この、人物は、おそらく、はるかむかし・・・世の中で、問題とされていたひとであったようであった・・・。
わたし自身は、状況はわかってはいたけれども、だれかを、ひとり、問題視するようなことに賛同しない姿勢で、静観していたと思う・・・。
この人物は、おそらく、ほかの人たち、わたし自身とも、まったく、違う、次元を生きていた、人物であった。
ほかの人たちとは、異なる、次元空間の中に、ひとりで。
その、生き方、とは・・・
この人自身にしか、把握できないような、独り決めした形での、計算ずくの中で、すべてを、この人一人が、仕切る、ひとりだけの、世界のなか、だった・・・
この人物は、その、計算された、状況に支配されている、自分だけのルールの世界の中に、ターゲットにされた、一個人である人や、集団を、なんらかのやり方で、引きずり込んで、おそらく、ひどい仕打ちをするような、行為を、していた人であったのではないだろうか・・・
そのことで、問題視されていた、ということではないだろうか・・・?
おおよそ、ほかの人々、わたし自身も、思い、つまり、心の世界で、生きている。
でも、この人物だけは、そうではなかった・・・
このひとだけが、違う世界に、住んで、生きていた・・・
このひとは、自分だけの、世界に、生きていた・・・
ほかの人たちと、同じ次元の中に、生きていなかった・・・
それは、悲惨な、在り方だった・・・
わたしは、このことに気づいていた・・・
懸念していた・・・
そこで、この人物に、少なくとも、ほかの人々と、合わせて、同じ世界に、存在してほしい、ということを、伝えた。
そのことで、私は、この人物に、このひとの、別次元で生きている、という事実を知っていることを、知られた、ということになる。
おそらく、この人物は、私の言うことを、聴いてくれたのかもしれない、けれども、たぶん、このひとは、悪意に取ったのではないだろうか・・・?
この人自身の、悪い行いを、私が、知っている、というふうに、警戒心を持ったのではないだろうか。
この時から、このひとは、わたしを、敵視し、憎しみをもって、ひどい行為を始めたのではないだろうか・・・。
このひとは、私が、この世界で、問題のある行為をしている人間である、ということにしたのではないだろうか・・・?
そのことで、私は、ほかの人たちからも、警戒されるようになってしまう・・・
この人物からの、凄惨な、暴力行為の始まりだったのだろうか・・・・・?
わたしは。やがて、この人物が、どうして、ひとりだけ、違う世界に、違う生き方をしているかを、知ることになった・・・。
このひとには、認識の能力に関する、問題があった・・・そのことで、自分を定かにできない、認識できない、という人であった・・・つまり、思いの世界で生きていない、ということであったのだ・・・。
想いの世界に、生きられない・・・。
それを、解決する為には、認識する、ということを、始めることが、必要であった・・・。
しかし、霊的な世界では、むつかしい・・・それは、霊的な世界では、物事や、ひとの存在が、確かにずっと、同じように、おなじ場所に存在する、ということが、できないからである。
自分が、存在を、確認する。
存在するものが、確かに、存在する。
それを、自分が、確かめる。
こういうことの、繰り返しによって、ひとは、認識の才能を、自分に身に着けることが、可能であるような気がする。
この人物に、どうすれば、それを、してもらえるのか・・・・・。
考える前に、私は、おそらく、ほかの人から、ひどい扱いをされてしまい、無事でいられなくなりました・・・
思い出す時に、この世界は、この人物による、計算ずくの世界に引き入れる、やり方での、行為によって、永いこと、苦しんできたような気がします。
計算、とは、よくないあり方であり、やりかたであると、おもいます。
この、在り方の、認識でつくられた、理屈や、理論で、この人物は、生きてきたようです。
それは、もっともらしいのですが、まったくの、でたらめ、です。
それは、いまだに、この世界を、覆っています。
それが、この人物が、もたらした、理論や、理屈の世界であったようです。
計算のなかでは、物事を、正確に、把握することはできません。
物事を、しっかり、完全に、把握できるのは、思い、なのです。
また、計算、という行為には、自分自身の、願望が、入ってしまいます。
想いの世界で、大きな認識の世界では、本人の、個人的な思いは、まったく、越えた次元があります。
すべては、計算ではなく、思いで成り立っています。
想いが、すべてだから、思いによって、把握できる、のではないでしょうか・・・。
この人物は、永い時間に、自分自身の、個人の、計算の、不連続な、継続を、つづけてきて、そういうことを、ずっと、やることで、生きてきた、ひとであるようです。
それは、だれも、理解できない、本人しか、知らない、ことです。
このひとは、この、王国のなかの、たった一人の住人であり、王様であったようです。
そこでは、なんでも、思い通りであったのではないか、とおもわれます。
じぶんだけの、ルールしか、生きていない世界でしょうか・・・。
そこに、引きずり込まれたら、ほかの人は、どうにもならないのではないかとおもわれます。
この人物は、この、一人勝ちの世界に、この世界全体を、入れ込んだのではないか、とおもいます。
そして、この世界全体が、永いこと、この人物によって、支配された状態になったのではないかとおもいます。
幾度も、世界を滅びる危機に陥れられたようです。
たぶん、計算、とは、破壊の思考だからではないでしょうか・・・?
