日本闇世界めぐりうわさの神仏  加門七海  集英社


 


 本屋では、難しそうな本が連なる宗教書のコーナーに置かれ、図書館の日本十進分類法では(1…哲学・宗教)に分類される。


本書はまずタイトルからして、そういう類の本であることは間違いない。


―しかしその実、中身はタレントの追っかけマップに近い。


だって、著者が神仏へのミーハー心丸出しで突っ走っている。


まえがきでは自らを「神仏ゴシップ芸能記者」と称しているし。




 加門七海の作品は、概して『いてもたってもいられない度』が高いように思う。


そのテの話が好きな人だと、小説の舞台となった場所へ足を運びたくなった経験が多いのでは。


……私も安倍晴明、とか日本神話、なんて文字には即座に反応し、ゾクゾクとしてしまうクチなので、こういった本の登場はとてもありがたい。


民族的見地から見ても勉強になることが多く、適度にマニアックで、知りたいところのツボを確実についてくる。


こんな本を待ってたのハートと思う人は絶対多いはず。


語り口からして親しみやすいし、ツアーガイドとしても十分役に立つ(本職のガイドさんでもここまでは)。


それに本文だけでなく、所々に散りばめられたイラストも実にいい味出していて笑える。


これだけでも見る価値大アリだ。


ああ神様仏様神社除夜の鐘、あなた方はここまで遊ばれてしまっていいのでしょうか。




 お笑いエッセイとして楽しめるのはもちろん、我々神仏好きの同氏たちにとっては、まさにバイブルとなる一冊であろう。

夜明けの家  古井由吉  講談社





 ふとした筆万年筆の運びとでもいうのだろうか。


登場人物のちょっとしたしぐさに託される様々なことに、とても素直に心が動いた。


 しぐさの奥にひっそりとある真実や人の気持ちが、読み手である自分にふわりと下りてきて、雪雪のように溶けてしみこんでくる。


 ただ、そのたびに淡く残る喜怒哀楽はそれぞれに違う。


この本の中には雑踏も夏の暑い陽光太陽と日陰も、夜明けの闇夜明けもある。


だがなによりもまず、静謐な空間があった。


まるで彼岸まで見渡せてしまうような。


だからだろうか、胸がしんとして、やみくもに寂しい気持ちに襲われてしまうこともあった。




 こういう静かさや、思い返す記憶の瑞々しさ、たゆたうようなよる辺のなさは、お年を召した作者でなければ、書けないもののように思う。


 


 人と人がかかわりあってゆくうえで起こることは、ドロドロとした澱のように思えるものも少なくない。


それをこんなふうに拒むことなく、静かに受け入れるように描き出せるのは、作者自身の中で流れた時間によるところも大きいのではないかと思うのだ。




 死や病、生きているものと死んでいるものの心が解け合うさまは、どこか物悲しいのに温かく、心地よかった。


とくに、病身の夫を追うように世を去った老妻の心を追った「祈りのように」は、涙涙が落ちた。

夢のまた夢ハウス  石川修武  筑摩書房





 きつねにつままれたような、不思議な本である。


第一、どこまでが本当の話で、どこからが著者の空想の産物なのかがわからない。


読み進むほどにどんどんと、昨日見た夢についてしゃべっているような現実離れした感覚に陥ってしまい、気がつくと著者の紹介する風変わりな迷宮げーむの入り口に立っている。




 紹介されている十二の建物のうち、実在していると確信のもてたものは非常に少ない。


冒頭の「看板の家」でさえ、実はまったく疑っている。


これは、立体的な看板がまるで理想の家のように立っている土地に人が泊りがけでやってきて、生活のシュミレーションをしていくといった奇妙な話なのだが、妙に牧歌的でほほえましい。


 


 そのほかには近未来に舞台を設定した小説風のものもあり、ますますフィクションの匂いを強めている。


だが、九十歳をとうに過ぎた老建築家加藤嘉(著者の未来図?)のもとに送られてくる、謎の少女からの建築依頼の手紙手紙について語った「少女Mのための部屋」などは、案外著者の実体験ではないか、と思わせる。




