大多数の人が
「それはいけない」
そう言うものなのに
なぜかすたれていかない
一度消えても
また復活してくる文化がある
それが根強い問題である
嫁姑問題と
部活等で起きるしごき
これ、一度消えて
姑にいびられていない嫁が
そして先輩にやられていない後輩が
また復活させることもある
どっちも根本的な要因は一緒。
脳科学で楽しく読み解いてまいります
まず、要因として
未処理の痛みの再演問題があります
人は処理できなかった体験を
無意識に“再演”する性質がありまして。
・厳しく育てられた
・完璧を求められた
・否定された
・「ちゃんとしろ」と言われ続けた
それがその人にとって痛みになっていても
それをどうにもできないまま成長すると
自分が受けた圧を「正義」として保持し
それを他人に再生するようになる
心理学では「同一化」や
「反復強迫」と言われる現象に近いもの。
つまり
やられて嫌だったことを
今度は自分がやる側に回る
そうすることで
自分の中で無意識にバランスを取ろうとする
だから虐待は連鎖したりする
隔離された空間の中で起きることは
ほかに聞くことも吐き出すこともできず
ずっと未処理のままになるから
大人になってから
外に出てから
自分が「やる側」にまわりやすい
そしてここ、面白いんだけど
よく嫁姑の漫画とかでもある。
自分ができないことを
嫁にはやれ、っていうやつ
自分ができないことを
他人に強く要求する人って
実は
できるはずの理想の自分を
他人に投影してる。
本当は
「自分ができるようになりたかった」
「そうでありたかった」
でもできない。
でもそれを認めるのは痛い。
だから
「お前がやれ。
できないのはお前が悪い」
と他人に押し付ける。
そうそう、これ子育てでもよくあるね。
親の夢を子どもに押し付ける問題は
これが結構な要因
そうすれば
自分の無力感から目を逸らせるから
つまり
他人に要求することで
自己否定を回避している。
まあ、自信がない人や
承認欲求強めの人にありがち
そして意外かもしれないけど
多分これ、大きい。
「共感回路が育っていない」
自分がされて嫌だったことを人にしない
教育されてるかもしれないけど
できない人、めっちゃ多い
自分がされて嫌なことを
人にしないでいられる人は
✔ その時の自分の感情をちゃんと感じた
✔ それを嫌だったと認めた
✔ そして、ちゃんと覚えている
だから
他人がされた時の気持ちが
自分の過去と重なる
その人の気持ちが想像できるから
やらない、という選択ができる
でもそうじゃない人たちは
・嫌だった → でも我慢した(我慢するのが当たり前)
・傷ついた → でも正当化した(勝手に傷ついた方が悪い)
・辛かった → でも忘れたふりした(勝手につらくなった方が悪い)
自分の感情をきちんと感じ
自分の経験として残していない
だから平気で
他人に対して再現してしまう。
そして最たるものが
権力構造の問題
しごき、嫁姑問題の裏にある
大きな問題はこれ
人は「上の立場」に立つと
共感能力が一時的に下がる傾向がある
権限・役割・親子関係・上司部下などなど
立場が強くなると、
・相手の痛みの想像力が下がる
・自分基準が正義になる
これは脳科学的にも観察されているんだな
あれは嘘だったとか何とかいう話も最近あるけど
監獄実験がいい例だ
自分の方が上だから
おまえは下だから
だから
昔、弱かった私はやられた
そして今は強くなった
だからおまえに同じようにやるんだ
これが正当化される
負の連鎖を断ち切るには
自分の痛みを
苦しみを
悲しみを
きちんと認めること
嫌だった
悲しかった
苦しかった
それでも頑張った自分を
ちゃんと受け入れてあげること
これを意識していけば
しごきも上下関係による問題も
構造が見えてきて
対処ができるようになるんだな
何より
自分がされて嫌だったことを
他人にしない強さを持てる
それができれば
多分、いじめとかも減るんじゃないかな