悪意の思考が、計算、なのではないか、とおもわれるのですが・・・。
その反対で、思いやりは、善行の思考であり、他者の幸せを、実現する、思考ではないか、とおもいます。
この男性は、今まで、この、ひとの、思いを、台無しにするような、ひどい行動を、して、世界を、苦しめてきた人であるようです。
そのせいで、滅びに瀕してきたのだと、おもいます。
このひとは、自分を、磁気にしてしまった人のようです。
わたしは、このひとにつかまり、磁力で、がちがちにされました・・・。
磁気の根を、体中に張り巡らされた、ひょういに苦しんできたのだと、おもいます。
このひとは、心を、思いを、磁力、つまり、暴力性で、抑え込んだ人であったようです。
そのため、世界は、永い、冬の状態で、凍り付いていたような、状況であったようです。
しかし、冬は、さむさはありながら、その底では、いのちが息づいています。
少しずつ、息づいてきた、いのちが、氷をかいくぐって、生きて、このよのなかを、春にしようと、がんばっていたのだと、おもいます。
暴力がない世界、とは、法の、生きた在り方の、人々の世界ではないでしょうか・・・。
法とは、ひとの、こころのなかに、息づいてきて、この世界を、支えて、守ってきたようなものであったようです。
それが、いわゆる、神の国、と言われ、伝えられてきた、もののようです。
想いによって、託された、思いの実現した、世界を、天国というのかもしれないとおもいます。
それは、制度や、仕組みや、分厚い本のなかではなく、生きた、ひとの世界の中で、生きているようです。
それが、今の、世のなかであると、思われます。
この世界には、確かに、息づいていると、おもいます。
追記:1
この世界は、おそらく、今の現、次元空間に展開されてきた、世界以前の次元空間にあった、世界が過去に実在し、この男性のこの行為で、なんらかの理由で、破滅していたものと、おもいます。
その原因が、なぜか、今現在にいたるまでの、この、次元空間で起きてきたことにあるようです。
また、未来に展開されるであろう、次元空間のなかの、世界も、同じ理由で、破滅するものと、思われます。
この男性が、もし、このままで、あったならば・・・。
しかし、この、現在に、この人物の、心の問題が、解き明かされ、解明され、解決にいたれば、別の話になります。
もう、このようなことは、起きないし、過去や、未来にあった、あるはずの、ことまで、解決する、ということになるようなのです。
こたえは、こころのケア、であったのです。
人のこころの状態によって、大変なことが起きる、ということであり、
心の状況が大丈夫であれば、すべて、大丈夫である、ということのようです。
このようなことを、思い出しています。
追記:2
伝えたいことが、その当時、あったけれども、伝えられないまま、今に至っていることを、思い出している・・・
おたがいが、相反する、利益の中で、生きていると、皆さんは、思われているのかもしれないけれど、
実は、自分にとって、有益なこと、もの、は、だれにとっても、いいものであろう・・・
わたしには、まったく、害意はない、ということを。
おたがいが、相反する、利害の中にある、という考えから、争いが、生まれるから
そういう考えは、しないほうが、いいのではないか・・・・・。
伝えられないままで、今に至っている。
誰かの、ほかの人や、存在たちの、利益を図ることは、自分にも、やがて、いいことが、待っている、と、思ってほしい、とか・・・・・
無駄な、善意の行動は、ない、ということを。
当時、こういう、私にはあった、考え方、価値観が、世のなかに広まりつつあった、自分の利益優先、という傾向には、ないものであったため、言えなかった・・・・・
それに、今現在の、社会、世のなかもまた、いまだに、自分のことが大切、という思考であるため、言えない、状況である。
しかし、真実は、他者優先であることが、自分の、明日につながる、ということが、本当である、ということであろう。
追記:3
計算、のなかには、願望があります・・・
しかし、計算、では、思いはかなうことはないと思われます・・・
想いがかなう、在り方は、思いに生きる、生き方だとおもいます。
遠回りでも。
計算は、その、計算だけの世界では、あまりにも、正確だろうと、おもわれるのです・・・
しかし、計算の度合い、程度によるとも思われますが、
まったく、現実に起こることに沿った、物事や、ひとへの理解がないとおもいます。
結局、ち密な計算の果てに、何もかも、思い通りにいかない、というところに出るのではないでしょうか・・・?
