東日本大震災より1ヶ月が経ちました。
まだまだ心が痛くなるニュースばかりで、私もなかなか前に進めず・・・。
1ヶ月経ったということで振り返り、かつこれからの防災に少しでも役立てば・・・と思い当日の事などを書き出してみます。
3月11日
午前中ママ友とランチ会→幼稚園お迎え。→13時40分に迎えに行く予定が14時になってしまう。→先生としばらくお話→買い物行く途中普段は付けないのに車でラジオを付ける。→いつも停める地下駐車場がこの日はなぜか外まで渋滞
→隣のお店の立体駐車場に向かう
→4Fまで行きバックにした途端ラジオから聞き慣れない音+「宮城県沖で地震・・・」と流れ頭ではまだ理解出来ない。とそこから10秒後くらいに大きい揺れ。落ち着く事もなく今度は経験した事のない激震。恐すぎて息が吸えない。止まらない揺れの中、車をパーキングにしフットブレーキ踏み、さらに足でもブレーキを踏む。必死。揺れの中停電。駐車場内は真っ暗に。駐車場内から車がぶつかっている音なのかガシャーンガシャーンと聞こえる。
体感2分くらいの揺れ?落ち着いてもまた大きい揺れがくる。立体駐車場が崩れたらどうしようと死を意識する。
次男揺れの度にギャン泣き、「お兄ちゃんもママもいるから大丈夫だよ」と長男。
大きい揺れが収まって店内に行こうと思ったが、シャッターが閉まってて入れない。みんな非常階段から逃げている。 同じ駐車場内のおじさんに「車の中でラジオ聞いていた方がいい」と言われ車に入り、揺れが収まっている間に車で駐車場脱出。
長男お店に行けなくて大泣き。
向かいのビルのコンクリートやら看板が落ちたり崩れている。
信号も全て消えてひとまず平地にて1時間ほど車でTV見ながら待つ。
気持ちも落ち着いて帰宅。普段なら15分~20分の距離なのに信号が全滅で大渋滞で2時間かかった。その間にも余震を何度も感じる。足の震えは運転中ずっとだったが、ラジオの人の「必ず収まります」の言葉でパニックにならずに済んだ。
-帰宅後-
●まず家の中を確認。大惨事。危険な物をとりあえず取り除き1番被害のなかった和室に子供2人上靴、靴のまま入れる。
●水確認。まだこの段階では普通に出たからそのままにしたのがまずかった。
●懐中電灯とラジオ準備、電池を新しい物入れる。
●水の出が悪くなってきたので慌ててタンクと浴槽に水を溜めるが途中で断水。
●20時頃旦那帰宅
この日、南三陸海岸で勤務予定だったけれど、前日に全てを終わらせて現場を変えていたそう。この日はお昼を遅らせて午前中に地下仕事をして発生時間はちょうどお昼休憩していたそう。奇跡!!
●停電していたのでコンセントを抜ける所全て抜く。
●携帯、家電は使い物にならず。
●公衆電話も全然使えない
思い出せるのはこのくらい。ご飯は子供らにパン食べさせてあとは覚えてない。
今までの生活は本当に贅沢だったと実感。
発生から2日後に初めて買いだしに。旦那と二手に別れるがそれぞれ3時間ほど並んで、水、お茶、カップ麺、おむつなど購入。おしりふきは買えず。旦那と合流後、偶然その場で開けてくれたケーキ屋さんにてパン代わりに洋菓子類を大量購入。
パン、カップ麺、カセットコンロ用のボンベ、電池、水、懐中電灯などはほとんどの店が売り切れ状態。
発生から3日間電気が来なかったので、夜は19時過ぎには就寝してました。電気が繋がった瞬間涙が
どうしても小さい子達がいるので2日目には卓上コンロを使い圧力鍋でご飯を炊きました。
●お米3合
圧力5分→蒸らし10分
(我が家のはティファールの圧力鍋で、他メーカーは少し時間変わるかも?)火が少し強かったみたいで少し焦げてしまったけれど、温かいご飯が涙が出るほど美味しかった。
なんか温かいご飯って生きてるのを実感させてくれるね。
こういう時って普段だったら絶対話しない知らない人と会話するよね。
人の暖かさを感じる。
ボランティアの方達やご近所さん。知らない人まで助けてくれた。
そして携帯の電源が入った途端に鳴り止まないメール。発生直後からずっといれてくれたメールやメッセでも入れてくれた方。嬉しくて嬉しくて大泣きしました。
まだまだこれからの事、連絡付かない人達の事、ニュースの内容などなど手放しでは喜べないんだけれど、これから頑張っていかないと。
こういう日記を書いていいものか悩んだけれど、今後何かの役に立つ事があれば・・・と思います。
普段から懐中電灯、非常食、水は準備しておくべき。ペット飼っている人はペットの分も。
電池、コンロのボンベも予備が多ければ多いといいかも。
バーベキュー用のコンロがある人は炭があるといいね。
クレジットカードもATMも使えないから現金も必要!!
薬とかもストック確認しておいた方がいいかも。
洗い物が出来ないから、ラップやホイル、紙皿紙コップはあると重宝します。
あとは車で携帯充電できるやつ。我が家の車はアルファードだったんだけれどはコンセントがあって直接させたからうち用意してなくて。 丁度アルファード買い換えで売った直後で新しい車の納車が3/14の予定でした。なので当時は台車の軽で携帯の充電も出来ず。納車の車もガソリン入れられないから取りに行けない状態でした。
ガソリンも深刻で、最近は震災前に戻ってきたけれど、1週間前くらいまではガソリン渋滞。いつ開くか分らないガソスタの前に車を何日も置いて列確保してたり・・・私は運良く6時間位並んで4000円分入れられたけれど・・・ガソリンを普通に入れられない。
あとは思い出したら随時足していきます。
我が家は電気が通ったあとも、節電してます。まだまだ停電している地域もあるから少しでも協力しよう。
どさくさに紛れて空き巣が多くなってるそうです。戸締まり、貴重品の管理も注意です。
我が家は52インチ薄型TVは普通だったのに、36型ブラウン管が落ちてた。あんなに重いピアノが部屋の真ん中まで動いてた!!普段ピアノのそばで次男は昼寝するから家にいたら・・・と思うとぞっとする。
あとは原発。深刻。
福島は近すぎる。子供達には絶対被爆させたくない。
けれど何が正しくて何が間違っているのか・・・情報が分からなすぎる。
それでも明後日には長男入園式を予定通り行えます。年少から通っていたけれど、年少は別物と考えるみたいで2度目の入園式です。
震災後からずっと幼稚園もお休みに入って、幼稚園から義援金までいただきました。
幼稚園は水も出てたみたいで食料もいくらか確保できてたので「ない時は配達します」とまで連絡が。本当にここの幼稚園に入れて良かった。入園なのに泣いてしまうかも。
普通の生活がどれだけ贅沢で便利だったのか・・・改めて思い返す事ができました。
先週の7日だったかな。夜の23時半過ぎにまた震度6の余震。落ち着いた頃にまたあの揺れが。またピアノが移動。揺れの途中にまた停電。心が折れそうになりましたが、子供2人はあの揺れの中でも爆睡。幸い余震に備えてはあったので落ち着いて行動できましたが、貯めた水が赤かった・・・。朝には電気も付いたので一安心でしたが1年後位にも同様の余震が来る可能性があるそう。毎日を大切に上を向いて、そしてこの震災の事を忘れないで生きていこうと思います。
長くなったけれど、心配してくれたみなさん、本当にありがとう。ありがとう。
被災された方々には心より御見舞申し上げます。