ソイツはもう長い事暗くて狭い部屋に閉じ込められています。
動けないので太っていくばかり。
そんな自分の姿を感じるにつけ、ソイツはほとほと嫌気が差していました。
でも、どうすることもできません。

あ~ぁ、また太った…

毎日そうつぶやいてはため息ばかり。
どんどん醜くなっていく自分の姿が許せないのに、部屋が狭すぎてダイエットするにも運動もできません。

そんなソイツが心底羨ましいと思っているのが、隣の部屋です。
ソイツのいる部屋の高い場所に小さな空気穴が空いていて、そこからは隣の部屋の明かりとそこにいるアイツらの声が聞こえてくるのです。
穴からもれる白い光。どうやら隣の部屋はずいぶんと明るいようです。
そして、度々聞こえるキャッキャと笑って騒ぐ楽しそうな声。
しばらく楽しそうに騒いだ後アイツは部屋からいなくなり、またしばらくして別の奴が来て騒ぐ。そのくり返し。

随分、楽しそうだな。なんでだ?なんでアイツは明るい部屋で楽しそうにしているんだ??
こっちはこんなに暗くて狭くて楽しい事なんてひとつもないのに!!!
不公平じゃないか!!!


ソイツがそう思うのも無理はありません。
しかし、どうすることもできないのです。ソイツは閉じ込められているんですから。

自分だって、この部屋から出たいんだ。だけど、閉じ込められてる。出られない。
なのにあいつらは楽しそうな上に出入り自由。
不公平にも程がある。


出られないんだから仕方がない。そう思い込もうとしても聞こえる隣の楽しそうな声。
閉じ込められて出られず。
楽しみもない部屋。
誰も来ない部屋。
もしかしたら、自分がここに閉じ込められていることを誰も知らないんじゃないだろうか。
隣のアイツらも、もしかしたら知らないのかもしれない。
ソイツの胸に積年の思いが渦巻きます。

長い事耐えて来た。
仕方がないと思おうともした。
でも、できない。
誰か、ここから出してくれよ。
助けてくれよ。

俺はここにいるんだよぉー!!!

うわあぁぁぁぁ!!!
それはその部屋にソイツが閉じ込められてから初めての絶叫でした。
そして、絶叫しながら号泣したのです。
みっともなく頭を振り回し、壁を叩き、床を踏み鳴らして。
その声は隣の部屋にも響いたはずです。隣から楽しそうな声は聞こえてきませんでした。

泣いて泣いて泣いて、声が枯れるまで叫んで。
ソイツは力の限り騒ぎ、力尽きて床に座り込みました。
もう力も出ません。

その時になって、ソイツはやっと気がつきました。
あんなに太って醜くなっていた自分の身体が、見違えるようにスリムになっていることに。
身体が浮き上がるように軽くなっています。
否、浮き上がりました。
驚いて周りを見回すと、暗かった部屋が明るくなっています。
いえ、違います。部屋の壁がなくなっているのです。
ソイツはどんどん浮き上がり、上の方から下を眺めます。
すると、眼下には。
小さな暗い部屋が何個も見えます。その部屋の周りは全て明るい空間なのに。
その小さな暗い部屋には、ソイツと同じように太った奴や、普通の体型の奴や、様々な奴が見えます。
そして、驚いたのは、その部屋の外側の壁。
そこには、貼り紙がしてあるのです。

『誰にも会いたくないから入らないでくれ』
『苦労したことない奴とは仲良くなれないから側へ来ないでくれ』
『困難は自分の力で克服すべき。情け無用』

部屋によって言葉は違いますが、要は『入ってくるな』と書かれているのです。
衝撃でした。
小さな暗い部屋にいる者たちは皆、自ら望んでそこにいたのです。
そして自分も。
長い事我慢することを自分で選んでいたんだ…。
そして、その我慢を辞めたから部屋から出られた。そいうことなんだ…。

胸にあたたかいものが宿ります。
ソイツはそっと目を閉じました。
そして、溶けるように消えて行きました。安らかに。

ソイツの名前は、ネガティブといいました。
我慢することを辞めて、我慢せずに全てをぶちまけた彼はもうネガティブではいられなくなり溶けて宇宙へと還ります。
小さな暗い部屋の周りにいたポジティブたちが我慢せずに全てを出し、ポジティブでいられなくなったら還っていく、その同じ宇宙へ。
ソイツもアイツも、同じ場所から生まれてきて同じ場所へ還っていったのです…。



END