「おはよう、ミィ」

 柑橘系の香りがした。
 香水のようなそれじゃなくて、もっと優しい、そして今にも消えてしまいそうな香りだ。
 私の鼻は香りに敏感で、その香りを探り当てる。オレンジ。ベルガモット。少し苦くて独特の香り。
 きっと彼女のことだから、夜は11時にはベッドに入って、アロマオイルでものんびりと楽しみながら寝たんだろう。優雅で素敵なことだ。
 私はといえばネトゲで酷使しすぎた眼がしょぼしょぼする。すなわち徹夜だ。
 シィは私の隣に腰かけて、私の朝食をみて少しだけ眉をひそめた。すぐに涼しい顔をしたけれど。

「ダイエット始めるんじゃなかったの?」
「そのつもりだけど」

 朝から炭酸飲料を飲む。シィのは炭酸水だけれど、私のはミツヤサイダーゼロ。カロリーゼロなら同じな気もするけど。
 気もするけど、少しだけ違う気もする。

「ギョーザなんか朝っぱらから」
「朝だから食べてもいいの。梅入りでさっぱりしてるよ」
「どうしてそのサイズでファミリーサイズだと気付かないのかしらねー」

 梅入りギョーザはサイズこそ小さいけれど、全部焼いたので15個はあるだろうか。
 ぐっと詰まった私を前に、シィは煮物と玄米、フルーツ入りのヨーグルトという実に体に良さそうなメニューをおいしそうに食べ始めた。

「血液詰まるよ」
「…うん」

 今日から彼女と一緒に暮らしていくのだ。理想の彼女に少しでも近づくために。
 シィならこうする。シィならこうなる。
 何度も繰り返す。
 だから、彼女には極力反抗してはいけないと思う。彼女に反抗することはすなわち…自分への、言い訳だ。
 ダイエットは明日から理論。

「さっき外のバジルの写真撮ってたね」
「うん。カマキリまだいるんだよ。元気そうだった」

 シィはふぅん、と小さくつぶやいて笑った。

「朝日は気持ちいいでしょ?涼しいし」
「うん、そうだね」

 久しぶりに朝水をやったことを思い出した。朝日の中で水をやると、なんだかベランダのバジルやパセリも喜んだような気がした。

「涼しい中で、自転車で学校に行くには、何時に起きればいいかな」
「…6時。いや、5時半?」

 私には遠い時間だ。
 しかし、シィはいつもそのくらいの時間には起きている。
 のんびりと支度して、そしてうだるほど暑いこの季節にさっそうと自転車で学校に向かうのだ。

「まぁ、突然全部は無理かもだけど」
 
 シィがのんびりと生のバジルをかじる。それはとても贅沢なことだと、私はぼんやり考えた。

「最終的には目指そうね。気持ちいいよ、朝の自転車」
「知ってる」

 徹夜明けの早朝の話だけれど。シィは笑っただけで、何も言わなかった。

「で、今朝の体重は?」
「69.7キロ。体脂肪率は40%」
「ふぅん」

 シィは何も言わず、パソコンにそれを打ち込んだ。

「がんばろうね」
「・・・・・・うん」

 シィは私の方を見ずにそう言ったけれど、その言葉はとても静かで、静謐という言葉さえ浮かんできて、

 誰に「がんばれ」といわれるより、切実で真摯な気がした。

 
 当たり前だ、彼女は私の一部であり、そして私の願いでもあるのだから。
 はじめに。


 日記ではなく、コラムのように、まるで他人事のように進んでいく、ダイエットを中心とした自己研鑽を目指すブログであることをお伝えいたします。



私の現状を、つらいけれど第三者目線で言うなら、デブでルーズで甘ったれ。
 
 「痩せたら美人だよね」と言われ続けた。
 
 父も母も、なにかにつけ「ミィの両親きれいだね、かっこいいね」と言われた人たちだったから、DNA的にはきっとそうなのだともう。
 
 だが私はデブだ。それだけで、優秀なはずのDNAを壊滅的に踏みにじる。

 変わりたいと思った。

 理想の私とはかけ離れている私を、少しでも変えたいと思った。

 誰だって自分の理想像があって、そこから離れている自分を見下したり詰ったり、励ましたり落ち込んだりすると思う。
 
 天使と悪魔の描写は典型的だけど、「私」の中にいる「私」は一人じゃない。
 
 卑屈で後ろ向きな私自身にこのブログをかかせると、理想像に嫉妬して卑屈になってどこまでも愚痴やマイナス思考に落ちて行ってしまいそうな気がした。それでは意味がない。
 
 そこで、私の理想像の彼女を「シィ(she)」と名づけて、いったん私から切り離し、私のナビゲーターになってもらおうと考えた。
 
 何しろ彼女は私の欲しいすべてのものを持っていて、私のような卑屈で後ろ向きな人間にも気軽に相談に乗ってあげて、前向きに導くことのできる人だからだ。なんせ私の理想像だし。
 
 私がシィにどこまで近づけるのか、まずは1か月、一緒に歩んでみたいと思う。