今日はぶらぶら街歩き。近くにはウランバートル最大のデパート「クミン・デパート」

正直、これがウランバートル最大?日本の田舎のイオンの方がまだ規模、品揃えの面で勝っているという感じ。




そして「Mobicom」

これは住友商事とKDDIが中心となり、モンゴルの現地企業と共々設立・運営している同国最大手の携帯電話事業会社だ。噂では、現在モンゴルの携帯電話の普及率はめちゃめちゃ高く、ゲルに住んでいる遊牧民族は馬に乗りながら携帯電話を使っているとか

一階と二階は、何百もの携帯が所狭しと並んでおり、修理のために何十もの修理工と何千もの携帯パーツがおかれている。


壮観な眺め(デジカメ撮影は拒否られた)




尺八持って世界一周


そして三階はパソコンやその他の周辺パーツが売られている。なぜかOSがXPばかりでVistaが一台もない。なんだ?この国は保護貿易でもやってんのか?モンゴルに保護しなきゃいけないIT産業なんてないのにねー…


そして最もよくわからないものがこれ 



尺八持って世界一周





尺八持って世界一周


写真を見てわかりますか?キーボードは中国製でCtrlキーが控制。Tabキーが制表ってなっているのにOSは英語。何なんでしょう?この国のパソコンは?






そのMobiComから200メートルぐらい「OKTA」

中はよくわからないんですが、何かテナントとして会社がたくさん入ったビルみたいな感じらしく、スーツを着た人しかいませんでした。


問題はその外観。



尺八持って世界一周




尺八持って世界一周


どこかで見た事のある日本のアニメキャラクター…意味がわかりません。


バックパッカーによくある話。インドでカレーを毎日食べていて、急に日本が恋しくなる。無性に味噌汁が飲みたくて、寿司が食べたくて。また、毎日英語ばかりしゃべっていると、急に日本が恋しくなり、日本語で思いっきりしゃべりたくなるて。


しかしこのとき私は、日本から4000キロも離れたこの国でスクール水着をきた女の子を見てなぜか日本が恋しくなりました

しかし、ちょうど女の子の手の位置にあるモンゴルの国旗が風に舞っていることが私を現実に引き戻しました。

 カロリーナ(Karoline)と話をし、気がつけばもう12時を回っていた。自分の部屋へと戻り西洋人の勉強熱心さに感動しながら、私は定位置の二段ベッドの上段へと床に就いた。しばらくし、まどろみの中にいると、ちょうど数人の西洋人がパブから帰ってくる音がした。そして話し声とともに、私の二段ベッドの下段に人が入ってきた。しかし。何かがおかしい。二つの声。男女の声がする。

ここで現在状況の確認

私の部屋はドミトリーで6人の男女混合の相部屋

ちなみに現在私を含め、彼らをのけて4人が静かに熟睡中

彼らは酔っ払っているが私はしらふ

 

 

そして、下からなにか「ひそひそとした会話」が聞こえてきた。まぁそのくらいならいいだろうと眠りに向かって歩いていると、そのうち「粘り気の高い液体が動く音」がしてくる。そして会話はなくなり「粘り気の高い液体が動く音」と共に女性の「押し殺したような声」が聞こえてくる。終いには、二段ベッド全体が「微妙に揺れ動き」だした。

 私の頭の中には二つの選択肢があった。

①まるで何事も聞こえないかのように寝たふりをする

②咳払いや水を飲むふりをして、それとなく「起きている人いますよ~」と主張する

「微妙に揺れ動き」「明らかな揺れ動き」になっていくに従い、さすがに①を維持するのも限界に来ていた。思い切って咳払いをするがてんで効果がない。下の二人は何かに熱中しているようだ。



その時

 爆音のいびきが聞こえ出した。うるさい。目では確認できないが音の発信源的には、禿げた西洋人のおじさんがいるところだ。あまりのうるささにどうやら下の二人も気づいた様だ。しかしうるさい。今度はこっちが気になっていく。何やかんやで私は眠りに落ちていった。

翌朝早くに、その下段の女性はツアーへと参加していった。残った私達は食堂で口々に昨日のことを語りだした。どうやら全員起きていたらしい。最後に食堂にやって来た、いびきおじさんも会話に加わった。彼いわく昨日のいびきはわざとだったらしい。しかしあまりにうるさかった。

全てのとは言わないが、西洋人が少し嫌いになった日だった。

 今日、20歳のデンマーク人の女の子カロリーナ(Karoline)と出会った。そしてその子の言葉に感動した。


 「私達の国は東京の人口の半分以下の500万人しかいない。必然的にデンマーク語だけでは経済も社会も成り立たない。だから私達のようなヨーロッパの小国はバイリンガル、トライアンガルになる。」と。


「日本は、人口1億2000万人という “そこそこなサイズ”の社会です。その社会にいる分には、日本語さえ分かれば “そこそこの生活”が成り立ってしまう。だから英語の重要さになかなか気づかない。これはものすごく怖いことだと思います。」

これは私が海外に出る際に読んだ本『村上式シンプル英語勉強法ー使える英語を、本気で身につける』の中の一説です。


全く同じ事をカロリーナは言っていた。彼女は高校生のころ南アフリカに留学して日常生活レベル以上なら五ヶ国語をしゃべれるそうだ。彼女の高校生のころの写真も見せてもらったが白人は彼女一人だった。


