特急脱線 冬の強風 北国の悲劇
厳しい寒さにおおわれた東北地方から思わぬ悲報が飛び込んだ。山形県庄内町のJR羽越線で特急電車が脱線、転覆した。
懸命の救出活動にもかかわらず、乗客4人が死亡、計32人がけがをした。
亡くなったのは、母親の葬儀に向かっていた女性や、家族とのクリスマスの夕食に帰宅を急いでいた保育士たちだ。なんと痛ましいことだろう。
最上川にかかる鉄橋を渡りきった付近で進行方向右側から雪混じりの突風が吹いて車体が左に傾いた。自らも負傷した運転士は、こう話している。詳しい原因はまだわからないが、突風にあおられて脱線した可能性が強い。
現場の庄内平野は北西季節風の強いところだ。平野を背に日本海に面する酒田市では、76年に1700棟余りが焼ける酒田大火が起きた。一軒で出た火が、強風で市の中心部を焼き尽くした。
問題の鉄橋は酒田からほど近い庄内平野の真ん中だ。山あいから平野に出て西北西に向かう最上川は、ちょうど季節風の通り道になる。今回の現場が風に襲われやすい場所であることは疑いない。
しかし、JR東日本の説明によれば、脱線現場から約1キロ北にあった風速計が事故のころに示していた風速は秒速20メートルだった。25メートルを超えれば徐行、30メートルで運転中止が決まりだが、それより弱かった。そのため、特急は時速約100キロで鉄橋を通過したという。
風速計に故障がなかったとすれば、鉄橋付近を予想もしない局所的な突風が襲ったのだろうか。
この鉄橋は、川面からの高さが8~9メートルある線路がむき出しの「開床式」だ。運転士は「突風が吹き、車体が浮き上がった」とも語っている。下から吹き上げる風にはもろい車体が持ち上げられた、と推測する専門家もいる。
国土交通省の事故調査委員会や山形県警が原因の調査を始めている。強風にさらされる鉄道は各地にある。効果的な再発防止策をとるためにも科学的な原因解明の努力を尽くしてほしい。
強風下の列車事故としては、86年に旧国鉄山陰線の余部鉄橋から列車が転落、6人が死亡、6人が負傷した事故がある。94年2月には、岩手県の三陸鉄道で普通列車が鉄橋付近で脱線、線路の斜面をずり落ちて横転し、5人が負傷した。警察の調べでは、鉄橋に吹き上げる強風で車体が持ち上げられたという。
強風対策として、余部鉄橋はその後、コンクリート橋に架け替えることが決まった。三陸鉄道は事故現場などに防風柵(さく)を設置している。
今春のJR宝塚線の脱線事故では、運転士に対する時間管理の心理的圧力が問題になった。
今回の列車は、雪のために1時間余り遅れていたが、遅れと事故との関係は浮かんでいない。しかし、人為的な原因が潜んでいなかったかどうか。それも含めた解明が必要だろう
大津波1年 流した汗は必ず生きる
海が突然せり上がり、巨大なうねりとなってインド洋の国々に押し寄せた。スマトラ沖地震と大津波から1年になる。
被害は十数カ国に及び。、22万人余りが亡くなった。生き延びた人々は泥とがれきの除去に追われ、生活を立て直すために奮闘してきた。
一つの自然災害に、国際社会がこれほど結束して支援に立ち上がったのは初めてだ。国際機関や各国政府、民間から寄せられた資金は全体で1兆5千万を超える。支援者も続々と現地入りした。
普及は着実に進んでいる。
多くの外国人旅行者も犠牲となったタイ南部の観光地プーケットでは、ホテルの再建や修復がほぼ終わった。客足が津波前の8割まで回復したという。
インドやスリランカでは在宅の建設が進む。テントなどで仮住まいをする被災者は、ピーク時よりかなり減った。
これらの国に比べると、インドネシアのスマトラ島北部、アチェ地方の復旧は難航している。震源に近く、津波の破壊力がけた違いに大きかったからだ。
アチェの犠牲者が約17万人。前短の8割近くを占める、被害は沿岸800キロに及んだ。幹線道路ですら、ようやく復旧がようやく半分ほど終わったばかりだ。
州都のバンダアチェでは電気や水の供給が復旧し、中心部はにぎわいを取り戻した。が、海辺は債権が遅れている。