この、人物は、そういう、いら立ちを、持ってきたのではないでしょうか・・・・・。
そもそも、認識の問題を抱えているひとです。
思い通りにいかないことを、自分の計算通りに起きているところにもっていこうとして
操作や、コントロールというような行為に至ったのではないか・・・・・。
ちからずく、の世界ではないか・・・
結局、うまくいかないので、人に、恨みが募った・・・そして、暴力か・・・・・?
世界の本質にさわった・・・
魂や、次元空間そのものを、障り、勝手に組み替えてしまう。
うまくいかない苛立ちを、人に対する、暴力になったのでしょうか・・・・・
計算では、思い通りにはいかないからだと、思われます。
じぶん自身のことが、うまくいかないから、もしかして、私のすべてを奪ったのではないか・・・・・
そして、このひとは、うわべだけで、うまくやっていけている、ふりをしてきた人ではないか・・・・・
すべてが、自分の思い通りになっている、人の、ふりを。
そのために、このひとの、計算ずくの世界を、活用し、私から奪った、魂を使ったのではないか・・・・・?
しかし、このひとは、本当は、なにも、うまくいかない人・・・
世界への、人への、破壊行為・・・
このひとは、はるか昔、すでに、このような行為に、自分自身の能力を、結集させていた人であった・・・
このひとの行動の方向を、負のものから、建設的な方向へ、かえることができれば・・・・・
しかし、わたしは、さつがいされており、まともに、存在さえ、できない状況です。
その時から、今に至ってきた、ということです。
追記:4
この人たちは、私が、自分の、怒り、暴力を生んでいる、という理由とした、拷問行為による、さつがい、をおこなってきました・・・
しかし、今にして思えば、このひとに対して、私は、怒りを生じさせるような存在ではなかったようです。
わたし自身は、この人物が、世のなかへの非常に悪質な行動で、問題視されていても、離れて、静観していました。
ほかの、男性たちは、問題視して、このひととの、争いを生じていたようにおもいます。
この男性たちは、やがて、この人物と、仲間となって、同調するようになっていきます。
この状況で、私が、怒りのもとである、ということになってきました・・・たぶん、しかし、本当は、この人物が、憎悪を募らせる原因となってきたのは、この人物に、同調するような行為であった・・・のです、本当は。
この人物が、本当に、憎み嫌っているのは、怒っているのは、周囲にいて、このひとに、同調する人々であったのです。
無意味な、同調は、いやなものであるからだろうと、おもいます。
それよりも、本当の自分、本当の心で、向き合うことだったのです。
しかし、この人物には、確たる自分が定まっていません。
このひとは、認識に問題を抱えていました・・・こころで、かかわることが、できない、ということです。
このひとにとって、わかりやすいことが、表面的な、仲良しこよし、ごっこ、てきな、本当の、仲間である、というか・・・つまり、同調であるようです・・・いまだに。
しかし、このひとは、表面的には、同調によって、落ち着いたように見えたかもしませんが、本当の、心の底では、本心から、かかわることを、必要とし、同調に、いら立っていたのではないかと、思われます。
その当時、私は、このことに気づいていました・・・
しかし、あっという間に、さつがい、されてしまいます。
そのとき、なぜ、さつがいされたのかも、知らないうちに。
その時から、今に至るまで、このような状況でした・・・さつがいされた、理由をわたし自身が知らなかったのです。
ほかの人は、私が、知っていると、思っているようですが・・・。
この状況で、この人物の、パートナーとなってきた、Fさんの、存在があります。
今にして思えば、この、Fさん自身は、心理的な世界、つまり、思いの世界への理解の才能が、乏しいひとであるようです。
このひとは、この人物と同じ、出会ったのです・・・こういう点で。
しかし、Fさんは、この人自身は、その、才能の欠如をカバーできるような、大きな世界を持っていて、才能があるので、大丈夫なひとであるような、タイプのようです。
わたしのような、心理的な理解の得意なタイプではないようです。
おそらく、このFさんは、高度な数学的な分野が専門というか、得意の人のようです。
わたしは、まったく、数学はわかりません。
この、Fさんは、理解の才能がないけれども、わるいひとではないようです。
ひたすら、この人物に寄り添ってきた人のようです。
分からないなりに、一生懸命、だったのが、伝わってきます。
しかし、このひとが、この人物にやってきたことが、この人物の、怒りをつくったのではないか、とおもえるふしがあります。
しかし、このひとは、他に、この人物と、かかわる、方法がなかったのではないか・・・・・。
この、Fさんが、同調ばかりの人ではなく、人から、怒りを買うような人でもないような気がします。
その、どちらにも傾く、在り方が、重要であるような気がします。
このひとはおそらく、まとめ役のような存在であるようです。
知名度の高いひとです。
