子供の頃の夏は、毎年ずーっと熊野にある祖父母の家に居ました
ここでの過ごし方が、ザ・日本の夏って感じで凄く恵まれてたんだなあって
今になって思います
毎日目の前の清流で泳いで、合間にばあちゃんが作ってくれるご飯やおやつ
自家製の野菜やなんば(とうもろこし)やスイカ、じいちゃんが取ってきた焼きアユ、めはり寿司、茶粥
など、素朴で美味しい味の数々
夜になると、庭で花火をして遊び尽くして眠りにつく日々
たまにじいちゃんの軽トラの荷台に乗って(法律違反です)大きな吊り橋の上を
渡ったりしてたなあ
一際印象に残っているのが、初盆の時の光景
ひいおじいちゃんの初盆だったのか、あまり覚えていないし良くわかって無かったのだけど
居間の天井に沢山の灯籠が飾られて、無数の影絵が壁に映し出されては巡って行き
極楽浄土みたいになってて、幻想的な美しさでした
環境も、連れてってくれた母、色々用意してくれた祖父母も、一緒に遊んだ弟も、
ありがたかったなあと思うのですけど、今まであまりそんな当たり前そうな感情も無かったのですよね
祖父母に対しては、亡くなる前数十年の歪んでしまった性質やそれに伴った大変さの
印象の方が濃くて、感謝までに思い至らなかったのですよ
癒しが進むにつれ、そういった「普通」とされる人の感情がわかる時が多々
出て来るものなんですね
でも、人間に戻るって言うより、人間ってそもそも居ないのかもって感覚に
立ち返る機会が増える方が、かえって人間らしい感覚が出てくるのが不思議です
まだまだエグい感情に囚われる時も多々あるけど、それを受け入れ感じるほどに
自分、居ないんじゃね?な感覚が受け入れやすくなって行くような感じがして
プロセスが単純になっていきます
凄くホッとしてるのが、癒しのグループや会への依存が少なくなってきた事
そちらにかなりのお金を回して、仲良くなれるように、解放されるように
って期待があったのですけど、期待が無くなったぶん、楽です
メゾットも、グループも、続けないといけないみたいな意識が自分の中にあって
続かないから成長しないし、友達少ないのかもとか思ってたんですけど、
それ全然関係ないですわ
もう飽きっぽい自分を全面に受け入れて、気の向くようにさすらっていきます
めちゃくちゃ飽きっぽいし、縛られるのやです、双子座なのです
で、そんな自分でも一緒にいてくれる仲間には やはりありがたいと思うのです
Love❤️
コレ、綺麗ですよね〜