カンボン・ピーという地区の生存率が20%前後。一家全滅という家族も珍しくない。市内の茶店で働いていて難を逃れたブハリさん(54)の話を聞いた。自宅にいた妻と子供5人は津波にのみ込まれ、独りぼっちになってしまった。
それでも、地元のNGOの支援を受けて同じ場所に家を建て始めた。「父の代からこの土地で暮らしてきた。家族の思い出もここにあるから」と語る。
インドネシアの07年までに主なインフラを再建することをめざしている。汚職がなくなったわけではないが
、防止にはかつてなく努力している。監視の目を光らせつつ、息長く支えた。
津波を機に、30年に及ぶアチェの独立戦争に終止符が打たれた。夜の自由に出歩けるようになり、復旧に携わる人々の安全が脅かされることもなくなった。災いの地に、一条の光が差し込んだ。
普及で日本が果たした役割は大きい。復旧支援会議ではいち早く5億ドルの支援を表明し、全体を引っ張ってきた。インド洋での津波警報システムづくりを担うのも日本と米国である。
とはいえ、改善すべきことも多い。インドネシアに供与した日本の援助資金が当初、ほとんど使われなかったことはその代表例だ。相手国の要請に基づいて援助するという従来の手法にこだわり、しかも実務能力が十分ではない外務省所管の財団法人に担当させた結果である。
災害は予想もしない形でやってくる。状況に応じて柔軟に対処する工夫と努力を、これからも重ねたい。復旧支援で流した汗は、国の内外で必ず生きる。
特別会計改革 すき焼きの宴はお開きに
来年度の一般会計予算の政府案が決まった。新規国債の発行額を5年ぶりに30兆円に抑えるなど財政の立て直しに向けた動きは出てきたものの、無駄遣いは残されている。」
少子高齢化が進むなか、やがて増税は避けられそうにないが、歳出の絞込みをさらに進めない限り、納税者は納得しない。
一般会計以上に不要な事業が多いといわれるのが特別会計である。国会でも実質的な審議はほとんどなく、監視の目は届きにくい。それをいいことに官僚と族議員が好き放題に使ってきた。
年金や労働保険の特別会計を使い、「グリーンピア」や「私のしごと館」といった必要度の低い施設が建てられてきた。こうした無駄遣いは氷山の一角だ。
事務費や人件費の算定は甘かった。そのうえ、特殊法人や公益法人に資金を提供し、役人の天下り先づくりにも使われてきた。
そんな姿を塩川正十郎・前財務相は「母屋(一般会計)でおかゆを食っているのに、離れ(特別会計)では子供はすき焼きを食っている」と例えた。国債の償還分、社会保障の給付などを除いた事務費や事業費12兆円に大なたをふるうことが急がれる。
それなのに、政府が「行政改革の需要方針」で打ち出した特別会計の改革は、期待に遠く及ばなかった。
31の特別会計を5年間で半分から3分の1に減らすというのが、数合わせの色彩が濃い。たとえば、道路整備、治水、港湾整備など公共事業関連の5会計を一つにするのは、国土交通省の持ち駒を合わせたに過ぎない。これで無駄遣いが一掃できるのだろうか。
特別会計は、保険料や使い道を限定した「特定財源」を持つものが多く、設けられた経緯もまちまちだ。それぞれの性格を踏まえて、一般会計への統合、民営化、特別会計のスリム化といった策を進める必要がある。
特定財源を一般財源化したうえ、特別会計そのものは一般会計に吸収させる方向で検討したい。道路整備や電源開発の特別会計はその対象だろう。一般会計からの繰り入れが多い治水や港湾整備の会計も、一般会計に統合すべきだ。
また、自動車検査、地震再保険、貿易再保険などは、そもそも国が手がけるものなのか。峰以下を真剣に考えたい。
経済財政諮問会議の民間議員は13会計について撤退や民間への委託を提言し、財務省の審議会も一部の会計について「民営化や独立法人化」と明記していた。しかし、今回の方針に民営化は盛り込まれなかった。
特別会計を改革する方向は見えてきたが、それを具体化する整理合理化法案が国会に提出されるのは再来年のことだ。せっかくメスをいれることになったのだから、より大胆な整理統合案を練り上げて、「すき焼き」の宴を終わらせなければならない。
