『金融工学のマネジメント (ハーバード・ビジネス・レビュー・ブックス)』

タイトルの通り、カネ系だけでなく、ヒト系も視野に入れた観点でWACCとAPVを比較しています。
とても面白い内容でした。


【企業・事業価値=ΣFCF/(1+WACC)】
<分母問題…WACC・APV>
WACC=(D/D+E)(1-TAX)ROD+(E/D+E)ROE ※最適資本構成はMM理論で考える
ROE=Rf+β(Rm-Rf) ※ROEはCAPMで算出する。
・資本構成を変化させる場合は再度WACCを再計算(βe=βu×(1+(1-TAX)×D/E)
・最適資本構成を求めるには、MM理論をベースに財務破綻コストを予測する。
 (インカバ・負債比率などから格付け予測・コベナンツやコンジェンシーコストも勘案)
・APVアプローチ=負債比率が大幅に変化する場合はAPVが適切。ただし財務リスクが反映しない為、
その点は要注意。(近年のMBAはAPVが主流)
・3ファクターモデルでより正確に検証
市場超過リターン(WACC)・株式時価総額(規模)・純資産簿価直比率(PBR)
・資金調達方法のシグナル効果=ペッキングオーダー理論(内部資金→社債→転換社債→株式発行)


■WACCの限界
WACCでの企業価値算出は税効果を含んでいる。しかし税効果の計算を「(1-TAX)」というたった1つの部分に頼るところに限界がある。複数の国にまたがった資金配分といった複雑性をはらむ問題など、税効果が複雑な構造になっている企業においてはWACCはうまく機能しない可能性が高い。


■新しい価値評価法の登場
価値評価方法は複数の手法を使うようになると予測される。それは1つのPJTに対し複数の評価方法で算出する重複性ではなく、PJTに対し最適な評価方法で算出する最適化である。
・DCF法はあらゆる定式化された価値評価分析の基礎であり続ける。
・WACC法はAPVや類似の手法に取って代わられる可能性が高い。
・研究開発やマーケティングといった将来の機会を価値評価する時は「オプション価格分析」「シミュレーション分析」「ディシジョン・ツリー分析」で行う。その目的は投資するか否か?ではなく、この方法で投資するのか、別の方法で投資するのか?といった精緻な比較の為である。


■WACCとAPVのメリット・デメリット
WACC
・メリット/計算方法が簡便。財務破たんコストを加味。
・デメリット/負債比率の変化に対応しづらい。
APV
・メリット/ 負債比率の変化に対応。
・デメリット/計算がやや複雑になる。財務破たんリスクが加味されてない。
◎APVの最大のメリットは「企業価値=U社価値+税効果価値」と分解して見れるところである。その為、企業価値の根源がどの部分にあるのかをマネージャー陣へ伝える事が容易である。


■APV法をマネジメントに活かす。
企業価値を分解すると、
企業価値=U社価値+税効果価値+補助金+ヘッジ取引+・・・
など、ベースとなる企業価値(U社)と副次効果である「税効果」「補助金」「ヘッジ取引」などに分けることができる。
企業価値を算出している業務を担当しているマネージャーが理解できるところに最大のメリットがある。


■APV法を実行するステップ
1.業績とビジネスからベースとなる企業価値(U社)のFCFの増分の予想の準備(予測P/L、B/S作成)
2.FCFと残存価値からU社企業価値を算出
3.財務面における副次効果の評価(税効果など…負債額×TAX)
4.2と3を合わせた企業価値を算出
5.マネージャーのニーズに合致するように分解し伝える。


■ケースで見るAPV法のマネジメント例
【ケース】
買い手=IBEXインダストリーズ(以下:I社)
売り手=SLコーポレーション(以下:S社)
売却企業=アクメフィルターズ(以下:アクメ社)

I社がS社よりアクメ社を307億円で買収しようと検討している。I社の社長であるロイ・ヘンリーはその企業価値の算定とその後の運営について悩んでいた。
ヘンリー社長はアクメ社には新しい価値を創造できるチャンスがあると確信した。

<今後の打ち手>
・打ち手1:アクメ社の製品ラインを合理化し、一部の作業は外注して営業利益率を3%改善する。
・打ち手2:先の作業と並行して在庫を削減し、買掛金を増加させ、WCを1次的に削減させる
・打ち手3:非生産的な資産の一部を売却する。
・打ち手4:配送システムを整備し、アクメ社の年間売上成長率を2-3%増加させ、業界平均の5%に近づける為の販促計画を導入。
・打ち手5:資金の価値入れに伴う支払利息を損金算入して節税効果を追求する。

細かい数値は本を参照頂いて、重要な点だけ記載します。

企業価値(346.3憶円)=アンレバードアクメ社(244.5憶円)+税効果(101.8憶円)

と算出され、307億円の買収はOKとなりました。


【その後の運営】
企業価値(346.3憶円)を打ち手ごとに分解する。
アンレバードアクメ社・・・157億円
打ち手1:マージン改善・・・21億円
打ち手2:WCの改善・・・16億円
打ち手3:資産売却・・・16億円
打ち手4:成長率改善・・・34億円
打ち手5:税効果・・・101.8憶円

を分解し、その部門のマネージャーに理解される。そしてその業務を遂行することで企業価値の増大になる。


■感想
WACC法で算出すれば買収するのかしないのか?という判断は可能であるが、その企業価値の要素分析は難しい。また5つの打ち手が企業価値に与えるインパクトを比較すること、そしてマネージャー陣へ理解させることを考えると、このケースではAPV法がマッチしていると感じました。