なんだか西洋人の熱心さに感動しちょっと西洋人が好きになった日だった。

今、私は「蒼き狼」の国「モンゴル」にいます。


どうやらこの国はあまり私を歓迎してくれないようです。しょぼんこの日の出来事を時系列でお送りしますドクロ


搭乗券に書いてあることは出発は7:45出発は9:45これだけ覚えておいてください



 以下時系列

00:00。徹夜作戦を決行し、ずっとホテルのパブリックルームに立てこもる

03:30。外へと出る。今日第一の試練。「雨」ドクロ

03:35。何とかタクシーを拾い、空港へ。道は快適。昼間の喧騒が嘘のよう。

04:00。窓ガラスが異様に曇る。タクシーの運転手がワイパーと洗浄水をこまめにかける。多分、北京上空の黄砂と酸性雨の化学物質が混じりあったもの。ありえない粘度。

04:35。出発の三時間前に北京国際空港に到着

04:40。空港広い。客がまばらなこの時間はさらに。

05:00。朝飯を探しに空港をうろつく。早すぎてどの店もやっていないドクロ

05:10。空港内で青島ビールをすきっ腹に流し込む。バカの極みドクロ

05:45。搭乗手続き開始。

07:00。搭乗口の待合席に座って、ゲートが開くのを待つ。

07:15。出発30分前。搭乗が可能になる。はず。

07:30。何も起こらない。辺りに不信感と不満感を感じる。

07:42。係りの人が紙を貼る。飛行機の遅延のお知らせ。出発は…10時間後の18:00。ドクロ

08:00。待合室に通される。ビール、ジュース飲み放題。

08:45。待合室を追い出される。意味不明。ドクロ

09:00。空港をたらいまわし。空港難民。トム・ハンクスばりのリアル「ターミナル」ドクロ

11:00。ホテルに連れて行かれる。軟禁状態。

11:30。ホテル側が急遽用意した、やっつけ仕事の食事。不味いドクロ

12:00。寝る。

17:00。ホテル出発。タダだと思って、部屋においてあった水を飲むと10元取られたドクロ

18:00。出発時間。なぜかまだ全員搭乗手続き中。

19:30。北京を出発。もうクレームを言う気力、考える気力もないドクロ

21:30。ウランバートル到着。

22:00。待合室で仲良くなった日本人の方にウランバートル市内に連れて行っていただくドキドキ

22:30。ホテルの場所がわからない。迷うドクロ

22:40。道すがらの家々に電気が点いていない。怖い。さすが元共産主義ドクロ


22:45。ホテルを探す。途中、マンホール・チルドレンの家、マンホールに落ちる。ドクロ

23:00。ホテル到着「UBゲストハウス」

23:10。食料を求めて外に出ようとすると、スタッフに死ぬほど夜のモンゴルの危険度を説教されるドクロ

23:20。空腹な私にマミー・ジョー(あだ名)が食べ物を分け与えてくれるドキドキ

24:00。疲れきったので泥のように眠る。

というわけで(1)何とか中国でビザを取る。 を選択した私は、北京にある外国人用出入国管理局に向かいました。地球の歩き方いわく、金と理由さえあれば何とかなりそうかお

ちょっと遠いところにある外国人用出入国管理局。公の場所なのにトイレにはもちろん紙がない。



ここで昔聞いた話。あるお医者さんが、東南アジアの公安当局員を怒らして、入国拒否の判を押されたそうな。その人は海外に行くと、事あるごとに空港で止められ、過去に有罪判決を下された人並みの扱いを毎回受けるそうな。


<この話の教訓>絶対に当局を怒らせない。下手に出る。笑顔を忘れずに




整理券を配られ、呼ばれた先にいたのは怖そうな男の人ガーン私はあらん限りの英語力で必死に話しました。すると公安の人が優しく言ってくれました


「アーホテルノ滞在証明書ガヒツヨウデスネー。」


日本語しゃべれるんかい。!!


日本語がかなり流暢なこのおじさんにホテルの滞在証明書が必要だといわれ、ホテルに滞在証明書

を取りに行く。正直しんどい


かなり時間がかかったけどなんとか滞在証明書をもって窓口に向かう。さっきの日本語のしゃべれるナイス・ガイ王冠2はどこかに行ったらしく、別の人が窓口にいた。その人いわく


「滞在証明書だけじゃなく、銀行の残高証明も必要なのよ。言われなかった?」




おっさんついでに言えやプンプン


つまり話をまとめると中国でビザを作るには以下の条件が必要であるということ


①なぜビザが必要なのかという正当な理由

②ホテルの滞在証明書

中国の銀行で新しい口座を作り(日本大使館と銀行でなんか書類を記入するというめんどくさい手続き)3000ドル(30万円)入れて口座の残高証明書を作らなければならない。



いや、普通に考えて③のハードル高すぎだからー



ここまで調べるのに、7時間。もう無理叫び結局モンゴル行きの2700元(約4万円)のチケットを買いました。(カードが使えないというおまけつきで)出発は明日の7:45。奇しくも今日の出発と同じむっ




万里の長城は秦の始皇帝が匈奴(モンゴル人)の進入を防ぐために作ったそうです。つまり、裏を返せばモンゴルへも侵入しにくいということ。どうやら私の前には明らかに長く険しい万里の長城が横たわっているようですメラメラ


でもなんとかなりそうニコニコ