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本作は、未婚の少女が予想外の妊娠をするという、扱い方によっては深刻になりがちなテーマながら、
前向きで親しみやすい主人公ジュノのキャラクターと繰り広げられる軽快なストーリー展開が印象的で、
明るい作品になっていますね。

ジュノ(エレン・ペイジ)はアメリカ中西部のとある町に住む16歳の女子高校生。

ドラッグストアのトイレで3度使用した妊娠検査薬で、自分の妊娠を知った彼女は、興味本位から同じ高校に通うポーリー(マイケル・セラ)と一度だけ関係を持ったことがあった。

ポーリーと親友のリア(オリヴィア・サールビー)に妊娠の事実と「中絶するつもり」と打ち明けたジュノは、中絶の手続きをするためにクリニックを訪れたが、クリニックの前ではプラカードを持ち、中絶反対を呼びかける同級生のスー・チン(ヴァレリー・ティアン)の姿を見かけた。彼女は中絶をやめて子供を産む決心をし、子供を自分で育てずに里子に出そうと考えた。

ジュノとリアは、フリーペーパーで、高級住宅街に住む若い夫婦が里親になることを希望している広告を見つけた。その後、自分の妊娠を父のマック(J・K・シモンズ)と、継母のブレン(アリソン・ジャネイ)に打ち明けた彼女を、両親がバックアップしてくれることになった。

ジュノと父親は、里親を希望している二人に会いに行き、ヴァネッサ(ジェニファー・ガーナー)とマーク(ジェイソン・ベイトマン)の夫婦と、生まれてくる子供を養子に出す契約をした。


この作品について、以下に3つのポイントから綴りたいと思います。

監督、脚本について

ジェイソン・ライトマン監督はカナダ出身で、昨年30歳になったばかりです。
長編映画デビュー作『サンキュー・フォー・スモーキング』(2006年)に続く本作は、今年(2008年)
のアカデミー賞作品賞と監督賞で、それぞれにノミネート作品となりました。

コメディタッチの作品における演出のうまさは、やはり父親譲りなのでしょうか。
彼の父親、アイヴァン・ライトマンは、1984年に大ヒットした『ゴーストバスターズ』や、昨年(2007年)
公開の『Gガール 破壊的な彼女』などを撮影したことで知られている映画監督です。

脚本のディアブロ・コディは、プロデューサーのメイソン・ノヴィックによって見いだされました。
本作で、その才能を世に認められた彼女は、過去にストリッパーをしていた経験があるという異色の
キャリアを持つ現在29歳の女性です。本作品の日本公開日となる2008年6月14日は、彼女にとっては
30歳の誕生日でもあります。

たまたまインターネットでコディのブログを見つけたノヴィックは、彼女の自叙伝出版に協力し、
その映画化に際して、スタジオ向けにサンプルの脚本を依頼したそうです。

コディは、高校時代の親友の実話などをベースに初めて執筆した映画『JUNO/ジュノ』の脚本で、
今年(2008年)のアカデミー賞脚本賞を受賞しました。

主要キャストについて

エレン・ペイジにとって、ジュノの役は、まさに当たり役でしたね。
彼女は監督と同様、カナダ出身です。表現力が豊かな彼女は、本作の演技でアカデミー主演女優賞に
ノミネートされました。今年21歳という実年齢より幼く見えますが、今や若手でも、実力派女優の一人
ですね。

10歳から子役として活躍していたペイジは、17歳の時に14歳の少女役を演じた『ハードキャンディ』
(2005年)で注目されました。そうそう、『JUNO/ジュノ』のシーンでも、『ハードキャンディ』のポスター
の「赤ずきんちゃん」を連想させる赤いフード付の服を着た彼女の後ろ姿を見ることができます。
来年(2009年)、彼女には、女優ドリュー・バリモアが初監督を務める作品への出演の予定もあり、
更なる今後の活躍が楽しみです。

ジュノのボーイフレンド、ポーリーを演じたマイケル・セラも、やはりカナダ出身。
子役からキャリアを積んできたセラの演技はリアリティがあり、なかなか良かったです。

作品の特徴

低予算で製作された本作は、2007年12月、たった7館だけの公開開始後、口コミによって評判を呼び、
2008年1月には2400館以上での上映になりました。2月に入ると、ついに全米で1億ドルを超える
興行収入(2月3日時点で1億980万ドル)を記録し、現在では全世界で2億ドルを超える大ヒット作と
なりました。

本作は、2008年のアカデミー賞作品賞ノミネート作の中ではダントツに多い興行収入です。
ちなみに2008年2月3日時点での全米興行収入は、『ノーカントリー』が5,510万ドル、『フィクサー』
が4,410万ドル、『つぐない』が4,210万ドル、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』が2,100ドルでした。

どちらかと言えば重いストーリー展開の各作品の中、親しみが持てるジュノを主人公とした軽妙な
ストーリー展開の本作が、多くの観客から支持を得た結果とも言えるでしょうね。

各シーンにマッチしたサウンドトラックも大ヒットとなり、2008年2月9日付、全米ビルボードの最新
アルバムチャート「The Billboard 200#1 This Week」ではトップの座を獲得しました。
映画のサントラが1位になったのは、昨年の『ドリーム・ガールズ』以降では初めてのこと。

本作を配給した「フォックス・サーチライト」は、やはり低予算で製作され、少ない上映館での公開
からヒット作となったコメディ作品『リトル・ミス・サンシャイン』を世に出した会社です。
同社の配給作は、2年連続でアカデミー賞脚本賞受賞の快挙となりました。


