生きづらさからの開放〜パラレルキャリアへの道〜

生きづらさからの開放〜パラレルキャリアへの道〜

アラフォーママ♪5歳の1人娘を育てています。

生きづらさを抱えていた10年前、自ら起業家さんに会いにいき、とことん自己改革!徐々に生きづらさから開放されていきました。その後の変化を綴っています。

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またまた間が空いてしまいました。その間にいいね♡が100超えていて、びっくり。


こんなにも読んでくれている人がいていいね!!付けてくれている人もいることに感動しています。ありがとうございます。


片意地はって生きていた約9年前。私は無事保育士資格も取り終え、長く勤められそうな保育園を受験することに。地元から通えるのが1番の理想だったのだけれど、現実は甘くなく…。田舎は採用自体がとても少ない。私が考えていたところはその年募集すらない。その時の私は起業の起の字も知らないし、28歳ぐらいだったけれど、結婚より仕事!!っていう頭だったから、長く勤められそうってことが重視で隣の東京も視野に入れていくつか受験。東京だと年齢幅も上がるし、受かりやすくて2つに受かる。迷った結果、地元に近い方を選択したのでした。正直、すごい嬉しかったわけではなく、あくまで自立するため。家族が好きなのに、あえて地元を離れて自立することを選択。どれだけ自分に厳しいのか分からないけれど、その時はそれが最善だと信じていました‥‥。


29歳のときに再び東京に出て一人暮らし。慣れない仕事と女性だらけの職場で人間関係があまり得意でない私は時に失敗して上司に怒られたり、時に泣いたり。相変わらず波乱万丈な人生を送っていました。この時に人間関係が苦手だったのは自分のことが嫌いだったからで自己肯定感もめちゃめちゃ低かったから。相手に言われたことを歪んで解釈したり、被害妄想ちっくになったりとにかくメンタルが弱い。保育の仕事ってメンタルが強くないとなかなか大変で。


いつまで気力・体力もつのか分からなぃなぁって思うこともしばしば。


そんな中、もうすぐ30歳だしと結婚も意識し、仕事をしながらも週末は婚活パーティーに出たり、ネットでも出逢いを探す日々。


今思えばあの状態で婚活したって良い人と出逢えるわけがないのに、とりあえず年齢の焦りからの婚活。


結果、自分の上手くいかなさに気づけたのはすごく好きな人に出逢えたことなんですけれども。


またこれ、ものすご〜〜くこじらせた人を好きになり、報われない恋に時間をとられ、数年が経つことになっていきます。


人間こじらせるとなかなか一人では気付けないっていうのは本当だと思います。


つづく‥‥‥。