たぶん、このひとは、相手から、怒りを買う、リスクを承知で、必要なら、嫌われ役を、買って出るような気がします。
相手のリスクも承知で、無理をさせるひとであるようです。
相手が、それを越えられるならば・・・・・。
おそらく、私は、このひとに、かなり、苦しめられてきたのではないか、という気がしてきました・・・・・この、人物だけではなくて・・・
この状況では、ほかの人と、話し合う機会がなく、おたがいが、推測で、行動するようなことが多い気がします。
わたし自身、そうであったと、おもいます。
相手から、与えられる、重たい、リスク
わたしが、相手に、強いる、負担
こういうことが、多かったようです。
わたしは、かなり、負担を強いられてきた存在である気がします。
それが、私への、暴力であり
その理由となってきた、この人物からの、憎しみ、であるとおもいます。
おそらく、この人物からの憎しみを、私は、一身に、受け止めてきた、役割を、負わされていたのではないか、という気がします・・・。
それは、心理的な、理解の才能があるからだと、おもいます。
誤解されてきたのは、私の在り方、行動が、この人物からの怒りを買った、という、誤解でしょうか・・・。
このひとの憎しみは、おそらく、私が原因でもないし、私に向けたものでもないと、私は思います。
ほんとうは、ほかの、誰かへの、ものだったのだろう、と。
わたしは、おそらく、調整役、であったようです。
今まで、わたしを、そういう才能があるように思う人がいないかもしれません。
しかし、私が、表に見せてきた、印象や、顔の表情は、私のものではなく、この人物のことであろうと、思われます。
そういう意味でも、私は、ほかの人が受けるべき、ことを、自分のものとして、受け止めさせられたのだと、おもいます。
この人物からの、このような行為がなくなれば・・・・・顔を違うものをかぶせて強制する、とか・・・・・
ひょういが、もし、今後、解ければ、すべて、発覚するのではないか、とおもわれます・・・。
わたしは、この人物の、メンタルの問題を知っていたため、自分の役割として、引き受けたかもしれません。
Fさんは知っていたのかもしれないと、おもいます。
もちろん、何でもかんでも、ではありません・・・顔とか、ひょういは問題外であろうと、おもいますが、
このひとからの、憎まれ役を、あまり、こんな悲惨なことになると思わずに、引き受けたような気がします。
わたしは、暴力というものを、知らなかったのだと思います。
犯罪も、知らないし、悪意というものを、まったく知らなかったのだと、思います。
こんなひどいことになるとは、まったく、予期できなかったのです。
わたしに分かるのは、自分が引き受ければ、問題をおさめられるのではないか、という読みだけでした・・・。
わたしは、いろいろなことが、割と、たやすく、わかる、できるため、軽く見ていたのかもしれないと思われます。
そうは言っても、悲惨な目に合うことは、承知していたと、思われます。
そういう、ひとであったのです。
ここにこうして、書いた、とおりだったのです。
わたしは、大まかな、大体のことが、たやすく、わかる人であったのですが、ほかの人には、同じようには、物事や、人のことが、わかりません。
わたしの、軽い在り方を、まったく、知らないと、思います。
まったく、重たくは、考えないような、タイプであったのです。
人にかける負担より、自分の方に、だったと思います。
このような行動をする、私のような人を、おそらく、わかる人もいれば、わからない人もいる、ということだと、思います。
ほかの人たちから、かばった、私のことを、この人自身が、わかったら、よかったのですが・・・・・。
このようなひとには、わかられない、かもしれない・・・
計算の在り方には、私の心は、いらない、ということだと、思います。
数学的な世界に、共通の理解がある、この二人は、心理的世界への、理解の才能がない人でした・・・。
その二人が、パートナーシップを組んだために、この二人だけの、世界になったのではないか・・・・・
このひとたちに、理解できない、私のような心の人を、排除してきたのではないか・・・・・。
生きること、存在すること、居住権、生存権、しあわせであること・・・・・人として恵まれることのすべてから、わたしを、排除してきた、非常に、むごい政策の、ひとだったことを、最近、知ったところです。
このひとが、わたしの魂のすべてを、うばったのです。
わたしを、まっさつし、存在さえ、うばったのです。
たびかさなる、ごうさつ・・・だったのです。
この、Eさんとおもわれる、男性の、あまりに、異常な、残酷さ、です。
その性格を、このひとは、いまだに、他人から奪った、魂で、隠して、生きているのです。
温和な性格に見える、かお、です。
やわらかく、あたたかく、明るい・・・
やさしく、思慮のある、努力の在り方・・・そんな、たたずまいなのです。
もしかすると、それは、わたし、でしょうか・・・・・💦
反して、私は、暗く、貧しく、意地の悪い、人に見えるのです。
これは、おそらく、この、Eさんの、本当の、性質ではないのか・・・・・?
