最近、惜しい人ばかり亡くなっていく。今日は、高倉健さん、納谷六朗さん。でも、以前は、そういうニュースを聞いても『残念』とは思っても身に積まされることはなかった。変わったのは今年になってたから。
3月に何年も患っていた子宮筋腫が悪化。子宮を全摘。手術の痛みはもちろん、コドモを産むことが事実上、不可能になった。コドモなんて欲しくなかったけれど、それでもショックを受けている自分がいた。カラダだけでなく、ココロの傷は癒えなかった。
その傷が癒えないうちに、7年前から白血病を患っていた母の余命があと僅かと聞かされた。8月の終わりのこと。それから3日で母は、亡くなった。享年58。周囲の人間を翻弄し、また、翻弄された人生だった。
私は、母に虐待を受けていた。そして、今もそれを許せない自分がいる。薄情と言われようが事実だ。
日本は死んだらいい人になる。母もそう。口を揃えて『惜しい人を亡くした』と周囲の人は言う。たしかにそうかもしれない。母が亡くなって悲しかったのは、事実だ。だから、今日の訃報も他人事とは思えなかった。しかし、しかし・・・。
私が死んだとき。一体、どれくらいの人が泣いてくれるのだろう。多くは望まない。葬式もしたくなかったらしなくていい。でも、一人でいいから『惜しい人を亡くした』と言って欲しい。
3月に何年も患っていた子宮筋腫が悪化。子宮を全摘。手術の痛みはもちろん、コドモを産むことが事実上、不可能になった。コドモなんて欲しくなかったけれど、それでもショックを受けている自分がいた。カラダだけでなく、ココロの傷は癒えなかった。
その傷が癒えないうちに、7年前から白血病を患っていた母の余命があと僅かと聞かされた。8月の終わりのこと。それから3日で母は、亡くなった。享年58。周囲の人間を翻弄し、また、翻弄された人生だった。
私は、母に虐待を受けていた。そして、今もそれを許せない自分がいる。薄情と言われようが事実だ。
日本は死んだらいい人になる。母もそう。口を揃えて『惜しい人を亡くした』と周囲の人は言う。たしかにそうかもしれない。母が亡くなって悲しかったのは、事実だ。だから、今日の訃報も他人事とは思えなかった。しかし、しかし・・・。
私が死んだとき。一体、どれくらいの人が泣いてくれるのだろう。多くは望まない。葬式もしたくなかったらしなくていい。でも、一人でいいから『惜しい人を亡くした』と言って欲しい。

