19日の話ですが釧路の隣町、白糠町西庶路神社のお祭りで神輿を担いできました。
今年はいろいろ予定があり、前回参加したのは冬に網走のイベントで担いで以来だったので約半年ぶり。
津別からは阿寒湖畔を通過して2~3時間かかる白糠ですが、北海道のアイヌ時代に大きな繋がりがあった場所なのです。
北海道に国郡が制定された時、現在は十勝管内である足寄郡と、同じくオホーツク管内である網尻郡(美幌・津別)は釧路国に属していました。
それは当時の足寄郡と網尻郡に住んでいたアイヌが白糠を拠点に和人と交易をしていたためで、つまりは釧路国のアイヌが現在の釧路管内のみならず道東の山間部に広く影響力を持っていたことの証です。
そんな白糠と津別ですが、偶然にも国鉄末期に白糠線と北見相生線が廃止されたのも同じ時期でした。
津別にはまだ当時から町の中心的な企業である丸玉産業が残り木材加工業の町として大きく変わることは無かったのですが、白糠では炭坑の閉山により集落の形態が変わってしまったのが西庶路です。
その炭坑の中にかつてあったお宮を地上に移したのが西庶路神社。
半年ぶりの神輿担ぎは各所神輿会の方々の顔を久しぶりに見てきたことと、明治初期からの津別と白糠の繋がりを確認してきたイベントでした。