「チェギョン」
名前を呼ぶと先を歩いていたチェギョンが振り返った。
驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
問題はなさそうだ。
僕は可能な限りの早足でチェギョンのそばに向かった。
「お前、いい加減勝手にいなくなるのをやめろ」
「勝手にいなくなるって、宮の中なら自分の家みたいなものじゃない」
「こんな広い中で一人でなにか起きたらどうするつもりだ?もう少し自覚を持ったらどうだ?」
「自覚って?」
不思議そうにキョトンとしている。
分かっていないチェギョンにため息が出た。
「母親としての自覚だろうが」
「あ!そういうこと」
恥ずかしそうに頬を染めながら、右手で愛おしそうにお腹を撫でた。
「まったく、一人で具合が悪くなったらどうするつもりだ」
「ごめんなさい。調子が良かったから散歩したかったのよ」
「これからはそういうときは僕を誘うんだな」
「はーい」
それから僕はチェギョンがうっかりつまずいて転ばないように手をしっかりと握った。
チェギョンも答えるように握り返してくれる。
僕たちが十分二人の時間を楽しんだのを見計らったかのようなタイミングでチェギョンが懐妊した。
誰よりも一番喜んでくれたのがおばあ様で、ひ孫を抱くためと言って体力の向上をされているようだった。
もちろん父上や母上、宮のみんなが祝福してくれた。
状態が落ち着いて最近公式に発表すると、予想以上に喜びの声が届いてきた。
僕のチェギョンはみんなから愛されていることが嬉しかった。
「この前ガンヒョンと話したんだけど、赤ちゃんはシン君に似るべきだっていうのよ。私に似ると生活感が出るかもって。ひどいわよね」
楽しそうに話すチェギョンは僕から見ても十分皇族としての品位を感じられた。
結婚してからチェギョンはたくさんの努力をして素晴らしい皇太子妃に成長したと思う。
「僕はお前に似て欲しいよ」
「本当に?」
「お前の諦めずにしっかりと自分の意思を通す力は誰にも負けない素晴らしいものだと思う」
「やだ、そんなに褒めないでよ」
「外見は僕の方が人気は出るかもしれないけれど」
照れ隠しにそう言うと、チェギョンは楽しそうに笑ってくれた。
「結局シン君似がいいんじゃないのよ~」
正直男女どちらが生まれても、どっちに似てもいいと思っている。
僕たちの愛おしい存在であることに違いはないのだから。
「生まれたら、こんなふうにのんびりお散歩なんてできないのかな?」
可能な限り僕たちは自分たちで育児をしたいと思っている。
そうなると公務以外の限られた時間が使われることになる。
「そうかもしれないな」
「二人っきりもおしまいになっちゃうのか。寂しいような嬉しいような複雑な気持ちよね」
「確かにそうだな」
僕たちは二人を望んで、二人になって、そして望んで二人が終わる。
「シン君、たくさん写真を撮るわよね」
「お前は奇抜な服を着せるんだろうな」
僕たちはお互いの未来を想像して笑い合う。
二人が終わってもその先はちゃんとつながっていて、今以上に喜びや楽しみをみつけられるのだろう。
もしかしたら思いもしないようなことに悩み苦しむのかもしれない。
僕と同じように生まれてくる子も生まれ持った立場に葛藤するのかもしれない。
そんなときは僕に父上や母上、おばあ様という道標がちゃんといてくれたように、僕たちが道標としていよう。
僕としてはいろいろ反抗しているつもりだったけれど、しっかり見守られていたのかもしれない。
「何笑ってるの?」
「自分がどんなふうに育ってきたのか思い返して、いろいろ抗っているつもりでも父上たちにしっかり見守られていたのかなと思ったんだよ」
「そうかもね。家族ってありがたいわよね。私も皆様と出会えて縁をつなぐことができてとても幸せよ」
最近ちょっと涙もろくなってきたというチェギョンは今にも泣きそうなほど瞳をうるませていた。
「もちろんシン君ともね。ありがとう」
「ありがとうを言うのは僕のほうだろう?」
こうして今幸せを感じられるのは、ずっとそばにチェギョンがいてくれたから。
チェギョンの涙を指で拭うと照れたような笑みを見せてくれる。
これまでの幸運に感謝し、これからの幸運を切に願う。
「さぁ、戻ろうか。運動は大切だが、程々にしておかないと」
チェギョンの髪を撫で、チェギョンのお腹を撫でる。
僕の大切なものと僕たちの大切なもの。