仕事の帰り道、ふと立ち寄った本屋で

平積みされていた本。

 

「人生やらなくていいリスト」著者:四角大輔

 

 

いろーんな「やらなくていい」ことが書いてあった。

 

・欠点は直さなくてもいい

・うまく話せなくてもいい

・ひとりで頑張らなくていい

・空想からはじめていい

・イビツなままでいい

・すぐにできなくてもいい

・頭で計算できなくてもいい

・具体的な夢がなくてもいい

・できない自分でもいい

・急がなくていい

・自分探しはしなくていい

 

あとがきを読んでいたら、

「自分らしく生きる。」

そう書いてある文字がポーン!と目に飛び込んできた。

 

結局、なんだかんだで「自分らしく生きる」こと。

それが、その人を最高に輝かせる、ってよ!

 

Superflyや、Chemistryや、

絢香といった数々のアーティストを

プロデュースした四角さんが大切にしていたのは、

 

その人の内側から溢れ出すものを引き出すこと。

 

アーティストを「プロデュースしすぎて」

オーバープロデュースになったり、

 

「売れる曲」を作ろうとしたり、

そんな余計なことをせずに、

 

その人そのままの、

その人の内側から溢れ出すもの、

 

それが聴いた人々の、

心を震わせる。心に響く。

 

「自分らしく生きる」

「自分らしく在る」

 

それがやっぱ大事なんだなー。

 

この人間の体でプレイしてるVRゲームは、

「いかに自分でいられるかゲーム」。

 

そだねー、やっぱりそーだよねー。

ゲーム感覚ねー。

 

「いかに自分でいられるかゲーム」

 

いま生きているこの世界は、

そういうゲーム、ってことで考えてみる。

 

そう考えると楽になるなら、

その考え方を採用する。

 

そう考えても、別に気持ちよくないなら、

取り入れなくてもいい。

 

僕の場合は、そもそもゲーム感覚があったんで

「やっぱそーだよなー」な感覚。

 

「いかに自分でいられるかゲーム」

 

Happyちゃんの例で言えば、

 

上手い人の感動的な歌の後に、

 下手くそな自分が歌うなんて、、

(外側の視点を意識してしまっている状態)

 

そこから↓

 

どんな場面でも、

 自分が自分でいられる実験をしてみるぞ!

 

(内側の視点でいる。

 外側に出てくる結果が関係ない。

 

 下手っぴと思われようが、

 そのとき自分がどう感じるのかなー、と

 観察することを楽しんでいる。

 

 なんなら、思いっきり外側の視点に

 引っ張られて恥ずかしいーとなったとしても、

 おぉーものすごい外側に引っ張られてるぞー

 と内側の視点で見ている。)

 

という視点の転換をしているので、

結果的には、どんな状態になっても、

外側に引っ張られないで、

「自分」でいられる。

 

フォーカスするポイントが変わるだけで、

ここまで変わるかー!!!

 

と驚くけど、確かに、

その実験する感覚、

ゲーム感覚に発想を切り替えると、

 

冷静に、その状況を楽しめるかも。

 

「やらなくていいリスト」

四角さんの本をきっかけに、

 

改めて

「自分らしくいる」

「自分らしく生きる」ということを

意識すると同時に、

 

「自分らしくって、なんだろう?」

「自分らしく生きるって、どんなふう?」

 

ということも、改めて思い返した。

 

「自分らしく」をハッキリさせるには、

 

・自分が

 何が好きか?

 何が嫌いか?

 

・自分が

 何にテンション上がるか?

 何にテンション下がるか?

 

・自分が

 充実感を感じるのはなにか?

 虚しく感じるのはなにか?

 

・自分が

 時間とお金を

 費やしてきたのはなにか?

 費やしたくないのはなにか?

 

・自分が

 怒りを感じることはなにか?

 悲しくなるのはなにか?

 

自分が

何に対して、

何を感じるのかを、

とにかく研究していって

 

「自分研究」しながら、

「自分らしく」というものを、

 

徐々に徐々に知っていく

自分観察が必要。

 

そして、

その研究、

その観察は、

 

終わることがなく、

続いていく旅で、

 

その旅の中で、

いろんな発見をしていくこと、

 

そもそもそれが、

人生の醍醐味なんだろう

と思うようになった。

 

いわゆるRPG、

ロープレみたいな

ゲーム感覚。

 

四角さんの本と、

Happyちゃんの記事を読んで、

 

1番反応したのは、

「自分らしく生きていく」ということ。

 

そうなっていくように

集中して生きていきたい、

 

という気持ちが、

自分の中にあることを

改めて発見した。

 

 

思っているだけと、

書いてみるのとでは、全然違う。

 

こうして書き出してみると、

 

「書くときに、あらためて想う」

 

そして、

 

「書いた文字を見て、あらためて想う」。

 

つまり、

2回「想う」ことになる。

 

そして、時には、

書いてしばらくしてから、

 

ふとまた自分が書いた記事で、

その文字を見て、

 

「あーそうか、そう思ってたな」

と思い返す。

 

誰だったか、本の著者も、

「自分で思っている大切なことを

 忘れてしまったりするから、

 自分のために書いている」と

言っていたが、

 

ブログも同じ感覚がある。

 

・書くときに想う

・書いた後に想う

・忘れた頃に想う

 

この3回「想う」があるから、

「思ってるだけ」と

「書いてみる」は、全然違う。

 

それを実体験から感じています。

 

すべてをブログに書かなくてもいい。

ノートだけに書きだしてもいい。

 

「書いてみる」

 

すると、芋づる式に、

他の「想い」も

出てきたりすることがある。

 

そこが書いてて

おもしろい所。

 

この記事も書きながら、

途中で下書き保存して、

また開いて、

追記したりする。

 

しばらく置いとくのは、

熟成、発酵みたいな感じかな。

 

書いてるうちに、

他のことが出てくる。

書きながら考えてる感じ。

 

記事を書き始める

最初の時点では、

頭に全然なかったことを、

今、書いていたりする。

 

書いてると、連想ゲーム的に、

思いついちゃうような感覚がある。

 

この感覚は書いてみないと

わからないので、

 

ふだんあまり書く習慣のない人も、

まずはノートに書き出すことから

やってみると面白いと思う。

 

というこの内容も、

いま自分に向けて書いている。

 

たぶん、ここに書く意味を

見失うときが来ると思うから。

 

では、また。