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時間泥棒 Do something! versus Do nothing!

今日は何となく具合が悪かったので、家にずっといた。友人とのブランチを断り、日曜日のマーケットに買い出しに行ったり、薬を買いに行く気力も無く、床上の生活者であった。目が覚めているいる間は、集中して何もできないので、ネットを見るか悲観的なことばかりを考えてしまう。

ちょっと体調が持ち直してきて、本を読んだりすると、生産的なことをしている自分にやっと安心するものの、数時間経ってまた体調が悪くなり、ベッドの上で悲観的になる。僕はあまり病気をしないのであるが、一旦病気になると頭の中がマイナス思考になって、物事を悪い方へ悪い方へ考えてしう。入院もしたことはないし、自分が一週間以上入院することは想像できない。こういう時は粛々と時の流れを感じ、亡くなった祖母や将来先に逝ってしまうであろう両親のことに思いを巡らし、自分には何が出来るのかとふと考えてしまう。


Chelsea Boyベンジャミン・フランクリンの「時は金なり」に大きく影響されているアメリカ人はよく「時間の無駄」と言うので、「たまにはゆっくり何もしない日がある方が良い」と僕は彼らを嗜めている。「今日休んだことで明日への活力を得たでしょうって」その癖に、自分がいざ何もしないと何となく焦ってしまう。僕もミヒャエル・エンデがChelsea Boy「モモ」で表現した時間泥棒の餌食になっている。

毎日毎日が数値目標みたいな目に見える形で生産的になる必要はない。人が生産的になればなるほど、二酸化炭素を排出し、人間が住む地球環境には悪影響なのである。1日をproductiveにしないといけないというプレッシャーがあり、何もしない(人に話せるような活動)をしないと、何となく後ろめたさを感じるアメリカの影響を多大に受けている自分に驚愕した。