ゴールデンウイーク後半も今日が最終日、世間の皆様はあっという間に終わり、明日から日常に。休みに働く私は、あまり関係はないのだが、もちろん今日も仕事です。

でも、昨日はシフトが入ってなかったので、一日郊外へ筍を求めに、南丹方面に行ってきました。例年の行事なのだが、今年はスケージュールに空きが少なく、筍の旬に終わりかけの時期になってしまいました。

 

連休中、学校が休みだったので、ちょっとゆっくりできましたが、学校と仕事の両立で当分自由時間はおあずけになりそうで、それはちょっと残念、研究生活中心の日々にうんざりしないよう、目的意識をわすれないようにする、当面のこれが目標です。

 

では何が目的かというと、10年間、医療経験者ではない私が携わってきた監察医事務所の経験を、生かすこと。医療の目ではなく、社会の目でみて、何かを明らかにしたいと思っているのだが、果たして何が見えてくるのでしょう。

監察医制度は、戦後まもなく、住民の暮らしの悲惨な状況を把握するため、もうけられた制度といえます。栄養状態の悪さ、結核の蔓延、劣悪な環境、粗悪なアルコールにより死に至る人が多く、その数を明らかにし、対策の一端を担ってきたといえる。

現在はというと、やはり悲惨な状況を垣間見ることもある。

過度のアルコール摂取、栄養状態の悪いために死に至る場合も少ない数ではない。

飽食の時代と言われて久しいが、満足な暮らしではない人たちも全体から見れば少ないかもしれないが、一定数あると言わぜるをえない。

社会問題となっている、貧困、格差、孤立による社会から排除された人たちの現実を、ここにあみることができる。この人たちは自己責任でこのような状況に至ったのだろうか。

何故この人たちは世間から見捨てられたのか分からないが、見えない存在であったことは確かといえる。

そういう人たちがどういう状況にあったのか、統計をとり、分析をするのが、私の研究課題です。あまり明るくない結果が予想されるが、現実を少しでも知ってもらう、そのための研究と考えている。

私自身、あまり裕福とは言えない、社会から忘れられた存在だと感じることも多々ある。それはそれで仕方ないことだが、えてして、目を向けたくないかもしれないが、そういうしゃかいであることを、やはり政治を行う人たちにはわかってほしいと思う。

大義も大事だが、末端をみない政治は、善政とはいえないだろう。

特に地方自治体の長には目を向けてほしいと切におもうのだが、甘いのだろうね。