借金返済ブログは笑えない

借金返済ブログは笑えない

借金返済が想像以上に凄い件について書いてみた。

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 まだ、会社に籍のあった僕は、早速契約へと向かいました。とりあえず免許証、印鑑を持っていきました。選んだのは無人契約機です。今思えば、やはりどこか後ろめたさがあったのでしょう。機械の前での契約は本当に簡単で、危機感など何処かへ飛んでしまい、寝酒のような安堵感を覚えました。

 幸い、一応会社員ということでお金を手にしました。最初は30万だったと記憶しています。しかし、このときぬかるみに片足取られていることに全く気がつきませんでした。

 療養中の僕は、食事もほとんど取らずに寝て過ごす(と、いっても不眠症で眠れませんでしたが)という毎日でした。通院もはじめ、薬も飲んでいたのですが症状が良くなることはありませんでした。

今はどうか分かりませんが、当時は本当に簡単にお金を借りることができました。

貯金もなかった僕は、消費者金融からお金を借りざるを得なくなりました。



ある日、実家に帰った際、父の車がないことに気がつきました。

「おとん、どっか出かけたん?」



母に聞くと、

「おとうさんなぁ、車売ってん。」



あれだけ若いころから憧れて、
ようやく手に入れた愛車を手放さざるを得なかったと聞いた時、
胸が張り裂けそうになりました。



僕が病気になり、日常生活が少しズレていったために、
裏で苦労してる現実があったのです・・・



「これ以上、お金で迷惑は掛けれない。」



その時そう誓ったのです。

しかし、うつ病だからといって、ただ横になっている訳にもいかず、
夜眠れないなら夜働けば良いと夜勤の仕事を始めました。

仕事の内容としては、工場での配送や鶏肉の加工など、そんな感じの仕事でした。


仕事はきつかったのですが、かなり良い額のお給料を貰うことが出来ました。

人々が寝てる時に仕事をバリバリしている、
そんな感覚も嫌いじゃなかったので、けっこうやりがいを持っていましたね。


さらに、動いていると何故か病気も治ったような気がして、
ほぼ毎日休み無く働きました。

それこそ週7日ぶっ通しという時もあったりして、労働環境としては
決していいとは言えないところでした。


そうして結果、手にしたのは病気の悪化でした。