2019.3.8にSSAで行われた「Wake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」の感想を書こうとして2日が経過した。
この間、ブログを書いては消し、書いては消してを繰り返している。
そしてやっとその理由に気づいた。
自分は起承転結で文章を書こうとしていたのだ。
こんな、身内しか見ないブログになぜ起承転結が必要なのか、そんな後で映像観ながら書けそうなブログに意味はない。もっと感情的に書こう。
さて、その「感情」だが、このライブに対する感情は大きく2つあった。
◯最初期から知っていたのに以降、応援していなかった後悔の念。
◯ラストの仙台、ファイナルのSSAを観ることが出来た満足。
この感情を前提に感想を書いてみよう。
◯最高だった
◯最強だった
◯なんで解散しちゃうんだよ、勿体無いよ
以上。
終わってしまった。あんなに悩んだのに、一瞬で終わってしまった。
満足したけど、これだけだと味気ないので、ニワカだから書けることを書いておこうかな。
あのライブパフォーマンスは解散するから出来たものだ。ありがちだが、線香花火が燃え尽きる瞬間のようにという比喩がぴったりだ。
また、自分は解散するから観に行ったのだ、にわかじみてるし、カッコ悪いけど事実だからしょうがない。
ただ、そんな人は多分、SSAの2万5千人中1万5千人くらいいたはずだ。
なぜなら、自分がファンクラブのわぐらぶに恥ずかしげもなくギリギリの今年1月に入会したところ1万切るくらいのナンバーだったから、WUGのアクティブファンはおそらく1万人程度。
つまりあのWUGちゃんのパフォーマンスもSSAがほぼ埋まったのも解散したからなんだ。
なんだか、解散が悪いことだったのか難しいとこだなと思えてきた。(根っからの古参ワグナーにはホントに申し訳ない話であるが)
解散するから観られたライブは正に圧巻であった。勿論、最初にあげた感情のバイアスが入ってるんだから正しい評価できてるか正直分からないけど、
でも、でも、でも最高だったんだよ。一生分のWUGを受け取れたんだよ。救われたんだよ。
オマエなんかニワカが受け取れるものか、救われるものかと言われるかもしれないけど、そう思ったんだからしょうがない。
WUGという存在は、古参ワグナーは痛いけど懐かしい傷になったのだろう。
まるで甲子園に出たことがある元球児が故障して治りきらなかった肩の痛みを懐かしむように。
だから、みんなはWUGの曲を聴く度にチクリときながら、泣きながら聴くんだ。それはとても羨ましくてニワカには出来ないことだ。
ただ、ニワカであの場にいた人間しか出来ないことがある。痛まず曲を聴いたり、映像を観たりできるんだ。古参ワグナーがしばらくWUGの楽曲を聴けないと言ってる中、自分は翌日から普通に楽曲聴いてるし、映像観てるから。
つまり
WUGは二つのものを残してくれたんだと思う。応援し続けてくれたファンへの「傷」という証とこれから知ってくれるファンへのクオリティの高い楽曲、映像。
だから、やっぱり、古参だろうとニワカだろうと、この言葉に終着するんだ。
「WUGちゃん、ありがとう、これからもよろしくね」
