「勝ち組」
人はよく「勝ち組になりたい」と言う。しかし、自分は高校時代から、人生における勝ち組とはいったい何なのかを考えることが多かった。そもそも「勝ち組」という言葉自体が抽象的すぎる。年収がいくら以上であることのような物質的な基準なのか、それとも前向きに生き、自己成長を実感できるかといった精神的な充足を指すのか。このように「勝ち組」の定義が多様化したこと自体が、現代人を苦しめている要因の一つなのかもしれない。
高度経済成長期、つまり物資が今よりも不足していた時代においては、とにかくお金を稼ぐことが最優先事項であった。しかし現在は、物価こそ上昇しているものの、インターネットをはじめとした技術の発展により、生活にお金がかからない場面が増えている。例えば、サブスクリプションサービスによって音楽を安価に楽しめるようになり、レビューを参考にすることで本や飲食店選びの失敗も減った。近年ワークライフバランスが重視されているのも、技術革新によって暮らしが便利になり、仕事を最優先にしなくても幸せに生きられる社会になったからだと考えられる。
こうした時代の変化が、Z世代と現在の40〜60代との価値観のギャップを生んでいる。去年の秀麗でも言及したマズローの五大欲求に照らしてみると、物資に困らずに育ってきた若者の関心は、お金といった低次の欲求から、自己実現という高次の欲求へと移行しているように感じる。
就職活動を通じて、企業側もその変化を感じ取っているように思える。情報技術の発達により、応募は以前より容易になり、適性検査や面接もWebで完結するようになった。その結果、企業は学歴だけを重視する必要がなくなってきている。教育した人材がすぐに辞めてしまえば損失になるため、その会社で働くことが本人の自己実現につながるかどうかを、選考が進むほど重視していると感じる。
自分は小学生のころ、公務員を目指していた。当時サッカーを習っていたが、「サッカー選手」と書くような夢は現実的ではない、安定した生活ができる職業を目指すべきだと考える、少しませた子どもだった。しかし成長する中で、実現したい自分の姿を描くことこそが、自分の幸せには不可欠であると知った。そのように思える成熟した社会と、自分の将来に投資してくれた家族には感謝している。
陸上競技を自己実現の場として選んだ人々を、これからも応援していきたい。