これまでの話はコチラ → Blue wings<1>



「いい仕事してるのね」
素で漏れたつぶやきを、岩崎は聞き逃さなかった。
「でもほら、安藤さんエリートなんでしょ?」
自分は答えたんだから答えてくれ。そんな心の声が聞こえそうなくらいだ。
「エリートとか言い過ぎ」
そんなんじゃない。あえて言えば、落ちこぼれなかったというその程度だ。
不機嫌そうな顔になった友絵に、友人たちがさざ波のように笑う。
「友絵、もう観念しなよ。どうせ隠し通せないでしょ」
「あんたたち、ほんと性格悪い…」
彼女らは気のいい奴らだし、好きだ。ただ、彼女たちには容赦がない。友絵が合コンの席で一人不利になろうが、いじれるところは突いてくるという性格の悪さ。
いや、自分もそんな友人らの性格はよくわかっているから、やはりこの場に参加した時点で敗北は決定していたようなものか。
「で? で、安藤さんはなんの仕事してるの?」
岩崎はもう聞くのが楽しみといった満面の笑顔だ。
その笑顔は、すぐに凍り付くことが友絵にはわかっている。何度も経験済みだ。
「…パイロット」
答えた声は明らかにボリュームが落ちた。岩崎の反応を見たくなくて、小さくうつむく。
「え?」
一瞬固まった岩崎が、すげぇ!と感嘆の声を上げた。
「女性パイロットって、一人か二人だったでしょ、確か! それが安藤さんのことなの!? うわ、マジすげぇじゃん!」
無邪気に驚いている岩崎に、友絵はますます仏頂面になる。
「なになに、ANA? JAL?」
「どっちも違う」
もう不機嫌を隠すこともなく、むっつりと低い声で答える。
「じゃあ、あれ? 格安航空?」
パイロットと言ったら民間機しか思いつけないのか、この男は。
「わたしは、公務員だと言ったはずだ」
自然と職業口調になる。仕事中は気が張るし、男性しか周りにいない状況でプライベートのような普通の態度は出せないし出したくもない。
「公務員でパイロット…? そんな仕事あったっけ?」
首を傾げた岩崎の隣で、岩崎の同僚だと言っていた男があっと小さく声を上げる。なんのパイロットかはともかく、友絵の仕事がなにか思い至ったのだろう。
じろりとその男をにらむと、それだけで彼はうつむいた。無理もない。
「友絵~、怖いからにらむのやめたげてよ~」
そんなことを可愛い声で言う友人へも容赦なくにらみをきかす。
誰のせいだこれは。
「公務員でパイロット…ごめん、わかんないや。降参」
岩崎はそう言って手を挙げる。
このまま答えないでおこうか。そう思ったが、同僚は友絵の仕事に気がついたから、どうせバレる。しかも、へんな憶測まで付く事は容易に想像がつく。
それなら、今回は完敗と割り切って言ってしまうか。そのかわり、ここから先は女子度ゼロの対応をさせてもらおう。
そんな投げやりな気持ちで口を開く。
「わたしは自衛官だ。航空自衛官」
一瞬にして岩崎の目が大きく見開かれる。
「細い身体してるようで、ほとんど筋肉よ、この子。喧嘩しても勝てないからね」
援護射撃なのか嫌がらせなのかそう付け加えた友人に、ますます開き直る。
職業柄もそうだが、性格としても出会いを求めたのが間違いだったのだ。
どうせなら自衛官じゃない人と、なんて。
「えーと、なにのパイロット? ヘリとか? 輸送機とか? まだ若いし、まさか政府専用機とかじゃないんでしょ?」
正に、恐る恐るという感じで訊いて来た岩崎にイライラする。
こいつ、嫌いかもしれない。
「どれも違う」
どれだけの努力をして今の自分があるのか。こいつらはちっともわからないだろう。
「じゃ、じゃあ…なんの…」
「F-2」
そう言って、青ざめた男子が半数、首を傾げた男子も半数。
岩崎は後者だ。
「バイパーゼロ…」
小さく漏れた声が誰のものかはわからなかった。しかし、男子で知っている者がいるのはおかしい事でもなんでもない。プラモデルなどが好きであれば知っている者もいるだろう。
「戦闘機だ」
言い切った友絵の声に、今度こそ男子全員の顔が凍り付いた。




つづく