トイレ磨きは「心磨き」   鍵山秀三郎

 人間は汚い環境にいると心も荒れがちですが、きれいな環境にいると心も清まるのです。

 きれいな環境がいいと分かっていても、「人にやってもらったきれい」と「自分で掃除したきれい」とは根本的に違う物です。

 最初は未熟であっても自発的にやり続ければ、道具の使い方でも手順dも自ずから上達してくる物です。

 掃除に限らず、押しつけられて義務としてやる時は、人に教えられないと上達しないのです。そして、いかに上手く遣るかというのが、いかにして手を抜くかにつながりがちになり、「こんなものでしょう」という形式主義、便宜主義は人を堕落させてしまいます。これはいわば、管理社会の欠点です。

 トイレ掃除に意義としては
   1 謙虚な人になれる
   2 気づく人になれる
   3 感動の心を育む
   4 感謝の心が芽生える
   5 心を磨く

 大きな花火を上げるよりも「小さく初めて大きく育てる」

 「次もまた来て下さい」ではなく、「良かったらまた来て下さい」
 是は、自分さえよければ出はなく、貴方がよければ

 心を込めて人のためになる仕事に取り組む人が本当のエリートです。

 朝の落ち葉と掃いた後の落ち葉が、同じにしか見えないなら、その人は人の上に立つことは出来ないで しょう。