政治と金 透明度高める手立てを
元官房長官ら3議員が、耐震強度の偽装事件で家宅捜索を受けた3社から少なくても計650万円の政治献金を受けていた――。
昨年1年間の政治資金収支報告書をつぶさに調べると、政治と金の関係がおぼろげに浮かんではくる。
しかし、この制度は欠陥だらけだ。政治資金規正法は10月に改正されたばかりだが、いまなお「ザル法」である。改正の際に、透明度を高める手立てをめったく講じなかったからだ。
たとえば、政治家がいくら集めて、どう使ったかという資金の流れは見えにくいままだ。あえて不透明な制度を温存しているとしか言いようがない。
国民に示すべき収支報告書の姿は、はっきりしている。政治家の金の出し入れを一目で分かるようにすることだ。
まずは報告の方法から改めよう。
政治家が、政治資金管理団体のほか、企業献金の窓口になる政治支部、パーティー収支などが入る複数の政治団体を持ち、それを使い分けている。
ひとりで複数の政治支部を持つこともできるし、県境をまたいで活動する政治団体は総務省、それ以外は所在地の都道府県にばらばらに届ければ済む。
随分と身勝手な話である。国民が税金を浅める際には、副収入も一括して忠告するのが原則ではないか。政治家も一本化して報告するべきだ。
その際には、外部の監査や銀行の残高照会を添えることを義務付けたい。今秋、自民党の旧橋本派の政治団体で、15億円を越す繰越金が消えたことが確認された。長年の裏金処理のなれの果てと言うほかない。検査を徹底し、残高証明があれば起こり得ないことだった。
もう一つ提案がある。インターネットの活用だ。総務省や民主党などで部分的な開示は始まっている。さらに進め、ネット上で各議員の収支を比較できるシステムをつくるのが筋だろう。
総選挙に圧勝した自民党は、選挙運動へのネットの活用を検討している。政治資金の報告書でも知恵を出し、実践してもらいたい。
朝日新聞は、こうした改正案を繰り返し提唱してきた。しかし、自民党には慎重論が多い。「全国で8万を越す政治団体ずべてに厳格に適用するのは難しい」という理屈からだ。ならば、まず国会議員が率先したらいいではないか。
政治交付金をいう名の税金が政党に配られている。昨年の総額は316億円あまりで、受け取りを拒む共産党を除く各党の重要な資金源だ。自民党は約155億円と、党の収入の60%に近い。民主党は約118億円で、83%を超えていた。
政党が税金頼りになりがちな背景には、個人献金の伸び悩みをいう問題が横たわる。政治への信頼を回復する第一歩じゃ、政治と金の関係の透明度を上げることだ。それにより有権者との距離が近づき個人献金にも弾みがつけば、政党にとっては大きな力を得ることになる。
韓国ES疑惑 「対岸の火事」ではない
病気や事故で壊れた組織を、自分の細胞で作り直す、夢のような治療が実現するかもしれない。そんな期待を人々に抱かせ、世界の注目を一寸に集めてきた黄禹錫(ファンウソク)・ソウル大学教授の論文データーが捏造(ねつぞう)だった。
ソウル大学の調査チームが発表した中間報告に、韓国は大きな衝撃を受けている。黄教授はこの分野で世界の最先端を走る国民的英雄とされてきたからだ。
影響はそれにとどまらず、科学研究そのものへの信頼も揺るがしかねない。なぜこんな自体が起きたのか。さらに解明をすすめなけらばらならい。
黄教授は5月、胚性幹(ES)細胞11株をつくったと米科学誌サイエンスに発表した。心臓や筋肉など、何にでもなれる可能性を秘め、万能細胞とも呼ばれているものだ。
患者自身の細胞を使えば、拒絶反応の起きない臓器移植も夢ではない。再生医療という新しい治療法につながるとして各国が競っている研究分野だ。
黄教授の論文は、世界で始めて実際に患者の細胞を使い、しかもES細胞が非常に効率よくできたことを示す結果だったため、高い評価を受けた。
ところが、ソウル大の調査によると、9株分は他の2株のデータをもとにでっち上げたものだった。その2株についても、いわれる通りのES細胞かどうかは調査中という。その結果がどうであれ、この論文が信頼に足りず、科学史上に汚点を残したことは間違いない。
