ぽすといっとのちょいとよそ見しながら気ままに歩く -10ページ目

ぽすといっとのちょいとよそ見しながら気ままに歩く

あっち行き、こっち行き、フラフラさまよってる

いちを女子なわたくしの中身を紹介

仕事がちょっと落ち着いたので、

まだ読みきってなかった好きなブログの過去のものを遡って読んでたら

面白くて一人でほくそ笑んでしまいました。



息抜きどころか、

2時間くらいみてた。



お陰でプラン決定しなかった。




週末地元にとんぼ返りしました。

彼岸だし。ジロの命日だし。



行きはガソリンのことも考え、


遠回りしてローカル線で帰ろうと乗り換えたところ


周りのおばちゃんの携帯がウィーンウィーン鳴り出し


結構揺れた。



おかげさまで、


電車止まる。



一時間待てど動かず、


親に連絡するも「動くかもしれないからもう少し待ってみて」


と言われる。


二時間待てど動かず、


さすがに迎えきてくれた。


20~30分かけて。






地元はあの出来事の影響はどれくらいなのか気になりましたが、

無事でした。



うちの塀は半分くらい倒れてしまったので

寂しい感じになってました。

屋根にもビニール。



ただみんな無事だっただけでありがたいこと。





そんな中、

部屋の片付けしてたらこんなの見つけました。

ぽすといっとのちょいとよそ見しながら気ままに歩く-Oekaki_0004.jpg

幼稚園の年長の時のもの。


20年以上前のものだから黄ばみまくってる。


懐かしい。


たけぐみのみんなの夢が詰まっています。






ぽすといっとのちょいとよそ見しながら気ままに歩く
↑私の幼稚園の時の夢はこれだったらしい。


思い返せば、「おみせ屋さんて何の店だよ」


ってじいちゃんに突っ込まれた記憶あり。


たぶん、駄菓子屋のことを言っているんだと思うが


記憶なし。




わたし、こんなラブリーな絵描いてたみたい。




女の子だったみたい。




幼馴染のやつとかも読み直して、


なんだかホッコリしたのでありました。






もう少ししたら帰ろう。








あれからあっという間だったような。

もう一週間か。




あの日は結局ブクロから歩いて帰りました。

タクシーも案の定捕まらず。


とりあえず新宿までは明治通りをひたすらまっすぐ。



結構な震度があった実家には連絡取れず、

携帯の充電もなくなる…

と思って

途中コンビニとかドラッグストアに寄るも

みんな考えることは同じなようで

携帯充電器はスッカラカンだった。



どうにか4時間で帰宅。

フラフラだった。




一回新宿から歩いたことあるから


地図も見ず迷わず帰ることができた。




何が起こるかわからない。




自分の家までの道は知っておくべきだと思ったよ。



家に帰り


部屋のドアをあけたらデカイ物体が転がってた。


友達から譲り受けたブラウン管のテレビデオ21型。


アンテナ線が中で切れてしまって修復不可能。


こんな日なのにテレビで現状も見れず。


ラジオで夜を過ごしました。


ラジオも友達に勧められて買っておいてよかったと思った。


何も情報網がなかったら余計に不安な夜だったに違いない。




無力な自分だけど、


何が出来るかって一番簡単なのは節電でしょうか。


電気もテレビもつけっぱで寝たり、


シャワーの水も出しっぱにしていた自分にはさよなら。



この出来事で、

普通だったベットに寝るということが


とてもありがたいことだと言うのが分かりました。



普通だった風呂に入るということが


とてもありがたいことだと言うのが分かりました。



日々大切に生きること。


忘れなれない日になったけど、


復興しまた一歩強い日本になってほしい。





東京の現状をみた神戸の友から送りものが。


欲しかったものばっか入ってて涙がでました。


テレパシー?
ぽすといっとのちょいとよそ見しながら気ままに歩く-Photo0471.jpg





わたしは無事です。

会社がボロビルすぎて、

これはヤバいと思いました。

サンシャインに避難した。



とりあえず、

タクシーで帰れと会社から2万円と

食料をいただいたのですが、

ブクロの駅は激混。

明治通りを歩いてますが、

結構みんな歩いてる。




「ちゃんと領収書もってこなかったら、歩いたとおもって怒るよ」

と言われましたが、

空車のタクシーもいないので

歩いてしまいそうです。