青い男の手からすべり落ちた赤いグラスは、グシャリと音をたてて割れた。
ただ地面に落ちただけなのに、そのグラスは砕け散った。
グラスの破片が男の身体に傷をつけ、青い男の身体から黒い血が出てきた。
青い男は、割れた赤いグラスのように、自分の血液は赤いと思っていた。
男はグラスが割れたことよりも、自分の血が赤くないことにひどく悲しんでいた。
赤いグラスは青い男のお気に入りだったのに・・・
『ある晴れた日』 - 赤いグラス
彼女は死ぬ・・・そう言った。
その言葉を言った時の彼女の目には、俺の姿は映ってなかった。
彼女はこれから死ぬ・・・と、彼女自身に言い聞かせているようだった。
その言葉の意味を理解しているつもりだったが、実際に『死』という言葉を耳の中につきつけられて、俺の心はその言葉を理解しなかった。
「お前・・・何言ってんだよ!!」
そう言い、俺は彼女に近寄って行った。
俺の言葉が聞こえなかったのか、彼女は何も答えなかった。
俺が彼女のすぐそばに近寄っても、彼女は相変わらず心を失った瞳で、橋の下を見ているだけだった。
もし俺が佐伯亮のように体を鍛えておけば、このまま強引にでも彼女の体を手すりのこちら側まで持ち上げて飛び降りるのをくい止めれるであろう。
だが、俺は彼のように体を鍛えてはいなかった。
そう、俺は非力だ。
このままでは彼女を助けることができないと思い、自分も橋の手すりを乗り越えて、向こう側に行った。
すると彼女はこちらを見て、
「ここから落ちれば死ねるよね?」
そう尋ねてきた。
その時の彼女の瞳は心がない瞳ではあったが、俺の姿がしっかりと映っていた。
そう、俺の口から、「ここから落ちたら死ねる。」という言葉が出てくるのを懇願している。
見ず知らずの、通りすがりの、この俺の口から、「死ねる。」という言葉を待っている。
そんな瞳をしていた。
寒気がした。
どうしてそんな瞳ができるのだろうか?
俺は彼女の瞳から目が離せなかった。
目を離した瞬間、彼女が橋から飛び降りてしまいそうだった。
しかし、それ以上に、彼女の瞳は綺麗だった。
死を望む者の瞳はここまで綺麗なのか・・・
それともこれは決意の表れからくる力なのか・・・
俺は彼女の瞳から目が離せなかった。
「ねえ?死ねるよね?答えてよ。」
俺は彼女の瞳に吸い込まれた・・・
「ああ・・・死ねる。」
まるで魅せられたように、俺は死ねると言ってしまった。
「ありがとう。」
そう言って彼女はまた橋の下の方を見た。
俺は・・・
俺は何をしているんだ!?
俺は何を言ってるんだ!?
彼女を助けるんじゃなかったのか!?
自分に罵声をあびせながら、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
すると彼女はまた俺を見て、今度は「何で?」という瞳をしていた。
「何でって・・・人が目の前で死のうとしているのに、助けないわけにはいかないだろう!!」
そう言って彼女の腕を思いっきり引っ張って自殺を食い止めようとした。
俺はその引っ張った腕を見て体が震えた。
右手の手首に無数の切り傷があったからだ。
よくみると左手の手首にも同様に無数の切り傷があった・・・
手首に目を奪われて呆然としている俺に、彼女が倒れこんできた。
俺があまりにも強く引っ張ったから、彼女がバランスを崩し俺がいる方に倒れてきたのだ。
呆然としていた俺は、彼女を支えることができず、
落ちた。
まず俺が橋から落ちていき、それに釣られるように彼女も落ちていった。
一瞬だった。
ドンッ、と鈍い音がしたと思ったら、俺の上に彼女が落ちてきて・・・
目の前が暗くなった。
自分は死ぬ。
そう思った。
死ぬことはこんなにも簡単だったのか・・・
