしい。医者はすぐに診てくれるそうだが、母は保険証を持っていない。医者は保険証番号を言ってくれれば持ち合わせてなくても大丈夫だ、と言うものの、保険証番号なんて知らない、さぁ、どうしよう、といった話であった。痛いなら保険証無くても仕方無い、早く診てもらいに行くように言った。そして終わり次第、控室は3階だから、と伝えた。

急いで下に降りるエレベータを探すと、1階まで直行があったので、我先にとそれに乗り込む。この時、直行なんだからという思い込みがあり、特にボタンを押さなかったが、一緒に乗っていた人達は誰一人1階のボタンを押しておらず、エレベータはそのまま1階を通り越して地下2階の駐車場まで行ってしまった。1階から下は各駅だったのだ。ともあれ、エレベータを出た所は一面車、車、車。所々でちょっとイカツイ感じのヤンキー風の男達がたむろしている。ちょっと怖い雰囲気だったが、それどころではない。とにかく早く3階に行かなくては。僕は各階の案内表示がどこかに張ってないか必死に探した。この建物はAからFブロックぐらいまで区切られており、同じ3階でも両端のAブロックとFブロックとでは相当離れている。道を熟知していたとしても、歩けば15分はかかりそう。駐車場で僕が見つけた案内表示にはFブロック3階のイベントのことしか書かれておらず、結婚式場のケの字も見当たらない。3階に着いても無事に式場まで行かれるのだろうか?!

そうだ、一旦1階のインフォメーションデスクで、きちんと事情を話して場所を聞こう。僕は早速1階に上がる。噴水のある広場は沢山の人々でごった返しており、それを押し分けながらインフォメーションデスクを探す。時計を見ると9時45分。式は9時から始まる予定なので、もう大遅刻だ! 新婦そしてその家族は一体何事かと思っていることだろう。

「あ、本日の結婚式の方ですね? では控室までご案内いたします」
案内嬢は少しも慌てる様子も無く、そのままデスクの席を立って僕を誘導した。広場1階から「動く通路」風のエスカレータが3階まで続いており、そのまま前の人の後ろに並んで、3階へと上がって行く。よく見るとこれに乗っている他の人も今日挙式を挙げると思われるカップルが目立つ。きっと挙式前に広場近辺で記念撮影をした後で控室に戻るのだろう。
「あの…、実は予定してる時間よりかなり遅刻してるので、少し急いで上がってもいいですか?」
前に立つ別のカップルの後ろについて、通路左側に立った状態で歩かない案内嬢に言った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。実は当ホテルの式場は知人同士が同じ日に同じフロアの各式場で同時に挙式を行うケースが多くありまして、ご参加の皆さまがお気軽に途中で式を抜けて、別の式に参列したりできる自由な雰囲気となっております。ですからゆっくり行って頂いて大丈夫ですよ。中には新婦さんご本人が結婚式を途中で抜け出して、隣のアイドルのコンサートを見に行くこともあるぐらいですから。」

少なくとも自分の妻となる人は途中で抜けて隣のコンサートに行くなんてコトはあってほしくない、とは思ったが、彼女の言うこともまぁ、納得してしまう自分がいた。最近はいろんなスタイルの式もあるしなぁ…。
いや、待て! 僕は別に他の知人と同じ日・同じ場所で式をやろうなんてプランした覚えはない。僕の式に来て下さる方々は、僕の式だけのために来ているはず。その彼等を45分も待たせている!しかもその間新婦は一体どうしているのだろう。今頃ケーキカットじゃないか、なんて案内嬢は言っていたが、それってまさか、新婦が一人でケーキカットしてるってことか?!

僕の不安・自責は頂点に達したが、そういう時に限って、どうでもいいコトが不安になってくるから不思議。過去の知人の結婚式を見てると、最後に新郎がバシっと両家や来賓に感謝の挨拶をこめたスピーチをするが、その原稿を全く用意していなかった。控室に着いたらすぐ原稿を書き、かつそれを暗記しなくてはならない。ああ、困ったな~、なんて頭を抱える僕。

やがて控室に到着すると、ちょうど新婦が扉を開けて出てくる所だった。顔ははっきり言って全然美人ではない。何でこんな人選んだんだろう?改めて疑問に感じる自分。ま、式だから髪型はきれいにセットされていた。どうもどうも、とお互い会釈を交わし、僕は遅刻したことを詫びた。彼女は別段怒ってる様子は無く、近くのイベントのポスターの記載のことを聞いてきた。
「イゾクの舞踊ってイベントがあるんで、何の遺族の方が踊るんだろうと思ってたけど、なぜかイ族って『イ』の所がカタカナなの。どうしてだろうね。」
「あ、イ族ってのは中国の少数民族だよ。だからそれは多分民族舞踊だと思う。」
あ、そ~なんだ、と彼女はあっけらかんとしていた。
「ところで、式ってまだ始まってないの? 皆さんやっぱ待ってるよね?」
「うん、待たせてたから、私が余興でダンスしてたの」
羽織っていたコートを少し開いた彼女は何と、女性が90年代頃にエアロビクスで着用していたきわどいレオタードを下に着込んでいた。とりあえず式がまだ始まっていないことに安心したのが40%、多くの参列者を45分以上待たせてしまっていることへの申し訳無ささが50%、彼女って結構スタイルいいじゃん、という不純な気持ちが10%。

ともあれ、参列者の皆さんの所へ行ってお詫びに行こう。二人で式場へ向かう。
「お待たせしてしまいまして、どーもスイマセン!」
新郎新婦入場の扉を開くや、皆さんに頭を下げる。式場はまるでライブハウスのようにみんな小さな椅子とテーブルでひしめき合うように座っていた。
「ちょっとこれから着替えてきますんで、すいませんがもう少しお待ち下さい!って言うか、何だか皆さんの方がステキな格好してるんで、これから着替えても大して見栄え良くないかも知れないんですケドね~。」
会場がドっと笑いに包まれる。
「奥さん、遅刻して怒ってなかったですかぁ~?」
客席から声が飛んだ。
「いえ、確か彼女と会ったのは今日で二回目なんで、お互い顔を忘れちゃってました!」
ま、そんなワケで、しばしお待ちを~!!場内爆笑の中、いそいそと部屋から出て行く我々。何だかコントのような登場になってしまったが、皆さんそんなに怒っていない様子でホっとした。

新婦は急いでウェディングドレスに着替え始めた。職場のある同僚が僕達の身の回りの手伝いをしてくれた。その彼が部屋を出ようとする時、落ち着きを取り戻した僕は声をかけた。


「ねぇ、変なコト聞くけど、僕ってさ、本当に今日結婚したのかな?」
彼は何も答えず、ただ意味深な笑みだけ浮かべて部屋から出て行った。


この時、僕は悟った。


「あ、これ、夢だったんだ。」



目が覚めた時は朝の6時半だった。いつも夜更かしで就寝は深夜2時頃だったが、昨晩は珍しく12時代に床に就いた。そのお陰か、久々に起きた後もストーリーを完全に覚えてる映画のような夢を見れたのだった。結局僕は結婚していなかったのだが、これはこれで面白い体験だったな、と笑いさえ起きてしまう早朝のドラマであった。