・「今」新生する
神は常に吾らに新しき日を与え給うているのである。
朝々が常にその人にとって「新生」なのである。
神は「今」新生する時、過去をもって責め給うことはないのである。
神が「今」を吾々に与え給うことを、神に対して感謝しようではありませんか?
過去に何があったであろうとも、それは既に過ぎ去ったのである。
「今」は一切の過去を変貌させる力を持っているのである。
「今」ここに自分生命に神に在しますことを自覚した時、それは自己の魂に灯されたのと同じことなのである。
過去の一切の悪も業も、闇と同じ存在に過ぎないのである。
闇は実在するかのように見えるけれども、それは「光の非存在」の仮の相であって、光さえ射し込ませれば消えるのである。
それと同じく、「今」自己の内に神が存在し給うことを本当に自覚する時、
過去に如何なる罪や因縁や業が有るかの如く見えていても、それは消えてしまうのである。