 夢見る建築家の探究心はとめどなく、ついには究極の「見えない建築」を求めるようになる。


はたして目に見えない建築とはどういうものなのか。


建物を目に見えるものとしてしか捉えたことのなかった私は、ここで呆然と立ち尽くす。


はじめから最後まで奇想天外な話に、普段ぐっすり眠っている感覚が大いに刺激される、魅惑の書である。

18人の金田一耕介  山田誠二  光栄


 横溝正史が生んだ愛すべき名探偵・金田一耕介。

その人気は衰えることなく今日まで続いている。

人気の証しとでも言うべきか金田一はこれまでに数多く映像化されてきた。

誰でも一度はテレビTVや映画館映画で金田一の活躍を目にしたことがあるだろう。


 この本には18人の役者が演じた金田一がいる。

きっとそれぞれ個性的で素敵な金田一だったのだろう。


ぜひ入手していろんな金田一を見知ってほしい。

そして、ビデオ店ビデオやリバイバルの映画館映画に足を運んでみてほしい。

映像の金田一も原作に引けを取らない魅力的な存在だから……。

これがトドメの新人賞の獲り方おしえます  久美沙織  徳間書店





 まずは忠告を一つ。


まだ「新人賞の獲り方おしえます」「もう一度だけ新人賞の獲り方おしえます」を読んでいない人は、先にそちらを読んでおいた方がいいだろう。


三冊も読むのは厳しいというのであれば、二作目からという手もあるのだけれど(実用度は二作目が一番高いと思う)本書から始めることだけはお勧めできない。


前二作が理論編だとすれば、今回は実践編(プラス、読者からのQ&A)にあたるので、なるべく順番を守ったほうが楽しめるはずなのだ。




 前二作では講義形式で小説のテクニックが紹介されていたが、本書では趣を変えて、読者を「冒険者」、プロデビューを「勇者になること」と見なし、全体をRPGに見立てた構成が取られている。


毎回の課題(もちろん小説技法に関するもの)に答えることで、格プレイヤーはレベルアップしていくわけだ。


そして作者はその過程を―高度なメタフィクション技法によって―ファンタジー小説として書き進めていくのである。




 久美沙織による投稿原稿へのチェックやアドバイスは的確なものだが、その偏執狂的なまでの細かさもあいまって、それ自体が読者に対する「芸」になっているのは見事としかいいようがない。


