「ニュースなんて」って思う人も多いでしょう。
今やスマホでも見れる時代ですが、そもそもニュースってなぜできたか。僕含めて知る人はほぼいないでしょう。
今回は、僕なりの考えを書いて、次回に成り立ちなどを書けたらと思います。

テレビでの報道番組では、だいたいどの番組も同じようなことをやってますよね。
大方言えることは、「そんなにやらなくてもいいのでは?」と思うくらい繰り返し報道される部分です。日本では主に殺人のような事件や某自動車会社の件のようなことがほとんどです。
以前に「海外の報道番組が取り上げるのはどういったものか」ということ少し拝借したのですが、英国や米国では日本とは真反対とも言えるくらい内容は違うようで、事件が報道されるときは、かなり限定的な条件のときだけみたいです。
日本の報道体型は世界的に類をみないらしく、尚且つ、取材をする記者には人権について教えられない、というより、大学をでたいわゆるエリートの集まりでは、上司が言ったことが全て正しいというような感じになつているらしく、一線を越えるじゃないけれども、取材対象が加害者だろうと被害者だろうと、関係者だろうと、関係のない人でも、相手を考えれなきゃ人道的によろしくないであろう。
過度な取材は相手を追い詰め、精神的にも。
1人でもそうしたことに遭えば、人間性を変えてしまいかねない。訴訟も起こしにくいため、根本も変わらないし変えるつもりなんぞないだろう。
しかし、今、この状況を流してしまってはならない。それは、誰にでも事件や事故に遭う可能性かあって、報道番組が都合のいいように編集され、真実と異なることを言われ、社会的地位を失うかもしれないからだ。
こうしたことを変えるのは、そう容易なことではない。しかし、それでもやらなければ取り返しがつかなくなってしまう。我々の未来のためにも、声を上げなければならない。