DGと専属契約を結んだグリゴリー・ソコロフ(pf)がリリースした2作目。シューベルトとベートーヴェンをメインにしたプログラム。後半には恒例のアンコールも収録されている。

 

 

 

クラシック音楽の大手レーベルとして有名な「ドイツ・グラモフォン」がソコロフと専属契約を結んだことを知った時、正直驚いた。

嬉しい反面、知る人ぞ知るピアニストであってほしい―という気持ちがあったのも確かだ。

でも録音には慎重な姿勢を示し続けていたピアニストなので、再びその芸術に触れる機会が多くなるのは素直に喜んでもいいのかも知れない―。

 

 

記念すべき第1作目はモーツァルトとショパンの作品を中心にプログラムされたものだった。

 

ソコロフの手にかかると、初期モーツァルト作品が随分と深遠に響く―。

 

ショパン/24の前奏曲~第24番ニ短調。音の奔流が押し寄せる―。

 

アンコールの締めくくりはバッハ/「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」。

 

 

 

 

まず、CD1枚目はシューベルトの作品。4つの即興曲 D899と3つのピアノ曲 D946。

2013年、ワルシャワでのライヴ・レコーディング。

 

1曲目は「4つの即興曲 D899」 (1827)。

意外なことに「即興曲」というタイトルのピアノ曲はシューベルトが最初ではない。

ボヘミアの作曲家ヴォルジーシェク(1791-1825)が1822年に作曲した「即興曲」Op.7が最初とされている。シューベルトとは交友関係にあったので、影響を与えた可能性は極めて高い。

 

全6曲から成る。移ろいゆく転調や即興性のあるフレーズが心地よい。

素朴でいい味わいだ―。リラックスできる。

 

 

シューベルト/即興曲の1曲目は、友人のそれとは異なり、重々しい和音が打ち込まれ、さながら「冬の旅」の(やはり)第1曲のような寂寥感に包まれたスタートとなる。その上テンポを遅めに設定しているため、終始重い歩行感が支配的になる。ハ短調の調性がそう感じさせるのだろうか。だが、曲は頻繁に転調を繰り返す。全4曲中一番長い。ソコロフ盤は10分を超える。

 

第1曲「おやすみ」。冬の夜、失恋した若者は、恋人のいる町から去っていく。

町を出る直前、恋人の家の扉に「おやすみ」と書き残し、旅に出る―。

 

 

2曲目になってようやく華やかに動き出すが、憂鬱さを拭いきれない。

ベースは変ホ長調で流麗に始まるが、前曲と同様に転調を繰り返す―。

気づいたら短調に変容していて、切実な情熱に支配されたフレーズがあふれる―。

当時としては珍しく「長調」で始まり「短調」で終わる―。「バッドエンド」の印象だ。

 

ブラームス最晩年の傑作から~ラプソディ変ホ長調。「バッドエンド」の一例。

去年2020年リリースされた最新盤より。いずれブログで取り上げる予定。

 

 

第3曲変ト長調。煌めくようなアルペジョに導かれて歌われるセレナーデ。

穏やかな安らぎが訪れるが、中間部で痛々しい記憶がよみがえる―。

昔から好きな演奏にリパッティ盤がある。

死の2か月前の1950年ブザンソン音楽祭における「ラスト・リサイタル」。

70年近くたった現在でも名盤として聞き続けられている。

 

未編集のオリジナル音源のようだ。演奏前の拍手や指鳴らしが聞ける。

 

 

最後の第4曲変イ長調でも心に雨が降りそそぐ。中間部ではハ短調に転じ、心の底から湧き上がるような激情を孕んだ悲しみが聞かれる―。

全体的に暗い演奏だ。ソコロフ盤だから―ではあるまい。

 

 

 

 

次の曲はマイ・フェバリットだ。「3つのピアノ曲 D946」(1828)。

地味なタイトルだが、特に2曲目はピアノ曲史上最高ランクに位置する愛おしい作品だ。

 

シューベルトの死の半年前に書かれたこの曲集は、1868年にブラームスによって編集され匿名で出版されたようだ―。但し、この3曲の組み合わせがシューベルトの意図なのか、ブラームスの意図なのかは不明である。

 

第1曲変ホ短調は「疾風怒濤」のイメージだ。タランテラ風の暗く推進力のある音楽が展開する。ソコロフの演奏は指の強靱さを見せつける。印象的なフレーズはテンポを沈み込ませ、じっくり歌う―。演奏によってはカットされることのある第2エピソード(作曲者によって削除されたようだ)もソコロフは演奏している。僕が初めて聞いたアファナシエフ盤も「完全版」だった。

それぞれのエピソードには追憶の響きが聴こえる―。

 

「マイ・フェバ」の2曲目変ホ長調はゆったりとした時間が流れる。いつまでも身を浸していたい―本当にそう思う。この箇所は自身の最後のオペラ「フィエラブラス」D796(1823)の合唱より引用されたようだ。

 

テンポが快活なため、分かり難かったが、きちんと確認できる―。

 

 

2つの中間部―前半はハ短調。急に嵐が起こる。暴風雨の中突き進んでいるイメージ。

そして再び冒頭のテーマが戻ってくる。ホッとする―。

続く後半の変イ短調のエピソードが白眉だ―ここを聴きたいがために、このCDを購入したくらいだ。枯葉がはらはらと舞うイメージ。しんしんと静かに優しく降る雪でもいい。

センチメンタルに落ち込むギリギリのところで踏みとどまっている。

悲しみの中にどっぷり浸かった方がラクな場合もある―でもそうしない…。

いや、そうできないのかもしれない。歩みを進めてゆかなくてはいけないから―。

 

 

そして最後の第3曲ハ長調は何もなかったかのように駆け出している。

シンコペーションのリズムだろうか―。技巧的に聞こえる。

中間部は教会の鐘の音のエコーのように響く。過去の「手放し」か―。

最後にはピアニスティックなコーダが待っている。

 

 

 

 

 

ソコロフによる2013年ベルリンでのライヴ。第2曲は14分過ぎ辺りから。

 

 

アンドレアス・シュタイアー(fp)による「目の覚める」ようなパフォーマンス。

楽器の軋む音すら厭わない刺激的な演奏だ―。

 

 

 

 

To be continued ...。