選択的夫婦別姓が政治の争点のひとつになるっていうのが良くわかりませんが。

今だって通称で別姓にしてる人たくさんいるんだし、

別にどっちだっていいんじゃないかって思います。

 

お父さんが鈴木さんででお母さんが佐藤さん。

子供は第一子が鈴木さんで第二子が佐藤さん。

そんなに大問題とは思わないのは私だけでしょうか。

佐藤チームと鈴木チームで家族が分断しちゃったら困るけど。

 

夫婦別姓は家族制度の崩壊なんて言われてますが

今、実質崩壊してますよね?上流階級以外は。

 

だから、我々下々は家のない風来坊でいいんじゃないですか。

やんごとなき家柄の方々だけ「家」を持てるという。

階級社会に逆戻ればいいと思います。

 

よろしいですか。

かつての名家は、今現在でもご当主を立ててしっかり継承されてます。

例えば徳川家。

徳川宗家の現当主(19代/2023~)はかつての会津藩主松平容保の男系の子孫です。

あの、戊辰戦争で殲滅された会津藩の藩主の末裔です。

 

江戸幕府初代将軍徳川家康の男子は以下の通り。

一男 信康 信長の圧力により21歳で切腹。

二男 秀康 秀吉の養子に入り下総結城氏の跡目を相続し結城姓を名乗る。

      のちに松平姓を許可される⇒越前松平家

三男 秀忠 徳川宗家(二代将軍)ー家光(三代将軍)

                L保科正之⇛会津松平家

四男 忠吉 東条松平家を相続。のちに東条松平家は途絶。

五男 信吉 武田姓を名乗り21歳で没。

六男 忠輝 長沢松平家を継ぐも改易に処されて追放。

七男 松千代 6歳で没。

八男 千千代 6歳で没

九男 義直⇛尾張徳川家(御三家)

十男 頼宣⇛紀伊徳川家(御三家)

末男 頼房⇛水戸徳川家(御三家)

徳川宗家は後継者がいない場合、徳川御三家から養子を取って男系を継承していたそうです。

 

会津松平家の祖、保科正之は二代将軍秀忠の子であり、三代将軍家光の弟。

二代将軍の直系男子ですが庶子(正室の子ではない)ため、高遠藩保科家のもとで育ちました。

のちに三代将軍となった兄である家光に見出され、

会津藩主を拝命し家光の補佐役として腕を振るいますが、

保科家に義理を立てて生涯松平姓は名乗りませんでした。

家光にはもうひとり忠長という弟がいたのですが、素行が悪く、のちに家光によって改易され断絶。

家光にとって正之はたった一人の男兄弟ということで、幕政の上でも頼みにしていたといいます。

正之以降、会津松平家は代々徳川宗家を下支えしてきた家柄です。

 

幕末の会津松平家9代当主、京都守護職に就いた松平容保は、

尾張徳川家の傍系である美濃国高須藩10代松平義建の6男から会津松平家に養子に入りました。

養子といっても同じ松平家の縁戚です。

維新後容保は一時青森の斗南藩に移封されますが、のちに徳川家康が祀られている日光東照宮の宮司を務めます。

その後会津松平家は現在の14代松平保久まで続いています。

 

現在の徳川宗家当主の父、18代当主は、松平容保の孫(松平一郎)と、徳川宗家17代の長女(徳川豊子)の間の子(松平恒孝)を徳川宗家に養子として迎えたものです。

つまり、18第当主は容保の男系の曾孫だというわけです。

容保が尾張系の出だったことから、尾張徳川家も「現宗家当主は尾張徳川の血を引くもの」と言ってます。

なんだかもうこの辺になってくると系譜も複雑に絡み合ってきて、

書いてるうちにこんがらがってきました。

しかしどんなに複雑でも、しっかり男系の血脈だけは守ってるのがすごい。

っていうか、男系の血脈を守らんとするがために系譜がぐちゃぐちゃに絡んでくるんでしょうね。

ちなみに松平一郎の妹は秩父宮妃勢津子です。

勢津子は皇室に嫁ぐときに、会津松平家12代当主保雄の娘として入籍しています。

やっぱり分家の娘より宗家の娘の方が泊がつくってことでしょうか。

 

このように、名家に生まれた人というのは、

家名を継承し後世に残すために我が命があるってことを知っているわけです。

自分の代で家を絶やすわけにはいかないから、

傍系の男系男子を養子に取って家と血脈を残すのです。

 

「家なんかどーだっていいぜ!」とか「アホくさい」と言ってしまえるのは、

一般庶民の淀みに浮かぶうたかただからこそ言えることなのです。

なんとしがらみのない、軽やかな身分でしょう。

だから。

残すべき家のない一般庶民は、夫婦別姓で良いと思うのです。

 

しかし徳川家でさえこうなのに、

2千年続くと言われている天皇家一族がこの血脈を途絶えさせるわけがない。

宮家の廃止で還俗したあとも旧宮家は今でもちゃんと存在するし、

徳川家一家一門のように結束して血脈を守っている。

はっきりとした出自の男系の継承者もたくさんいます。

そして、女の子しかいない場合はその傍系の男系男子を養子に入れて家を継承する。

そんなん当たり前やん。

徳川家の娘さんだってできるのに、

愛子様ともあろうお方が、正当な天皇の血を継ぐ男子と結婚できないはずがなかろう。

それは喜んでそうすると思うけどね。

皇室の女子がみんな眞子や佳子様みたいだとは思わない方が良い。

アメリカに宮家ダメって言われたからって皇位継承者がいない!なんて言ってる方がなんぼか陰謀だと思うけど。

 

天皇家と徳川家だけじゃなく、藤原家にしろ織田家にしろ明智家にしろ

あらゆる名家の家名は今でも基本男系で継承してるのです。

どこの馬の骨のような庶民が名家の真似して「鈴木家を嗣げ」とか言うのがおかしいんであって

我々庶民は家なんか継がなくていいのですよ。

逆に、名家に庶民の考えを当てはめて「現代的じゃない」なんて言うのも至極横暴な話だと私は思うのです。

 

結論

・庶民は選択的な夫婦別姓で別にいいんじゃない?

・天皇家は旧宮家から養子を取っても男系を維持するに賛成。

いや、我々一般庶民が(政治家も含みます)天皇家に対して男系だ女系だと口を出すのがそもそもおこがましい。