流産の言葉を含みます。読みたくない方はページを閉じて戻ってください。

その1は→⭐️
その2は→⭐️
その3は→⭐️

手術当日はゆっくり過ごせたので、良かったです。
帰宅したくてしたはいいけど、まだ麻酔が残っていたらしく、歩いて帰りながらもなんだか少し気分が悪い。
時々横になりながらと姉の作ってくれたご飯を子供達とワイワイ言いながら食べました。

翌朝から子宮収縮剤と抗生物質を飲むことになっていました。
でも、土曜日なので幼稚園はありません。
子どものことでバタバタしながら、診察の始まる時間に。
予約制でないクリニックなので、早く行かないと待ち時間がう~んと長い。
急いで準備して行きました。

朝の内服忘れました(^_^;)

診察の時「今朝から薬飲み始めましたか?」と確認されました。
帰ってすぐ飲めば朝のうち!と思って、「はい^_^」と嘘をつく私。
悪い患者です。正直になれない患者さんの気持ちが少しわかりました。

手術のときの肉眼的所見としては、胞状奇胎の様な変化は認めませんでした。
病理に提出しているので!詳細は1週間後の診察のときにはわかるはずですので…。とのことでした。

この時点では特に聞きたいことはなかったので、お会計をして帰りました。

手術費用20000円と再診費用370円でした。
手術費用は1泊入院扱いみたいです。
加入している生命保険によっては、保険金が出るらしいです。


土曜日の産婦人科のクリニックは夫婦ばかりでした。
女性1人で来ていたのは私と、20代前半の可愛らしい子だけでした。
産婦人科に男性って、昔は違和感があったと思うけれど、今は普通の光景なんですね…。驚きました。
そして、驚きと言うか、ちょっと引いてしまう、でも聞き耳立ててしまう夫婦がいました。
この面白夫婦のことはまた別記事で。

診察が終わって、急いでかえった私は薬を飲みました。
子宮収縮剤と抗生物質です。
飲んで2時間後、猛烈な痛みに襲われました。

子宮収縮剤は第1子の産後に飲んだことありました。こんなに痛かったっけ⁉︎
うずくまって丸くなってました。
そんなに痛いなら、クリニックに電話してみれば?と姉に言われましたが、診察して見ましょうと言われたら行くのが嫌だし、
しかも、もう診療時間は終わりの頃だし、さっき薬飲んだって嘘ついたのばれてしまう……どうしようもない患者です(~_~;)

どうにも痛かったけど、30分くらい耐えたら、冷や汗ものの痛みは落ち着きました。

お腹の調子が悪く、トイレに行きました。

抗生物質の副作用でしょう。固形がほとんどない水の様なうん○💩でした。

それから数日間は同じ様なうん○💩でした。
 ごめんなさい、汚ない話で

なのでお腹はぺったんこ。

しかも、薬を飲むたびに猛烈な痛み。
でも、慣れなのか、来るぞくるぞ!と言う感じにすらなりました。

5日間で薬が終わって何よりでした。

これ以上長引くと、お尻が痛くなりそうでした。

体調はと言うと、金曜に手術をして、日曜のお昼まで姉がいてくれて助かりました。時々は猛烈なお腹の痛みで丸まっていましたが、ぼちぼち動けました。

ひどいつわりで体力が落ちていたので、すぐに疲れてしまっていたのはありましたが、ひどいつわりがない分気分は楽でした。これ以上落ちない!と思うことで安心だったからだと思います。

さて、手術から1週間後の診察に金曜日に行きました。
病理の結果は胞状奇胎ではありませんでした。
なので、普通の⁉︎流産と言うことでした。
胞状奇胎だったら…と手術前日にほとんど眠れなくなるほど医学書を調べ、ネット検索をし、抗がん剤治療をする気分に勝手になっていたのか、夫はノータッチだった支払いのことを書き出したり、貯金のことを書き出したり、生命保険の書類等まとめたり…。せっかちにもほどがあります。
そんなことをしているなら、早く寝ればいいのに、と思いながらも手が動いていました。目からは涙が出ていました。

本当に診断が下された人はこんな悲しみ苦しみではないんだろうな。
人の気持ちになるって難しいですね。
現役看護師の時、人の痛みわわどれほど感じることができただろうか、もっと優しく慣れたら良かったのに、今ならもっと優しくなれるのに…
いろんなことを感じたできごとでした。

赤ちゃんは亡くしたけれど、得たものもありました。
当たり前なのに、普通にあるとありがたみを感じにくい命。
今そばにいる子どもが、ここにいるってすごいことなんだと改めて思いました。
優しい夫がいて、家族がいて。今回登場しなかったけれど、姉に電話をして私の状態を確認している父(父は訳あって姉に対しては異常なほどいけずです。お互い意地っ張り。)、後日落ち着くまで待ってから連絡して来た妹、1人じゃないって安心感。
母の包み込むような働き。
得たものじゃなくて、感じることができたものなんでしょうね。
いつだってそこにあったのだから。


感傷的な数日はどんどん過ぎ、ウィークデーは夫不在の毎日。夜中にかえって来た夫にご飯を作って、朝は子どもの幼稚園でバタバタ。
昼間は家事にいそしんで…。

出血は、
手術当日は夜用ナプキンと普通のナプキンをお尻側に横にして使い(クリニックで目が覚めた時にショーツにこうしてありました。すごい使い方!でも、使えるぞ!と思いました。)、準備万端の割りに本当に少しだけでした。

出血が増えたのは、内服が終わったあとのちょうど術後1週間の診察の前日。
生理2日目という感じか。
妊娠中から夜間断眠だったので、丑三つ時に起きてました。なので、漏れはセーフでしたが、朝まで爆睡ならもれなく漏れてたでしょう。
診察の時に聞いて見ましたが、「生理の出血程度なら大丈夫です。」とのこと。
血は結構平気なので様子見ることにしました。

その後だんだん出血減ってきたなぁ、このまま順調に過ごせるといいなぁ。
そう思っていました。

ちょうど2週間経った週末、久しぶりに外食に行きました。
妊娠中は食べたくない…だったので、夫にも子どもにも外食我慢わ無言の圧力で強いていました。多分。
もう、元気になって来たし、食欲もあるし⤴︎と、土曜日お寿司💕日曜日焼肉💕

来ました。日曜日の焼肉の帰り、猛烈な痛み。道端にうずくまりました。
どうしちゃったんでしょう。

水曜日に塊が出ました。1cm×3cmの大きさ。
これが子宮壁から剥がれる痛みだったのかな、焼肉の後の痛みは。

その後出血も本当に少なくなり、手術後3週経ちましたがおりものシートで十分です。
痛みは焼肉の日が最後。

体調は復活、食欲も復活です^_^


あまり抗生物質を飲むことなんてないので知りませんでした。あの猛烈なお腹の痛み。

もし産婦人科で相談していたら薬変更してもらえたりしたのでしょうか?
それとも、私の想像通り抗生物質はそういうことあるんですよねー…と流して終わりの流れでしょうか?疑問です。


今回の流産は身体に堪えました。気持もかなり揺さぶられました。

でも、次の生理を見送ってから妊娠は大丈夫ですよと太鼓判を押してもらって一安心。

この、その4をもって流産の手術の記事は終わります。