きわめて実用的な小説読本であり、この作者らしい屈折したエンターテイメントでもあるという、なんとも手間のかかった作品なのだ。

鍛冶屋の教え 横山祐弘職人ばなし  かくまつとむ  小学館




 縁側でおばあちゃんに話を聞かせてもらうのと同じ親しさで、鍛冶屋さんの話に耳を傾けることができる聞き書き集。




 取り繕うこともしていないし、話をすることのプロというわけでもないから、ときにまだるっこしかったりもするけれど、行間から感じられる体温がとても好きだ。


ちょっと小学校のときの社会化見学みたいで胸が躍る。


 ヒトの生活は鉄器時代から飛躍的に変わっている。


でもおもしろいことに、削る起こす切るという鉄そのものの主な使い方はあまり変わっていない。


いざというときに必要になる道具というものは案外変わらないらしい。




 この職人さんの人間的な魅力に著者もずいぶんと心を動かされたようだ。


読んでいてさえ、温厚なんだけれどもときとして鉄火なじいさんに早変わりする鍛冶屋さんの人柄が好ましい。


彼の元へあししげく通った著者ならなおのことであろうと思う。




 この小柄な職人さんは決して頑固一徹ではない。


だが譲れないところとそうでもないところがあり、その一線は曖昧なものではないのだ。


自分の手が生む仕事を、彼が愛しているのだなということが実によくわかる誇りの持ちようには、はっとさせられる。


手作りを信仰したり、やみくもに持てはやして金に糸目をつけづに欲しがる人を、この職人さんは好まない。


愛されて大切に使えってもらえる道具を気軽に頼めるのがいい鍛冶屋なのだと、彼の仕事ぶりが語る。

NATURAL ROSES  成田美名子  白泉社





 白泉社で活躍中の人気漫画家が、『月刊PUTAO』で連載したイラストエッセイの単行本。


丁寧でわかりやすい本文の説明のほか、色鮮やかで細密なイラストも数多く収録された、美しく役に立つ実用書。




 この本を読んでわかることは、作者のオシャレは別に、別世界のものではないということ。


ポイントはただひとつ、毎日を気持ちよく過ごせる部屋であること。


まずはソファソファひとつから始めてみる。


大きな家具を入れる余裕がなければ、カーテンカーテンを変えるところからでもいい。


窓は障子障子だという人は、絵絵画を一枚飾ってみる。


上等なものじゃなくても、ポストカードpostcardで気分は変わる。


部屋を飾れないなら、きれいな食器カフェオレボウルを探してみる。それもうまくいかないなら、とりあえずこの本本をそばにおいてみよう。




 めくるだけで嬉しい本だ。


絵が多くて、書き文字までイラストの一部のようなしゃれた本。




 

日本の名随筆 少女  山田詠美編  作品社


 あっという間に過ぎ去ってしまう少女時代。

だがその記憶はいつまでもキラキラキラキラと、またはほろ苦く私たちの中に生き続けている。

みずみずしく、繊細でいながら残酷だった少女時代を、古今の女流作家が語った随筆と、不可思議な少女をかやの外から優しく眺める元少年による随筆をまとめた一冊。

すごい科学で守ります!  長谷川裕一  NHK出版





 東映製作の子供向け人気テレビ番組「スーパー戦隊シリーズ」。


「バトルフィーバーJ」(79~80年)から「電磁戦隊メガレンジャー」(97~98年)までの19作品を、すべて同一時間軸で実際にあったこととして、大人のファンがSF的に考証した。




 最近は何をやっているのか知らない人も、古い作品についてはぜんぜんわからないという人も、男性も女性も、たぶん人生のどこかで、一度は「スーパー戦隊」を見たことがあるでしょう。


いろいろな正義に味方がいました。


いろいろなロボットがありました。


そしていろいろな敵が攻めてきました。


一年にひとつの番組が放送され、次の年には新しい番組が始まって、現在もシリーズは続いています。


もしも、それらが、同じ時間の流れでつながっていると仮定したら、どんな世界が展開されるでしょうか。




 一つ一つが独立した話なのだから、つなげることは不可能だと思いますか。


長谷川裕一氏は、不可能を曲げて可能にしてしまいました。


強化服や、巨大ロボットの技術がどこから来たのか、予算はどこから出ているのか。


また、敵の組織形態はどうなっているのか。


果ては「恐竜戦隊」にマンモスやサーベルタイガーが加わるのはなぜか。


そういったムチャな疑問のすべてに、「SF考証(科学考証にあらず)」が丁寧に応えてくれます。




 特に納得したのが、コラムにある三浦参謀長(オーレンジャー)の謎。


実は彼の正体は○○だったのです。


なーるほど。

小石川の家  青木玉  講談社文庫





 幸田露伴を祖父に、幸田文を母に持つ作者が語る幸田家の日常。




 こんなに厳格で偏屈な祖父や母を持ちたくはない、というのが最初に抱いた感想だった。


子どもの遊びにさえ手を抜くことを許さない保護者では、気が休まるときがなかったろう。


糾弾も尖った声もどうにも苦手だ。


ただし叱られるというものではなく完膚なきまでに自分の非をあげつらわれるのは、やはり辛い。


 だが、相手に対して思うところがあるのは、もしかしたらそれだけ手と心をかけてもらったということなのかなとも思う。


幼いころの記憶さえ、こんなにも鮮明なのは、心が動いた証拠のようで。


血の結びつきというもの、また家族というものの結びつきについて思うとき、ここに描かれている濃密な関係を育んだ幸田家を思う。




 母・幸田文が離婚し、娘である著者を連れ出戻った小石川の家。


そこから始まった10年という歳月は、著者にとって2度はご免蒙りたいものだったという。


 


 書初めひとつにしても、惜しみなく祖父からふるまわれた道具を前に気が重く、はては物覚えが悪いと母に蹴り飛ばされる著者。


学校で誉められ、先生についたのかと問われれば、母はしらっとしていう。


蹴り飛ばした甲斐があったと。


しかもその後は、ちょっと手を上げればすむと高を括ってうるさく言うこともなくなったというのだから豪快だ。




 姿勢よくすっと伸びた木のように、率直で気持ちのよい文章が、何よりも心地よい。