旧国鉄相生線は1985年4月1日に営業を終え、同時に津別駅も廃止されました。
そして、津別駅廃止から31年が経ちましたが、当時から駅前にあった中嶋旅館(薄赤の壁)、福岡商店(薄青の壁)、津別通運(薄橙の壁)という三軒の建物がそっくり残っている様子です。
中嶋旅館はいつ頃まで営業していたのかわかりませんが、福岡商店が雑貨屋をやめたのはここ数年だと思います。昨年までは自動販売機がポストの後ろあたりに置いてありました。
津別通運の事務所だった建物は一般の民家として使われていましたが、ここに住んでおられた方が引っ越したため空き家となっています。
ウィキペディアで当時の航空写真を見ると、今回私がiPhoneで写真を撮った場所、この歩道の位置あたりが津別駅の入口だったようです。
つまり列車を降りて駅を出ると、駅前にはタクシーが旋回できるスペースがあるほか中嶋旅館、福岡商店と津別通運が並んでいました。
駅舎が壊されレールも剥がされると、〈駅前通り〉の役目を終えた東四条通りは、写真左方向の駅裏まで延長され住宅地となりました。
見た目にはわかりませんが、住所的には昔からある上の三軒の建物あたりまでが東四条、それらの奥は新町、左手元駅裏あたりは緑町となります。
ともに鉄道があった頃賑わった三軒の建物。いずれも商業用からは退きましたが、津別町発展の歴史を知るうえで大切な建物なので、何らかの形で残されていくことを期待しています。