ヒグラシの鳴き声が静寂な庭で響いていた。

線香はすでに無くなっており、残ったのは灰とほのかな香りだけであった。


静香は部屋で学校の宿題をやっていた。

夕日が明るく部屋を照らし、そしてFMラジオからは四日町の特別番組である

「きてきて四日町」が放送されていた・・・・



純平は一階の居間でテレビを見ていた。

県内のみ放送される番組である「455スクラッチ」である。


しかし、内容は地元のラーメン店の情報や地元出身歌手の紹介などだったため

あまりおもしろいとはいえない番組であったが、暇な時に見るのに丁度よかった。


時刻はすでに午後5時15分をまわっていた。




「おにいちゃ~ん!晩御飯の準備するから、さっき届いた回覧板届けて~!」

二階から静香が大声で叫んでいた。


「あぁ~、わかった」

ゆっくりと体を起こし、そして玄関に置いてある回覧板を手に取った。




純平は自転車に乗って、すぐ近くに住んでいる前田さんの家に回覧板を届けた。

そして、すぐに家に戻ってくるとポストに何か入っていた・・・


封筒に入った手紙だった。しかも純平宛のものだと気がつき、開けてみた・・・



『拝啓 金井純平様


 突然のお手紙を申し訳ございません。私は真下信一郎と申します。

この度、お手紙を送った理由は、お父様よりのお願いがあったからです。


金井章介さんと私は古くからの友人でありました。しかし、彼は警察官になり

私は弁護士になることを決意して、ともに別々の道に進むこととなりました。

10年前の8月、私のところに章介さんが訪れた際に私に手紙を預けました。


10年後にこれを息子である純平様に届けるようにという依頼だったため、

このように送らせていただいたしだいであります。


できれば、今度の日曜日にでもお会いいただければ光栄です・・・・・・・     』



そして、純平は封筒に入っていたもう一方の手紙を読んでみた。


「10年後、19番目に我を引くもの山にあり。半月のに現れる」


純平は正直理解できなかった。これはいったいなんなのか・・・・

半月の満ち欠けに誰が現れるのかを真剣に考えていた。



純平は台所にいる静香にこの手紙の謎を聞いてみた。




「変な文章ねぇ・・・・これをお父さんが遺したっていうの?」

静香は文章を見ながら不思議に思っていた。


「あぁ・・・そうなんだろうな」

純平は正直この文章は偽物ではないかと思い始めた。

それに真下というのは古くからの友人というのになぜ父はなにも話さなかったのか・・・




テレビでは「445スクラッチ」が放送されていたが、番組の後半にクイズが出題されていた。


「は~い!それでは、小学生のみんなに問題です。」

キャスターが明るい声で話していた。


「これは昔の人が考えた暗号です・・・・」

純平はふと考えた。


「暗号・・・・そうか!」

純平は何かを思いついたかのようにもう一度手紙を見始めた。


「なになに?何かわかったの」


「あぁ、これは暗号なんだ。おそらくこの文章に何か秘密が隠されているんだろ」

純平はやる気を取り戻したかのように、メモ用紙に書き始めた。




「19番目・・・・なんで19なんだ?」


その時、静香が気がついてボールペンで何かを書き始めた。


「S・・・・I・・・・、あ!「シ」」

静香は笑顔で叫んだ。


「なんで「シ」になるんだ・・・・そうか19はアルファベットの番号で、目は・・・・」


「そうよ、目は英語でEYE。でも読み方は「アイ」・・・そしてアルファベットでは「I」 」

静香は純平に丁寧に教えていた。そして次の文を読んだ。


「我引くもの山にあり・・・もしかして「やま」じゃなくて「さん」って読むとしたら・・・」

「WAの三番目だから・・・・ワ行・・・・そうか「ん」だ!!」



静香はすでに最後の「半月」に注目していた。

「半月だから・・・ハンかもね。それにしても、満ち欠けってなにかしら」


「それは簡単だ。半月が満ち欠け始めるのは来週の月曜日。つまり「ゲツ」 」


「いえ、それは違うと思うわ。だって月曜とは限らないでしょ」

静香はすこし馬鹿にしたように言った。


「じゃぁ・・・・なんだ」


「もしかしたら・・・・現れるの方に注目すればいいのかも!」


「現れるのは・・・人間・・半分だから「ニン」 」ってどうだろうか

純平は堂々といった!しかし、静香は納得がいかなかった。


「なんか、おかしくない。人間の半分だからニンなんて・・・・」


しかし、それは確かであった。それを真っ先に気がついたのは静香だった。


「シン・・・・ハン・・・・ニン・・・・」

「真犯人!!!!」

静香は驚きを隠せなかった。


「なぁ、やっぱり。たぶんお父さんは時間がなかったんだよ」

単純な純平の意見だったが、確かに文章はつながった。


「じゃぁ、まさか真犯人が現れるってこと?」




突然の展開に動揺を隠せなかった純平と静香。

