皆さま、こんにちは口笛

本日もサラのブログへお越し頂きありがとうございますお願い私は、日本とオーストラリア両国で歯科衛生士の資格を持ち、現在はオーストラリアで歯科衛生士として働いてますニコニコ

オーストラリアで歯科衛生士として働くべく、
36歳で学生に舞い戻ったサラですアセアセ

前回迄のお話はこちらからどうぞ💁‍♀️



一緒に合格した4人の中で私が年長者でしたが、3人は30代、1人が20代でした。




オーストラリアでは(多分大抵の欧米諸国では)、社会人入学をする方が多いので、アラフォーでも特に目立つという事は無く、居心地はよかったです。特に私が通った衛生士学校は、私の合格したaccelerated programでない生徒達も海外の歯科医師の方々が、オーストラリアで歯科衛生士になる為に通われている方が多かったので、平均年齢は高めだったと思います。



16年アセアセぶりの学生生活が始まった訳ですが、私達accelerated program の生徒達は既存の学生の最終学年に突然放り込まれた訳ですガーンガーンガーン

その上、自分の国から移行できなかった(入学テストで合格しなかった)足りていない科目を

エクストラで受講しなければなりませんでしたので、accelerated program の私達4人は、かなり忙しい1年を送る事となりましたえーん




私は英語圏でフォーマルな教育を受けた事がなく、日本で勉強していたのも16年前という事で、レポートの書き方さえ全くもって解らず、クラスメートに書き方を教わりながら、悪戦苦闘して学生生活を過ごしましたゲッソリ



ダーリンとは遠距離だし、ダーリンはフルタイムで働いている上に大学院の勉強もあったので、1人で頑張るしかありませんでした笑い泣き




実習が始まってしまえば、技術的には経験があるので少しは落ち着いて授業を受けられたのですが、患者さんとの会話やチューターや歯科医師とのやり取りにはいつも冷や汗をかきながら対応していました💦




アカデミックの方は、毎回の授業が戦いでした。英語での授業、しかも医療の特別な単語が飛び交う中で、一言も聞き逃してはならぬと、一教科終わる頃にはグッタリしていましたゲホゲホ



テストはというと、日本よりも圧倒的に記述式(選択問題でなく自分の意見を求められる)問題が多かったのと、私の通っていた学校は100%の正答率でないと合格とならなかったので、本当に厳しいものでした。追試は1回まで受けられましたが、それに落ちてしまったらもう1年リピートしなければいけませんでした。ですので、卒業せずに脱落していく人がとても多いです。これはうちの学校だけではなく、他大学はテストの正答率は100%は問われませんが、やはり学業と実習がとても厳しいので、どの衛生士学校も卒業迄に半数は辞めていくそうです。こちらの衛生士学校は日本と違い募集人数がとても少ないので、1学年2-30人の学校が多く、その中で無事に卒業していくのは半分かそれより少ない学校が多数です。




オーストラリアで歯科衛生士になるには国家試験は必要ないのですが、学校を卒業するのは簡単ではないです。また、国家試験はないといえど、卒業に際しては外部試験官が卒業論文(プレゼン)を聴講しに来て、それに対して口頭試験もあります。




長くなりましたので、続きは次回に音譜

本日もサラのブログへお越し頂きありがとうございました照れ

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合格発表を受け、オーストラリのクイーンズランド州からサウスオーストラリア州へお引越しをしました。ダーリンと離れ離れの生活の始まりですえーん



車で2000キロの距離を南下した私、これから住むシェアハウスが見つかるまではAirbnbをする事に決めていました。物件を何ヶ所か内覧して、学校のすぐ近くにシェアハウスを見つける事ができましたニコニコ とても綺麗なお家キラキラで、住人はマレーシア人兄弟でした。彼らは歯学部の学生でもあったので、お勉強を教えて貰う事できるかもルンルンという期待と人柄の良さから即決でした。




いざ学校の初日を迎え、指定された場所へ向かいました。


集まったのは4人!


なんと合格者は4人だけだったようですガーン
あんなにテストに自信なかったけど、何かの間違いで良い点を取れていたのか?!