本作の大きな魅力は、何と言っても、ジュノのありのままの姿だと言えますね。

試写会での鑑賞中、観客の爆笑が起こったシーンはありませんでしたが、他人の評判や目を気に
しないジュノのユニークな言動が面白く、ところどころのシーンでクスクスと笑いが広がりました。
ほのぼのとしたコメディ作品ですね。

予想外の妊娠をしたジュノは、周囲の人々に見守られながら、出産に向けての日々を、自分らしく
行動的に過ごします。

皮肉っぽい口調を交えながら、誰に対しても気さくに話しかけ、いつも自分の気持ちに素直で、
ユニークな少女の姿は、観客それぞれの目にどのように映るのでしょうか。

冒頭で手にしていた大きなポリタンク入りのドリンク(3.78リットルらしい)、いかにも使いにくそうな
バーガー型の電話機などの小物や、77年のパンクロックやスプラッター映画のファンだったりする
ところなどに、風変わりな彼女のキャラクターが良く表れていて、結構笑えます。

ジュノは、時折、繊細な一面を見せる時がありましたが、いつまでも落ち込んでいることはありません。
賢い彼女は、気持ちの切り替えが早く、前向きな性格です。


ポーリーは、ジュノとは対照的に口数が少ない少年。
当初、ボーっとしていて、どこかオタクっぽい、冴えないイメージがありましたが、しだいに頼もしさが
感じられる若者になっていきました。


若い二人が成長していく姿と共に、様々な反応を示す周囲の人々の様子も活き活きと描かれていました。
ジュノを取巻く友人や家族、養子縁組を希望する夫婦といった人々は、誰もがそれぞれに個性豊かで、
それぞれに理解しやすいキャラクターでした。

里親になることを望む夫婦は、女性が母親になることに対して現実的で、男性が大人になり切れずに
夢を追いかけているところがあり、対照的なキャラクターでしたね。観ていて「母性本能」という言葉が
心の中をよぎりました。


ストーリーは、単に面白いだけにとどまらず、考えさせられるところもありました。

ジュノのように、未婚での出産を決意する少女にとって、心と身体への負担は大きく、とまどいや悩み
も尽きないことでしょう。人々から好奇の目で見られることもあるでしょうし、未婚での妊娠・出産を
あまり心良く思わない人々も少なくはないでしょう。その点、ジュノは、両親や友人など、周囲の人々
からの理解があったことは幸いでした。

未婚で妊娠しても、出産を望まず中絶手術を受けたり、生まれてくる子供を様々な事情から育てること
が困難だったりする女性が辛い立場に置かれる一方で、子供がほしくても子供ができないために悩んで
いる夫婦が存在するのも、紛れもなく今日のアメリカ社会の現実です。

本作のストーリーには、今日のアメリカにおいて、どちらの境遇にある人々の思いにも応えるように、
里親制度が一般的になっていることがうかがわせるものがありました。

やはり今年観た映画なのですが、昨年のカンヌ国際映画際、パルムドール(最高賞)受賞作となった、
共産政権時代のルーマニアでの未婚少女の妊娠を扱った作品、『4ヶ月、3週と2日』がありましたが、
映画のストーリーながら、時代や社会の体制によって、未婚の少女の妊娠を取り巻く環境が、こう
も違うものか…とつくづく思い知らされました。

本作には、人々の多様な生き方、考え方、そして、生まれてくる子供の人権が尊重されるアメリカ社会
の懐の深さも感じられます。「赤ちゃんポスト」や「代理母」を巡る出来事がニュースになる日本に
比べると、アメリカは養子縁組や里親制度に対する社会の理解がありますね。

アメリカと日本では、未婚での出産に対する受けとめ方や、養子縁組に対する考え方、社会の取り組み
にも隔たりがあるので、自分の子供を里子に出そうとする彼女の考えは、日本の観客にとっては、
アメリカの観客のような共感は呼びにくい面があるように思えます。

ともすると、本作は、ジュノの考えや行動を理解できるかどうかについて、観客に問うというストーリー
として捉えられてしまう可能性があるような気がしますが、むしろ、現実には深刻な問題ともなりうる
十代の未婚女性の妊娠について、観客に考えさせるという問題提起的な色合いがあるストーリーとも
言えますね。


ジュノは、たとえ血のつながりのない母と子、家族であっても、きっとうまくやっていけるということ
を実感していたのでしょうし、信じていたのでしょう。彼女の決心には、彼女自身が、実父とともに
継母からも深く愛され、理解されていたことが、大きな影響を与えていたに違いありません。

とは言え、ラストのシーンを観ていると、どこか切なく、複雑な思いが心をよぎりました…。


春から初夏に変わる頃、出産を迎えるジュノ。彼女の出産は、6月という設定でしょうか。

作品の中で、ジュノ自身が触れていることですが、彼女の「JUNO/ジュノ」という名前は、ギリシャ
神話の「ゼウスの妻」の名前にちなんで名付けられたものだといいます。

古代神話でのジュノは、結婚と出産の女神で、英語の6月、「JUNE」の語源でもあります。
「JUNO」という主人公の名前が、結婚や出産について、考えさせる本作を象徴しているタイトルにも
なっていて興味深いです。


ジュノの決心や行動には、母親になること、母親であることの意味など、作品を観る人それぞれに
考えさせられるものがあるでしょう。

明るい内容で笑いを誘いながら、観客には静かに様々なことを考えさせ、自分と他人をありのままに
受け入れること、人への思いやりを持つことの大切さをも伝えてくれる作品でした。