この行為が、むかしから、この、Eさんだとおもわれる、人の常態化したものであった・・・ことを思えば、
今、現在の、Eさんの、印象と、私からの、イメージは、正反対である、とおもわれるのです。
真逆を、おたがいが、生きている、ということでしょうか・・・・・💦
しかし、その通りではないと思います。
わたしは、度重なってきた、このような、Eさんからの、魂へのディスリ行為、とも言える、特殊な暴力に、できる限り、善処して、対応して、自分の人生を、たてなおしてきたのです。
今に至るまでの、すべての記憶が、私には、ない・・・。
わたしの、魂の内容は、すべて、盗られたため、ない
ほかにも、数えきれない、非情な行為があるのですが
それを耐えて、今まで、生きてきました・・・
それに比べ、この、Eさんは、おそらく、人からの魂を使い、割と、何もせずに、今のキャリアを築かれたのではないか、とおもわれるのですが・・・・・
この、負ってきた、負担の重さと、現在の、人生の状況、なのです。
見た目の印象や、社会的な立場、というような、表面だけでは、人は、わからない、ということでしょう・・・。
たぶん、ここまで説明しても、わからない人もいると、思います。
おもうに、成功者、には、かんたんに、なれるのではないでしょうか・・・・・?
大変なのは、失敗の人生を、生きることなのです。
人生の、凪を生きるたやすさ、苦しさ、
荒波を、ひたすら、越え続ける、人間の、努力と、強さ・・・・・。
わたしは、どんな状況を生きることにも、おもしろさが、あると、思います。
そうは思ってはもらえないのか・・・・・?
こう書くのは、この人物は、前人未到の、困難なシチュエイションに、今、あると思うからですが・・・・・。
これは、おそらく、かつて、この人物からの、私への、批判の内容であったのではなかったでしょうか・・・・・。
わたしのことを、たやすい、軽い、楽に、生きている、ひとであると、言われなかったか・・・・・。
そのような、攻撃の矢面に、私はいたような気がしてきました・・・・・。
わたしには、苦難を耐える、力がない、という、侮蔑とともに。
そういう状況があったということを、今、思い出しています。
支えになるのは、力ではなく、思いだと、思います。
ほかの人たち、ほかの存在のために、ある、ことです。
今現在の、私の、人生の現状では、そうは見えないと、思いますが・・・・・。
あまりに、苦しいことだらけでは、人としてのまともさがなくなると思って、多少、わがままをさせてもらったのです。
人には、生きる楽しさ、喜び、しあわせも、必要なのです。
苦しいことが学びとは言えども、限度があるのです。
しあわせの予感、という、誤解で私は、生きていたのです・・・・・。
そういえば、昔読んだ、読み物に、『山の上の火』がありました・・・
男性が、さむい山の頂上で、一晩、遠くの山でたかれる、焚火の火を見ることで、耐え抜いた、という話です。
実際にはない、ひによって生きた、という理由で、約束はかなえられないのですが
賢者が、食事に招待して、においだけ伝えた状態で、たべさせない・・・揚げ句、言います。
『香りだけで、満たされる、空腹はない』
この人物は、私が、買い物をする、ということを理由に、お金のことで、かなり、卑劣な仕打ちを予定していることを伝えてきます。
わたしを、犯罪者、となじります。
昨日は、警察官にまで成りすまし、高速道路上で、違反行為をしたという言い方で、わたしを取り締まりの対象にまで、されました・・・。
出雲へ行く道だったのです。
わたしを、逮捕歴のあるひとにする、という言い方をしてきます。
このひとにとっては、軽いことかもしれません。
しかし、私は、犯罪行為を、したくはないのです。
このひとは、人心かく乱行為、という、霊能者的素質のもちぬしであり、その危険はあるのです。
ひょういも、されている状況下であり、防げないのです。
危害行為を、予定していることを、伝えてきます。
させようということだと、おもわれるのです。
今まで、無事故、無違反に等しい状況であったのです。
ここにきて、このような、車を使っての、いやがらせが、多発しているのです。
高速道路は、直線であり、前方にしか、向くことができず、拘束状態です。しかも、高速です。
この状況下で、この人物は、ほかの車の運転者に成りすまし、接近し、磁気を、私に浴びせかけるのです。
毒気も、かけられ、運転中に、嘔吐したりも、あります。
やめるように伝えているのですが・・・・・
その状況で、昨日の、出来事だったのです。
目や、体を、磁気の針で、突き刺してきます。高速道路に限らず、運転中に、です。
