最近は伊藤比呂美の
『よいおっぱいわるいおっぱい』
『おなかほっぺおしり』
『おなかほっぺおしりそしてふともも』 を読みました。
妊娠から出産、育児を描いたエッセイです。
これの過激なこと!
いや、十分普通におもしろいんですが、これが育児雑誌に(プチタンファンだそうです。今はないよね)連載されてたんだ・・てとこで、そのことを念頭に置くと過激だなあ、と。
今のぬる~いひよこクラブとかベビモでは考えられない。
どれだけぬるいかというと「赤ちゃんのために家の中でもUV対策を」・・・う~んめんどうくさいのですが・・・。
ワールドカップで日本惨敗でもがんばったムードが漂ったときに一人日本選手のふがいなさに怒り狂った土田晃之でさえ、悩み相談では「子どもがいたら疎くなってくるけどイベントは大切にした方がいいよ」・・いや、そうなのだけれども、お前が言うな。
「ホロリ☆育児メール」のコーナーでは「立ち会い出産したパパから→お前スゲーよ。ありがとう。」すげえバカっぽい。
雑誌に出てくるお母さん達のきれいなこと、おしゃれなこと(例外もあるけど)。子どもの無駄におしゃれなこと。
子どもの名前のステキなこと。虹心(にこ)碧空(あとむ)羽音(はのん)・・
オタクやゲージツ家等変人がつけるんではなく、そんなんが嫌いな普通の人がつけた名前。何故。
このように育児雑誌にはやさしさと良識の嵐が吹き荒れていて私のようなひねくれもんには耐え難い雰囲気があります。
もっと幼児虐待のコーナーとかニュースとか載せろって。
気休めのきれい事ではなく「虐待したくなったらどうすればいいか」書けって。
子供の総オシャレ化の風潮も感じます。それは私の周りのママ友もそう。
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でもたかが20年前の育児雑誌はまだ気骨があった。
伊藤比呂美といえば性について過激に描く詩人というイメージでしょうか。
当時その起用は今よりもセンセーショナルだったでしょう。
彼女に育児エッセイを書かせるなんて本当にイカス。いい時代だ。編集者が優秀なのか?
よく抱いてよく話しかけなさいということについて、「ほとんど迷惑です。」で、テレビを見ながら授乳することに対してもテレビは見ないけど読書はした、「時間がもったいない」から。
低月齢の赤子に話しかけても何も返ってこないことに対して「あきちゃう。おもしろくないから。」
で、最後に郷土人形にあやされた農村の赤ちゃんの例を出し、「母親のできる範囲で、とわたしは思うのであります。精神的にも肉体的にもたいへんなのは母親で、コドモはあんがいどんな状況でも元気に育って行いくに違いない」と結論。
大事なのは「がさつ、ぐうたら、ずぼら」そのためには「①写真は撮らない②記録しない」!いいなあ。
また、ついつい子どもを殺したくなるという読者からの投稿に
「結論から言うと私は大好き」「悪意を持って私が殺す。うっかり過失でわたしが殺す。いろんなカノコ(娘)の死を想像します。そうすると詩がやたらと書けます。」(この後カノコちゃんの死に姿の想像が羅列される)
で、「かわいいから殺したい。それでいいんではないか」と。
娘も母親をうっとおしい、殺したいと思うことがあるでしょう。「そうすればおあいこです」
母親が無責任かつ幼いが為に起きる子殺しが増えた昨今の趨勢にはそぐわない解答でしょうが、真面目に育児に取り組んで愛憎のさなか苦しんでいるお母さんには一番安心する答えなのではないでしょうか。
あと伊藤比呂美の場合偽悪ぶってるところもあるだろうけど、本当に子殺しについて深く考察することをおもしろがってそうなところがナイス。
こどものおしゃれについて。
「スタイリストになろうってんならともかく」普通の人間は「おしゃれ以外に、もっと考えなきゃいけないこともたくさんある。オトナもコドモも。
わたしは昨今の日本人の趣味のよさ、裕福さが実に不愉快です。」
このせいで「別の所のなにかがめちゃくちゃ貧しくなってきたような気がする。」
ああ、いいなあ。かっこいいなあ~~。
こんなことこそひよこクラブにのせろよ。
趣味がよいことが善ではないと。
個性がどーこーいうならその画一的な趣味の良さこそ悪だと。
これによってどんだけオタクの肩身が狭いか!!私怨。
このように痛快な部分を挙げていけばきりがない。
ただ過激で偽悪的ななものいいの裏には、すぐ子供を殴るダンナに対してはらはらする姿、奇形児がもし産まれてきても「力いっぱい受容したい」と答える姿、カノコちゃんが少しずつ成長して、把握できない部分が出てきたと寂しく語る姿など愛情に満ちあふれている。今で言うと西原理恵子に一番近いかな。
特にカノコちゃんが話すカノコ語「オーチャン」が」いつのまにか「お父さん」になっていく「カノコ語の衰退」にはホロリとさせられました。カノコちゃんにあわせて大人もカノコ語を話す。いつの間にかカノコちゃんは成長して新しい言葉を話す。そして大人がおいていかれる。いつもカノコちゃんは大人の一歩前を軽やかに踏み出す・・・。
詩人ならではの繊細さ。こどもの成長にたいする細やかな愛着。
ああ、愛情って本来こんなものではないんかのう、と思ったぴのっちでした。
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長くなっちゃった。ということで、20年前はまだよかったなあ。
今の育児雑誌は読むに耐えない。
伊藤比呂美の詩集よみたくなった。
持ってたかなあ~~~