『袖振り合うも多生の縁』





今日たまたま食堂で近くに座っていた人

電車で隣にいた人

一緒のプロジェクトで働いてる人

家族や友だち




縁の密度の差はあれど、
こんなにたくさんの人が生きてる世界ですれ違いが発生することすら何かしらの縁があるんだろうなとふと思った。


そしてそれを表す言葉が既にあるのは、
『縁』を感じる瞬間が昔の人にもたくさんあったんだろうなぁ。


むしろ当たり前に会えないことばかりの昔の方が縁を感じるよね。


当たり前ばかりを見ていたら感じられない色んな縁。
感じるには今見ているものの辿ってきた道を思うこと。



と、最近久しぶりに感謝ワークをして思いました。