たぶん、意味のない、無目的の、他人に対する、暴力だと、おもわれるのですが・・・・・
たぶん、ただ、そういう行為が、したいだけの、ひとであるような気がします。
ただただ、人に対して、危害行為がしたい人であり
人を、愚劣な状況に陥れたい人である・・・
その自分の行為に、いろいろな、屁理屈として、アリバイ行為として、自分自身を、飾ってきただけの、人であろうと、おもわれるのですが・・・・・
その対象にされた人に何か、原因があるとか・・・・・つくり話に花が咲く・・・・そういう、男性であったようで、
そのアリバイの世界が、計算の世界であったのではないか・・・・・
このひとは、苦しめられている、と、嘆き悲しんで、説明することの内容が、本当は
この人自身が、あまりにも、むごい行為を、他者にしたことによって、自分を、苦しめている、ということであろうと、おもうのです・・・
それを、そのまま、ほかの人には言えないために、自分を、ほかの人が、虐めたとか、ディスったとか、被害者である、と主張して、それを裏付けるためでしょうか・・・・・
その、ターゲットにされた人に、さらなる、理由をつけた状況での、暴行をする・・・・・
自分のアリバイ作りのために、さらなる、危害行為を、やっているのではないかとさえ、思われることがあり・・・
その理屈をこねるために、ドラマに、他人として、登場して、そのことを、他人事のように、セリフとして、しゃべる。
この状況下で、私は、卑劣な嫌がらせ、むごい暴力、追い詰め行為をされています。
ひがいしゃはほかにも多くいるのではないか、ということが、私にも、少し、伝わっているようなのですが・・・・・。
この人自身が、このような行為によって、自覚はなくても、自分が苦しんでいることが、私には、わかるように、おもいます。
このひとは、自分が、すきではないような、行動がある人です。
この人物は、みずからが、だれかに施工する、暴力行為によって、自らの正当性を、主張するようです。
他人を、わるく言うために、暴力をふるうのでしょうか・・・・・。
なぜ、でしょうか。
この人物が、男性として、どうして、暴力行為に、生きてきたのだろうか・・・・・。
もしかすると、自分の計算通りになった、ということが、自分のモチベーションであるから、でしょうか・・・?
それは、原因が、実は、この人自身が、定まっていないから・・・・・人として、なにものであるか、が。
じぶんを生きられない、苦しさ
認識が定まらないことによって、現実を生きることがすさまじい苦しみであったのではないか・・・・・
もしかして、その苦しさは、霊的な世界の比ではなかった、ということでしょうか。
このひとは、このことを知らないかもしれない。
しかも、他者の魂で、それなりに、生きられているために、ほとんど、関係がなかったかもしれない。
こういうことが、実際にあるか、どうかは、本人にしかわからないだろうし、
本人は、認識の才能がないため、知らないかもしれない・・・。
そうは言っても、このひとは、問題の解消のため、動くことをしない人で、
どう動けば、自分に利するか、計算の中で、生きているように思われます。
しかし、思いのはたらきによって、認識できる、真実の、大きな世界的視点は、ほとんど、ない人であったと、思われるのです。
このひとは、自分や他者が、どうすれば、しあわせであれるかを、考えないのでしょうか・・・・・
それは結局、本当の、自分の心を、生きる人にしかない、しあわせではないでしょうか。
追記:5
じぶんを、生きること、
それは、大きな世界の中に、ひとりの、自分が、いる、ということの、自覚かもしれない。
いままでの、このひとは、こうであったのかもしれない・・・、
『 世界は、自分が、中心 』
このひとは、わからない自分を、生きてきた人・・・つまり、すでに、自分を、生きてきた人だった・・・
このひとが、自分のことを、認識しようとするとき、見るのは、他人の、こころ
そこには、被害者しかいなかった・・・
このひとは、自分が、客観視した、他人の人生を、自分に当てはめてしまう
それでも、自分のことを、わからないのかも・・・。
分からないから、加害者、ということがどういうことかが、わからない。
そもそも、他人への、加害行為を始めたとき、なにも、認識できないひとであったと、おもわれる。
今より、はるかに、なにも、わからない、状況にあった、ひとりの、ひとであった・・・。
よく、そのことを、認識すれば、その状況から、脱出できる、と言いますが。
このひとは、自分の、状況を、認識すると、今の状態から抜け出せるのでしょうか。
