☆いちばんぼし☆ ~お星さまになったしゅうちゃん~
2005年3月25日産まれ
17時01分 3602gで誕生赤ちゃん 2

2010年3月3日(享年六歳)
小さな命の火は、突然消えてしまいました。
永遠に輝くお星様になったのです。

秀果が生きていた証を残したくて。
私が秀果の死と向き合えるように、
天国にいる秀果にお手紙を書きます。
2010年 3月27日 ママ

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お誕生日がくること

こんばんは。

第二子の息子が、12月に3歳になったよ。
無事に誕生日がくるということの素晴らしさを子ども達にも教えてあげたいなと思う。


子どもだから、誕生日を大切にするとかじゃないの。
大人になってからも、お誕生日は永遠にとくべつな日。

あなたが生まれた日、あなたが笑った日、そうであってほしい。

生まれた日があるから、いまこうして一緒に過ごせてる奇跡があるということ。

年取るの嫌だ~と、言う人もいるかもしれない。

ううん、また今年も一緒に過ごせたね。と、心から笑顔で言いたい。

お誕生日がくること、大切な人たちとお誕生日を過ごせることが幸せなんだなと思う。

その日を一緒にいれることが、どれだけ幸せなのだろうか。

一緒にいてくれてありがとう。という気持ちをずっと忘れないよ。

あなたが過ごせなかった日々を感謝して、過ごしていきたい。

生きる

2013年

秀果をなくしてから、たくさんの事がありました。

環境が変わってしまった事もあり、友人と疎遠になり、悲しい事もあったり、精神状態も不安定で、たくさんの人に迷惑をかけました。

何度会いに行こうと思ったか・・・。

目覚めると、いない。そんな毎日が続きました。

私は、再婚し、子どもを年子で二人出産しました。
子育ての忙しさで、寂しさを紛らわそうとしたかもしれません。
しかし、思い出すと、涙が止まらず、時間が経てばきっと大丈夫だろうと思っていました。

秀果がいない日々で、最初のうちは、料理もできず、掃除もできず、身につかないうつの状態が続きました。
子どもを出産してからも、同じような状態が続きました。

それでも、私のペースで見守ってくれた家族や、友人。

支えてくれて、側にいてくれ人達のおかげで、私は今ここで笑っているのんだと思います。
自分はけして一人ではない。

お腹に命が再び宿った時、生きる力が再び宿ったように思いました。

出産した時も、子どもたちは一人一人違って、一人一人への思いがあり、皆平等に愛おしく思えました。

愛する力は素晴らしいと思いました。

生まれてくる子どもを抱いたときに、また消えてしまわないかと不安に押しつぶされる日々もありました。

それも、この希望を身体いっぱいに詰め込んでいる我が子を見ると自然と少しづつ薄くなっていきました。


完全に不安や、悲しみは消える事はないけれど、今を全力で生きる。ことを選択しました。

大切な人たちと、限りある時間を大切にする。


現在、私は、2人の子どもを育てながら、子育て支援に携わっています。

命の話を伝えながら、たくさんの子どもたちと、そのお母さんたちと一緒に全力で生きています。

生きるということは、全てが繋がっているということ。
明日も明後日もあるかもしれないけど、
今という時を精一杯楽しんで生きていきたいと思います。


2011.2.27 納骨の日


納骨する前の夜。
小さくなった、秀果の骨壷の前で寝た。

ずっと手元に置いていたら、愛着がわくもんだよ。

と、言われていた。

確かに、愛着が湧いていた…

いつも話しかけていたし、何かイベントごとに、目の前でお祝いしたりした。

いざ、納骨出来ると思うと、やっとゆっくり出来るね、良かったね。と言う気持ちと、一生一緒には、いられない。
と言う気持ちと半々だった。

うちには、新しく立派なお墓を建てれるほどお金に余裕がなかった。

新しくお墓を用意するのに、250万いると言われ…近くでのお墓を建てる事を断念せざるおえなかった。

本当なら、秀果だけの、秀果の為のお墓を建てる事が夢だった。

現実はそう簡単には行かない。

近場が良かったので、元旦那さんの親の敷地を貸してもらった。
元々のお墓の修繕費も、墓石を建てるお金も私が用意するという条件でお願いした。

朝も晩も働いていたおかげで、修繕費と墓石のお金も用意する事が出来た。

これが、私にとって一番近くて、早く納骨してあげれる最高の条件だった。

秀果が寂しくないように、大好きなウサギと一緒に眠ってほしかったから、墓石の業者に頼んで作ってもらった。

墓石には、笑顔をありがとう。
と彫ってもらった。
本当に笑顔が素敵で、可愛い可愛い顔をしていたから。
秀果のくしゅっとした笑顔が頭から離れない。
ウサギは、飼っているウサギをモデルに作ってもらった。

お墓も思っていたよりも凄く綺麗にしてもらえた。
安心して当日を迎える事が出来た。

納骨の日。

27日、日曜日の朝。
いつもより、早めに起きて準備した。

車でお墓まで行き、行く途中は、どんな風になってるかな?と姉妹で話しながら楽しく話していた。

着くなりすぐに、納骨式を始めた。

お墓から、白い布が出てくる。

業者が秀果の骨壷持ち、逆さまにして、骨が一瞬にして、白い布の中に入っていった…。

むごい。
酷い。酷すぎる。

納骨ってこうやってするものなのか??

目からポロポロ涙が出る。

あまりにもあっけない、すぐに終わってしまった。

もう少し、味合わせてくれても良かったんじゃないか…。

ふと、横をみると、私の母が泣いていた。
厳しい父も泣いていた。

当たり前なんだけど、、、
二人とも、秀果のおじいちゃんとおばあちゃんなんだよね。

産まれた時から世話をしてくれて、成長も一緒に見てくれて、たくさんの愛情を私と同じようにくれた。

孫に先立たれる、気持ちってどんなだろう。

お父さん、お母さん、ごめんね。
こんな辛い思いさせてしまって。 
胸がいっぱいで苦しくて、その場にいたくなかった。

そんな事を考えているうちに、納骨式も終わった。

あっけないと言えば、あっけない。
本当に、一瞬の事だった。

帰りは、皆あまり話さなかった。
と言うよりは、私がずっと黙っていた。

察してくれたのか、誰もなにも言わなかった。


笑顔をありがとう。

私はこの先どうしたらいいの。

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