倫理面での問題も指摘されていた。ES細胞は卵子を壊してつくるため、日本も含めてその研究を厳しく規制している国が多い。ところが、黄教授は研究チームの女性から卵子の提供を受けたほか、金銭のやりとりもあった。
黄教授は昨年初めには今回の研究の先駆けとなる論文で、今年に入っても犬のクローン作りで「世界初」を連発。こうした業績から、韓国政府は「最高科学者第1号」に選び、破格の研究費を与えていた。皮肉なことに、こうした成果は今やすべての再調査の対象だ。
黄教授はなぜ捏造に走ったのか。共同研究者の主張との間に食い違いもあり、分からない部分は多い。政府から巨費を与えられ。国民から期待を寄せられたプレッシャーを指摘する声もある。
捏造問題は韓国だけの話ではない。それも政府の研究費が多くつぎ込まれているバイオの分野に目立つ。論文の取り下げが続き、日本の研究への信用が落ちたとさえいわれる。
いうまでもないが、科学は信頼の上に成り立つ。黄教授の問題を他山の石に、日本の科学界も、研究に不正を潜り込ませない対策を真剣に考える時期だ。
政府は今後5年間、科学技術の研究開発に25兆円を投じる方針を掲げた。財政が悪化するなかでも。未来への投資として例外的に認められた。この資金を正しく効率的に使うのは、科学者が国民に負う義務がある。
人口減少 悲観ばかりではない
増え続けてきた日本の人口を減り始めるという。いよいよ「人口減少社会」になる。
日本の人口は05年をピークを迎え、06年から減少に転じるとみられていた。しかし、少子化がいっそう進む一方、インフルエンザの流行などで死亡数が出生数を1万人上回ることになり、05年中に自然減になる見通しだ。
ついに来たかという衝撃がないわけではない。だが、慌てることもない。というのも、多くの県ではすでに人口が減り始めている。労働人口も一足先に減ってきた。それで目立った不都合がおきているわけではないからだ。
人口減は穏やかに進んでいく。いまの約1億2800万の人口は2050年には1億に、2100年には6400に半減する。その影響はボディーブローのように効いてくる。労働者が減り、経済が縮んでいく。
先の先を見越して、経済の変革を着実に進めなければならない。
労働者を広げるために、高齢者や女性がもっと働きやすいようにする。高齢者向けの商品開発など新しい市場を開拓する。経済の効率を高め、1人あたりの生産性を上げる。
年金や医療、介護など、現役世代が高齢世代を支援する社会保障の仕組みも、さらに改革する必要がある。少子化と高齢化が同時に進んで人口が減れば、制度は立ち行かなくなる。
少子化対策にいよいよ本腰を入れて取り組まなければならない。減少カーブを少しでもなだらかにして、人口減がもたらすさまざまな衝撃を緩和させたい。
1・29まで落ち込んだ出生率は回復できない、とあきらめるのは早すぎる。フランスの1・90は遠いが、スウェーデンや英国の1・71くらいまで盛り返せないものか。
政府の少子化対策は、すでにメニューは出そろっている。必要なのはもっとコストをかけることではないか。
社会保障費のうち、年金や介護など高齢者向けが70%を占めるのに、児童手当や保育所など子供向けは4%にすぎない。これでは少子化は止まらない。
若い世代が結婚して子供を生み産み育てたいと思える環境をつくるには、企業も積極的な役割が求められる。パートや派遣ばかりに走らず、正社員を増やし、安定した人生設計が立ちやすいようにしてもらいたい。
ただ、人口減少社会は悲観的なことばかりではあるまい。真の豊かさという観点から見れば、拡大一辺倒できた戦後日本の価値観を見直し、新しい生活のありようを探る好機をいえるかもしれない。
日本の人口が減っても東アジアの経済が繁栄すればどうなるのだろう。人やモノはますます国境を越えて移動する。一国だけの尺度で人口を考えてもどこまで意味があるのか疑問にも思えてくる。
豊かに熟していく。そんな道を考えていきたい。