理解に悩みましたが、自分の運命を受け入れて頑張るしかないと、気持ちを奮い立たせましたピリピリ
以前にもお話ししましたが、私が受験したコースは、不定期に開催される、海外で歯科医師か歯科衛生士の資格を既に取得している人が入れるaccelerated program というもので、合格者は、一年生から正規に勉強を始めている学生達のの最終学年のクラスに入るというものでした。



一緒に合格した仲間は

南アフリカ人の歯科衛生士
(南アフリカでは英語での教育を受けてきたいます。しかも彼女は南アフリカの大学を首席で卒業し、幾つもの賞を受賞している超優秀な女の子)

アメリカ人の歯科衛生士
(全て英語での教育を受けてきたいます)

エジプト人の歯科医師
(彼女は幼少期からインターナショナルスクールへ通い、学業は全て英語で勉強してきました。)



という、みんな英語圏から来ている逸材ばかり!
本当にほんとうに、どうして自分が合格したのか今でもわかりませんアセアセ


この3人とは入学試験の際に面識があったので、皆んなで合格を喜びあいました💮


後で聞いた話ですが、この3人とも、以前にオーストラリアの免許書き換えの試験を受けた様です。
書類審査でそれより先に進めなかったという子と、試験までたどり着いたけれど、何度か試験に落ちてしまったので、この学校の入学試験を受けたと話ていました。みんな歯科の事を英語で勉強してきているし、学校からの書類も英語で完璧に揃っているのに受からないオーストラリアの免許書き換えのテストって、恐ろしや〜ですよ魂


オーストラリアで学校へ行った事のない英語もろくにできない私が、歯科衛生士学校の最終学年に放り込まれるという荒業など、波瀾万丈な学校生活の内容は次回からのお話で書きますね流れ星

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さて、前回の続きです。
前回のお話はこちらをどうぞ💁‍♀️



学校からの合格通知を受け取ったのが7月

、入学は同年の10月でした。


当時(現在も)私が住んでいたのはクイーンズランド州、学校があるのは南オーストラリア州でした。

距離にして



2000kmポーン



2000kmってどの位の距離なの?!って思われる方も多いと思いますが、

北海道から九州

の距離です滝汗滝汗滝汗




とても通える距離ではないので、今後どうしていくかをダーリンと話し合いました。


だいぶ前のお話でも書きましたが、同年、オーストラリアへ出戻る前、私達はシンガポールに住んでいました。ダーリンの新しいお仕事の為に、同年の2月にオーストラリアへ引っ越してきたばかりの私達。ダーリンは新しいお仕事を始めたばかりでしたし、クイーンズランド州での大学院の入学も控えていました。また、ダーリンが我が家の

稼ぎ頭でしたので

(有難い事に私の学費や生活費、全てダーリンが出してくれましたお願い)、

私達が取った決断は




遠距離生活泣くうさぎ




でした。私の入ったプログラムはaccelerated programというコースで、幸な事に通常2年かかるコースを1年で卒業できるというコースでした。

1年の遠距離なら頑張って乗り切れるだろうという事で遠距離生活決断しました。




ただでさえ、オーストラリアの学校へ行くなんて不安が大きいのに、ダーリンなしでやっていけるのか本当に本当に不安でした滝汗 あの当時、よく諦めずに決意していけたなっと自分を褒めてあげたいです。



オーストラリアの学校は定期的に長期休みがあるし、その度にダーリンの所へ戻ってこればいいんだ!長い人生の中のたったの1年!と必死で自分に言い聞かせていました。




そうと決まれば、引越しの準備です。

引越し先には車で行く事にしました。

2000kmの距離をゲッソリ




それを1人で運転しようとしている自分、度胸あるなって自分でもビックリしましたアセアセ



飛行機で移動しても良かったのですが、南オーストラリア州は田舎なので、車がないと現地での生活に不便かなっと思い、決断しましたダッシュ

車なら、衣類や身の回りの物も車に積めるだけ持っていける私、一石二鳥ですしね爆笑




という事で、南オーストラリアまで車で引越しをしました。途中までダーリンが同乗してくれたので、なんとか最後まで1人で辿り着く事ができました爆笑