むしろ、なにも、知らないほうが、いいような気がする、ということもある・・・。
このひとが、今現在の、自分、として、認識すべきなことは、なんだろうか。
幸せな、自己意識であったほうが、いいような気がする。
このひとは、苦しすぎる現状や、過去の自分のことを、認識しないほうがいいと、思う。
自分がそうしたいところだけ、認識したほうが。
追記:6
このひとは、こころのなかに、うっぷんがたまりすぎてきた人ではないだろうか・・・
それは、自分の立場から、自分自身の、視点で、文句を言うことが、できないことからかも・・・
思い出す時、過去の、現人生の中で、この人物は、私の周囲の人になって、いたらしい・・・
その時に、こんなことが起きていたのではないか・・・
わたしは、そうとは思わず、何も知らないまま、この人物による、行動や、言葉を、とやかく言い続けるような状況であったのではないか・・・・・
ほかの人の行動や、言葉は、賛同したり、ほめたり、するのに、このひとに対しては、苦情を言ったり、文句を言ったり、怒ったり・・・
それが、このひとは、霊視霊聴ができるため、全部、聞こえていた・・・
このひとにしてみれば、平気な顔をしているふりをしながら、心に、怒りが募っていたのではないだろうか・・・・・
そのために、今現在の、私への、憎しみの発露、と言うべき、暴力や嫌がらせに発展したのではないか・・・・・。
おなじ人に、ずっと、虐められたことを、話し続けたり
あからさまに、態度が違っていたとか・・・
それが、いつ、どういうときであったのか、はわからないけれども・・・
そういうことがあったのではないか、ということは、わかる気がする。
しかし、そうは言えるのか・・・・・
そうは言っても、私には、なにがどうなっているのかを、知ることができないようにされていた・・・
いまも、そうであり、
必ずしも、私に、なにか、あるわけではないと、思う。
ただ、目の前でされたこと、言われたことに、自分の心で、思っていただけのことかもしれない。
永いあいだ、私は、世のなかの人たちから、いじめの対象であったと、思われる。
どちらかと言えば、私が、耐えてきた状況のようである。
だれか、特定の何者かがやっている、とは知らなかったため、世のなかの人々みんなが、自分に対して、そうであるかのように、思っていたことが多かった・・・。
それは、しを願うほど、つらい、人生であった、とも言える。
そういう状況をつくってきたのは、ほかならない、この人々の方であると、思う。
その、だれかも知らない、得体のしれない存在として、今現在、連日のような霊的な迫害っぽい状況におちいらされていて、
とてつもない、苦しみの中に、いる。
その状況が、昨日の、警察官としての、行動であったのだ・・・
そういうことは、ない、と当事者である人は言われるかもしれないけれども、
これは、実際、このよのなかで、起きていることで
わたしが、こまってきたことである。
職権乱用・・・個人的、犯罪行為のための・・・しかも、成りすましで・・・
このような、言い方ができるだろう・・・。
と言って、気づいた・・・。
この人物による、行動がほとんど、みんな、そういうものであったのではないか、と。
他人の役割への、存在への、なりすましによる、職権乱用行為・・・しかも、個人的、犯罪的な、不特定多数の人に対する、虐待行為のため、加害行為のための、汚職行為・・・
霊的な存在としての、行為のために、摘発もできないし、立証が不可能・・・証拠もない。人物の特定不可能。
しかし、このひとのなりすましによる、犯罪行為に利用されて、擦り付けられる形で、刑罰を受けた、被害者が、多数、いるのではないか、とおもわれる状況がある。
そういうことをされた本人は、声を上げることもできないと思われる。
精神的病気だとされる、社会のシステムが、確立されているからだ・・・。
もしかして、そのような、病気がある、ということを捏造するための、この、システムをこの人物がつくったと思われるのだけれども、
その、本当の、目的は、霊的な存在としての、今現在起きているかもしれない、このひとによる、犯罪行為の隠ぺい工作か、証拠隠滅行為であったのではないか、と思えてきた・・・。
その犯罪の実在を、口外できないようにするため、と、もし、そうであるならば、言えると、思う。
この人物は、そのために、霊的な存在は、ないものと言われる社会をつくった、と言えるかもしれない。
つまり、魂の存在を、否定する、世界を、構築した人は、この人物ではないか、と。
無神論者であったのか・・・。
しかし、このひとは、みずからを、神様のように、言ってなかったか・・・?
