一般にジャズは主に楽器演奏として捉えるられている。
そうなると必然的にマニアックな世界となる。
音の世界は割り切れない音階という不整合な中に整合性を求めるからです。
しかし楽器演奏者はカタストロフィーな掛け合い演奏(セッションという)を楽しむ。
アドリブや変化や破たんの中にマニアックな世界がある。
同じように言葉の世界にもそれはある。
しかし言葉好きな人にとってのジャズライクな世界というものが広まらない。
ジャススイングの歌詞を、アニソンや演歌など日本独特の歌詞で吹き替えると面白い。
そうやっていると、誰でも知っているメロディのスタンダードジャズで十分楽しめる。
「リトル・トリー」の中より。
図書館でおじいさんが・・・「なんでこんなに本があるんだ。そんなに読む必要があるのか、あんまりありすぎてわけわからんよ。必要なこと書くならは、読むなら、数冊で十分じゃないか」
Etheridge Knightの575より
雪が舞い落ちる、なんて詠んでも刑務所の鉄格子が曲がるわけじゃない。
刑務所のような不条理の世界を生きるにはジャズスイングを575で書いているんだ、誰もそれを真っ当とはいわないだろうけど、と。