そしてその後に真下さんと次の日曜日に会うこととなった・・・・・


夕食のハンバーグを食べ始めたのは、午後7時40分ころとなった。




「え~、ゴホン・・。先ほど申し上げましたように、本日午後2時48分に金井章介氏が・・・」


暗室の中でスクリーンに映しだされるのは、金井章介の死体だった。

その報告を30名ほどいる捜査官に説明しているのは武岡だった・・・・




武岡直樹(当時48歳)、四日町警察署第一捜査課の一人である。

その武岡の説明を腕を組んでどっしりと構えて座って聞いていたのが署長の菅原だった。



菅原信二は四日町警察署署長という座について4年目だった。

どっしりとした貫禄のある体系とその眼光は、だれもが恐れるほどであり、

刑事時代は『鬼の菅原』という名で有名だった。



「司法解剖の結果、銃弾が1発・・・・心臓を完全に打ち抜いていました。」

司法解剖の説明をしているのは鑑識の工藤であった・・・



工藤重雄(当時34歳)は、その若さに対して鑑識課の一番上に立つ男であった。

今まで彼が見逃した指紋は一切なく、これまでも数々の事件の手助けをしてきた。




「密室内での自殺の線はありえるのか?」

武岡は刑事課の熊井に聞いた。



「その線も考えてみましたが、拳銃に指紋がなかったことから自殺ではないと考えられます」

熊井の脇では、山本が悲しそうな顔で資料を見つめていた。



その時、菅原が立ち上がった・・・



「いいか・・・これは四日町署の名誉に傷をつけた事件だ・・・これ以上の恥は社会に流れる」

真剣な顔と、まるでメガネを突き破るかの眼光で言った。


「なんとしてでも、犯人をつかまえろ!!!」

その叫び声は、廊下の立て札を揺らすかのようだった。


『四日町警察署第一捜査課刑事殺人事件』

この事件は、10年後に起きる事件の序章に過ぎなかった。





そして、話は10年後の8月20日に戻る・・・・・・


四日町警察署第一捜査課。刑事ドラマに出てきそうな部屋には誰もいなかった。


「失礼します」

第二捜査課の山本真吾がやってきた。山本は主に麻薬捜査などを担当する若き警察官だった・・・・


「先輩、金井センパーイ!!」

山本は金井とは警察学校時代からの先輩後輩の仲だった。山本が白バイの練習中に大失態を犯したときに、それをかばってくれたのが金井だった。金井は山本にとって信頼できる先輩だった。


「ったく、先輩どこに行ったんだろ・・・・」

書類を置いて帰ろうとした瞬間、部屋の奥で物音がした。


「バタン・・・・・・・」



「ん?」

誰かいるのだろうか。と山本は思いつつ、もしかしたら金井先輩が驚かそうとして物音をたててしまったのでは、と少し期待をして近寄って行った。


第一捜査課の部屋は2つにわかれており、片方はあまり使用されない倉庫のような部屋だった。その部屋から物音がしたので山本は忍び足で近寄ると、ドアノブに手をかけた。



「セ・ン・パ・イ?」

ドアを2回ノックすると、中からいきなり激しい音がなった。

それは山本にとってあまりにも聞き覚えがある音だった・・・・・



「バーーーーーーーン!」

山本はまさかと思った。そこにやってきたのは同じく第一捜査課の熊井だった。


「なんだ今の音は!」


「な、中で銃声がしたんです!!!!」


「早く、ドアをあけろ!」

熊井はまるでクマを見たかのように焦った声で山本に指示をした。


「む、無理です。ドアに鍵がかかっているんです!!」

山本は震えた手を押さえながら、ドアノブに手をあて何度も押し引きをしていた。


「仕方ない・・・ぶち破るぞ」

熊井はすぐさま近寄って、山本とともに掛け声をあげながらドアに体当たりをした。


「バゴーン!!」

ドアははじき飛ぶようにぶち破れた・・・・・


中には山本にとって見たくない光景が広がっていた。

「先輩?センパーーーーーイ!!!」


金井章介(当時34歳)が胸を撃たれた状態で死んでいた。


「お、おい。ウソだろ・・・・それに、なんだよこれ・・・」

熊井は同僚が死んだことに驚きを隠せなかった。それ以上に熊井を驚かせたことは、これが密室で繰り広げられた殺人事件だったということだ。山本もそれには気が付いていた。


「ドアにはカギがかかっていた。窓は開いているけどここは9階でベランダもない・・・」

そしてさらに驚いたのは、拳銃がそこには落ちていたことだった。


「犯人は・・・どこに消えたんだ」

熊井は震えていた。


「それじゃぁ・・・これは完全犯罪?」

山本は熊井に聞いた・・・


「かもな・・・・・」

熊井は動揺した体を押さえるかのように、各局に知らせて仲間を呼んだ。


その後、検死が行われた結果・・・・金井は銃殺という判断が下された。

しかし、密室の謎については捜査が続けられるも解決されることはなかった・・・




1996年8月20日、午後2時48分26秒・・・金井章介は死亡した。