それは、もしかして、このひとは、自分自身の、実在を、否定してしまった、ということだろうか・・・?
そもそも、このひとが、私に対して、行ってきたことは、犯罪である、ということであるならば、そのことを、私のせいにするような、工作として、社会のシステムを構築することであったのかもしれず、現世での、犯罪行為の隠ぺい工作、証拠の隠滅行為の目的と、おなじである、ということだろうか・・・。
とすれば、この、社会のシステムの存在が、この人物による、犯罪行為の、証拠となるかもしれない。
この、現世の成り立ちそのものが、証拠と言えることも、あるかもしれない。
追記:7
今に至るまで、こういうことについて、考える機会がなかったようなのです・・・それは、この人物は、磁気になった人である、ということについてです。
今現在、私たちは、霊として、肉体に宿る形で、現実の世界にある、ひとを、生きている状況です。
このことが、このひとにとって、なんであるか・・・
磁気になってしまっている状態の、このひとは、肉体に宿る、人としての、生命を形成維持できる状態か・・・です。
このひとは、私に憑依していることで、守られてきたのではないか・・・・・
ふつうに、考えられることがあって、磁気によって、肉体そのものが、破壊されうる、という状況や
魂の体、も、あぶない、ということです。
わたしは、たぶん、大丈夫なひとだと、思います。
この私に、ひょういしたから、この人物は、生きてこられたのではないだろうか、と言えるかもしれない・・・
安逸に、憑依を解いたら、アブなかったのではないか・・・と言えます。
このひとは、磁気であることを解消しなければ、憑依を解かれてはいけなかった、ということでしょう・・・。
もし、磁気であることを解かれたら、このひとは、そのままの、霊体になりますが・・・考えた時、このひとは、霊体としての存在の経験がない人ですし、もしかすると、霊体のありのままとして、他者への介入の状態、つまり、ひょういには、耐えられないかもしれない、とおもわれます。
つまり、このひとは、他人に憑依の状態で、もとの霊体に戻れば、この人自身が、傷付くか、なにかに至る、とおもわれる・・・。
つまり、まず、憑依を解いて、この人自身に戻らなければ、アブない・・・
このひとの霊体は、ひょういの才能を持っていなかったと、思われる・・・ということか・・・。
ひょういをやめて、元に戻るべき・・・。
この、
ひょういの状況にあること
磁気として存在していること
これを解くことを、このひとが傷つかずに、されなければならない、ということか・・・・・
憑依を解いた時点で、仮の場として、別の人の魂が・・・・・
磁気から、もとの、このひとのありのままの、魂に、戻るための・・・・・
しかし、それは、ひょういではないのか・・・・・
このひとには、人格形成上の、問題があり、そのまま、人に戻ることは、危険な存在となりうる、ということがあります。
そのためには、認識することについての、問題を解消する必要があります。
しかし、ひょういしている状況で、このひとに、そういうことは、できないと思われます。
自分の目で見ること、聴くこと、はなすこと
こういう、訓練が、必要のようです。
実際に、生きている、そのままの、人として、可能な気がします。
このひとは、ほかの人の魂が、入ると、できないと、思われることがあって
このひとの魂が、私に、ひょういしている今までの状況で、私の事情の説明をさせてもらえれば
このひとのため、自己認識ができないできた、ということがあったようです。
もしかすると、記憶はないのですが、私は、この人物の、魂の状況をわかっていて
このひとを、守り続けていた、ということかもしれない。
このひとには、そういうことがわからず、このひとは、わたしの魂を見てきた・・・けれども、なにも、わからなかった、ということかもしれない・・・、そのため、ディスリ行為をしてきた人であるかもしれないとも、言える・・・
わたしは、いまだに、このひとが、どういう人か、はっきりとは、知らない・・・けれども、このひとは、自分自身の、魂を、さわる人であるため、異常な行動に出たかもしれない・・・それが、わたしの魂を、さわることで、防ぐことができた、ということが言える・・・・・けれども、そのために、ひょういということではなかったと、思う。












