ぐーとぱー、そしてちょき
若者の手は空手(からて:何も持ってないという意)でなければならない。
カリスマ漫画家福本伸行の漫画「カイジ」の中でこんな話が出てきます。
老人の握っている権益を、何も持たない若者は手を開いて奪いにいかなければならない、と。
骨をくわえていた犬が、水面(ちゃんとみなもって読んでね)に映った自分の姿を見つけました。
その骨をよこせと言ったら自分の骨を落としてしまいましたとさ。
っていう童話もあります。
何かを得てしまったら、後はそれを握っているだけ。
何かを得ようと思ったら、持っているものを手放さなければならない。
一理あると思います。
でも、それも握り方次第ですよね。
ベンチャー企業考
世はベンチャーブームです。
猫も杓子もベンチャーです。
言い換えるなら猫はドラえもんで杓子はホリエモンです。
ベンチャー企業と聞いてみなさんはどんな企業を思い浮かべるでしょうか。
具体的な社名でなくていいです。
イメージで、どんな企業でしょう。
恐らく俺のホリエモンという言葉に引っかかってライ○ドアみたいな企業を思い浮かべたでしょう。
なんて安直な。
そんな考えでは新しいものは生み出せませんよ。
まあ、それはさておき、世の中にはベンチャー企業が溢れているということを言いたいのです。
正確に言えば、「自称ベンチャー」が。
俺は世の「自称ベンチャー」を三つのカテゴリーに大別しました。
①新しい感性や新しいビジネスモデルを持った革新的な企業
②新しいもの(通信系事業)を扱う「普通の」企業
③新しいだけの企業
ベンチャーとは「冒険的事業」という意味ですから、①~③ともその言葉の認識に差異はあれ、ベンチャーと名乗ることには問題はないのかもしれません。
しかし、俺個人の感覚からすると、やはりベンチャーと名乗るからには①であって欲しい。
ただのポッと出の新しい会社(③にあたる)が、これ幸いと「ベンチャー」という言葉で人々を煙にまいているだけという現実があるのです。
新しいものを扱っている、新しい会社(②のこと)というだけで、十年後には消えているか、普通の中小企業になっているだろうな、と簡単に予測できてしまう企業の実に多いこと。
バイタリティと知性(このまえ知性も必要だなと実感)に溢れ、新しい感覚で挑戦し続ける企業こそがベンチャーと名乗って欲しいと思いました。