ちょっと、今日 情熱について
自分の新たな気づきがあったので再アップ。
新学期が始まって最初の授業が遠足。
ランチタイムに自己紹介をすることになりました。
先生が、一人一人に同じ質問をしています。
彼はまだフランスに行ったばかりで、よくわからず持っていた電子辞書で調べたところ情熱という単語が書いてありました。
直訳すると
あなたの情熱は何ですか?
と先生は聞いているのです。
僕の情熱
どういうことだろう?と思って様子を見ていると、生徒たちはそれぞれに
好きなこと
趣味などを答えているようでした。
それで彼も同じように答えたのですが、
どうもただの趣味ではなくて、自分が本当に真剣に取り組んでいるもののようだったと彼が教えてくれました。
そして何年か経って、私がイタリアへホームステイに行った時のこと。
ホストのアレッサンドロ(右から3人目)は、サルサを教えていて、ほかにも3つくらい仕事をしていました。
同居している彼女のタチアナ(左端)も同じくサルサの先生で、他に介護施設の仕事をしていました。
彼らがその仕事について話すとき
他の職業のことばラボーロ(仕事、労働?)と説明して、
サルサを教えることは、ラボーロでもあるけれどパッシォーネ(情熱)でもある、みたいな言い方をしていて
(イタリア語で会話していたので、単語ははっきり覚えておりません。アバウトに話してましたから)
あのフランスの自己紹介と同じだ
って思ったんですよね。
で、
かずこのパッシォーネは何だ?
と聞かれたときに、すかさず
カンフー
って答えました。
パッションっていう単語の持つイメージを知っていて良かったし、
何より、その質問に答えられるものを自分自身が持っていて良かったと思いました。
つまりね。
フランスやイタリアでは、高校生が自己紹介で当たり前に言えるくらいに、誰もが何か一つくらい持っているものなんでしょうね。
別にたいそうなものじゃなくていい。
人がどう判断するかは重要じゃない。
自分自身の感性で、感覚で、考えで、大切にし、真剣に取り組んでいるものやこと。
それを、胸をはって堂々と言う。
成果が出ているかとか、上手にできるかとか、お金になっているか、とかは別の話なのでしょう。
いわゆるアイデンティティーってヤツを、子どもの頃からしつこく問われてるのかな。
というわけで、
あなたの情熱は何ですか?
と、今夜は私から聞いてみますね
かずこ
イタリアに行ったのは、2007年。
今から7年前です。
あの頃の私のパッシオーネはカンフーでした。
今は何だろう。
もっと大きなテーマに移ってきているかな。