「天は二物を与えず」って言葉がありますよね。
まあ、あなたもこれまでの経験から
あの言葉が“真実を隠すための「建前」”だということには
お気づきかもしれません。
実際の世の中は、
十物くらい与えられている人か
一物も与えられていない人かの
どちらかにハッキリ分かれています。
しかし、その真実を世に伝えてしまうと、
私達のような優秀な人間がヤッカまれてしまいますからね。
優秀な人達が反乱によって殺されてしまわないためにも、
昔から残っている言葉などには、
弱者に対する慰めの言葉が用意されています。
ことわざや自己啓発書などには
この手の先人の知恵の演出がよくありますよね。
ただ、
「じゃあ、何も与えられなかった人はダメな人なのか?」
といえばもちろんそうではありません。
結局、何ブツ与えられているのかって、
ほとんどは「後天的なもの」です。
例えば「人間万事塞翁が馬」という言葉があるように、
元々の才能が悪い方向に働くことだってあるわけで。
逆に、
もともと苦手だったがゆえに
練習と勉強を重ねたことで、
突き抜けてしまう人も沢山います。
なまじ才能があってサボってしまった人より
よっぽど上手になりますから。
あと、「才能がある」ことと、
「それを使ってお金が稼げる」かは別問題です。
その「才能」を「お金」に替えるためには
アイディア力と行動力が必要不可欠です。
まあ、芸能人やスポーツ選手みたいに、
マネージャーや企業に頼って
お金に替えてもらうのも1つの手ですね。
あと、
「モテる人は友人も多いしお金も稼げる。
また、1つのもので成功した人は何をやっても稼げてしまう。」
これはよくある話しですが、
なんでこんなにも美味しい状況の人が
存在しているのか?と言えば、
「モテ」と「稼ぎ」と「友情」には、
共通している点があるからです。
それは一体何かと言うと、
「相手の気持ちを理解することで増幅される」
ということです。
だから、
どれか1つでも究極に突き詰めていけば
他のものも出来るようになる。
というわけです。
与えられたものが1物になるか10物になるか。
それは、色々なものの「本質」を見ることで
養われていきます。
「デキる人って、なんで何から何までデキるのだろう?」
と考えてみると、
その人が、学習や観察によって
「ものごとの本質」を見る目を
養っていることが分かります。