朝日「ツイタ―」活用のニュースの価値 | NPO法人生涯青春の会

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2010年1月29日 日経

 『朝刊の1面トップは「日航、上場廃止へ」。他紙が書いていなければ「特ダネ」となります。』――。1月11日の午前1時31分、ミニブログ「Twitter(ツイッター)」上で朝日新聞東京編集局(@asahi_tokyo)はその日の朝刊1面を予告した。既存のマスメディアがツイッターの速報性を生かした試みとしてネット上の反応は好意的であったが、同時にネット時代における特ダネをどうとらえるかという難しさも浮かび上がってきた。(藤代裕之)

 朝日新聞はツイッターを積極的に活用している既存メディアの1つだ。

 30万を超えるフォロワーを抱えるメインアカウント(@asahi)、ウェブサイトのアサヒコム編集部(@asahicom)、書評や出版関係(@asahi_book)、イベント(@asahi_event)が「つぶやき」を配信している。特ダネを予告した東京編集局は昨年11月4日に開設、「ニュースがわからん!」のキャラクターである「コブク郎」が編集局の様子やおすすめ記事を紹介するという設定で、編集局長室のメンバーが交代でつぶやいているという。

 朝刊の1面トップは「日航、上場廃止へ」。他紙が書いていなければ「特ダネ」となります。それではきょうはこのへんで、おやすみなさい!!!!!

 この予告をサンフランシスコの空港で知ったという田端信太郎氏(ライブドアのメディア事業部長)はブログで、速報性とニュースバリューの点でインパクトがあったと評価し、『初回は「どれどれホントかな?」と、売店に買いに行く人が増えて、明日の部数は増えるかもしれないが、だんだん、Twitterフォローしてれば、いいじゃん・・となるのかも』と記している。

 ツイッターを活用していち早く日航の上場廃止を伝えたことは、ネットユーザーから評価が高かったが、朝日新聞の購読者からの声は「朝刊がポストに届くのが楽しみ」「翌朝読めるはずの記事を先に出したら購読している意味がない」と賛否が入り混じった。気になったのは、田端氏のブログに別のブロガーが書き込んだ「いま図書館で朝日新聞を読んでいるのですが、インターネットで書かれていること以上のことはなにもかかれていません」というコメントだ。

 日本の新聞は宅配(定期購読)が多いが、都心部では出勤途中の駅などで時々購入しているビジネスパーソンもいる。予告ツイッターは、未読者へのプロモーションとして有効利用できそうだが、コメントのようにつぶやき以上の内容が紙面に書かれていない場合は逆効果になる。筆者もツイッターで、紙を購入した人はいるかと尋ねたが、反応はなかった。速報はマスメディアにとって重要な競争だが、ウェブは無料だ。いくら他社に比べていち早く速報して業界的には勝っても、商品を買ってもらえなければ意味がない。

■業界ルールでは「特ダネ」だが・・・

 特ダネの定義も考えていく必要がある。

 「他紙が書いていなければ特ダネ」というのは、従来の業界の考えでいうならその通りだ。そのため、記者やカメラマン、編集者といった組織的なリソースをつぎ込んでいる。数日、もしくは数時間、場合によっては数分、他社よりも早く書くために……。自社だけが報じていないことは「特落ち」と呼ばれて不名誉なことだとされている。東京編集局のつぶやきも他社が書くかどうかが指標となっているが、違和感がある。

 例えば、特ダネをメーカーに置き換えて考えると新製品になるだろう。他社にない製品を発売することで消費者に魅力をアピールできるが、売れなければ意味はない。評価するのは他社ではなく消費者のはずだ。消費者によって価値が見出されれば市場が拡大し、競合他社から商品が投入される。ニュースの場合は、消費者不在のまま競争が行われ、事件報道のように業界のルールだけで市場が拡大することがある。


 さらに、ネットの登場によって情報を伝えるメディアが多様化し、いち早く情報を知らせるといった種類の特ダネ競争が激しくなっている。民主党政権になり一部の省庁の記者会見が生中継されるようになった。マスメディアのみで競争していた速報市場に、フリーランスのライターやネットメディアも参入している。人々は既存のマスメディアだけから情報を得ているわけではない。

 

■悩みながら試行錯誤

 情報の賞味期限が短くなっているのも課題となる。月刊誌が書籍やフォトマガジン化し、週刊誌は月刊誌へ、新聞は週刊誌へというように、より時間軸が長いメディアを参考にする動きが起きているのは、前々回のコラム「デザインで新聞を救えるか? 東欧発のメッセージ」で紹介したとおりだ。朝日新聞東京編集局は下記のようにつぶやき、悩みながら試行錯誤していることを明かしている。

日航の記事について③ ネットの登場で新聞も様々な対応を迫られています。他紙より少しでも早くという「時(とき)ダネ」競争より、新聞が書かなければ表に出ないことを書くことが重要だと考えています。そのための組織も作りました。取材のエネルギーをどう高め紙面化するか、真剣に考えています。

 しかしながら、リソースは有限で、いち早く知らせるという取材手法と深い分析記事はそう簡単に両立できるものではない。何より現場が疲弊してしまう。両立させるなら、せめて分野を限定する必要があるだろう。他社が書くようなものではなく、すぐには書けない賞味期限の長い情報を提供するには、横並びの考えから脱却する必要がある。さらに、ネットと紙では、記事が消費され終わるまでの時間もバリューも変わってくる。

 ツイッターやウェブサイトでの速報と紙面をどう使い分け、どこで商品を買ってもらうのかを考えておかなければ、情報をタダで流すだけで、ビジネス的にさらに苦しくなるという悪循環を招くことになる。その前にまず、特ダネの指標を他社から読者の価値に基づいたものに変えていくことが必要だろう。

[2010年1月29日]

-筆者紹介-

藤代 裕之(ふじしろ ひろゆき)

ブロガー@ガ島通信

略歴

 1973年徳島県生まれ。立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。広島大学文学部哲学科卒業後、徳島新聞社に入社。社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部では、中高生向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ」対策に取り組む。徳島大学付属病院医療情報部助手を経て、マイネット・ジャパンアドバイザーなど。
2004年9月にブログ「ガ島通信」をスタート。メディアやジャーナリズムに関する議論から身辺雑記まで、幅広い内容を発信中。「ブログ・ジャーナリズム」(野良舎)、「メディア・イノベーションの衝撃」(日本評論社)。北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)サイエンスライティング担当。