野ばらのひとり言

野ばらのひとり言

思いつくまま、気の向くままに・・・

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 職場でニコニコして人のミスなどもそっと直したりしているうちにそれが当たり前になったり、直してあげなかったら、なぜか私が上司に文句を言われ・・・。そもそも私のミスじゃないのに。
先日も濡れ衣を着せられて、私のせいみたいになったPCトラブル、PCに詳しい人が一人だけ、私がそのトラブルに関係していないと言ってくれたけど、声の大きな別の上司がその声をもみ消してしまった。実は彼こそがトラブル原因とみられ、その点を指摘されて慌てて、私のせいとしてその場を収めようとしたようだ。その時はどうでもいいやと思ったり、かばってくれた人に感謝したりしたけど、その後、怒りが少し出て、しばらくして私って、いつもとばっちり食らうよな、そんな人生だよねって、妙に諦めたりして。そんな自分がみじめになったり・・・。言い返せなかったことに、自分で自分が腹立たしかったんだな。
でも波風立てずに、その場を収めたという点で、自分はえらいって思うようにしよう。
そして、一人で戦ってきたような職場にも時折、リスクもあるのに言い返してくれる援護者がいたということも救いになったかな。
小さな会社で、しかも夫が社長で、そして夫は私をただのパート社員としか見ていないし、困った事態にはさっと逃げて、助けようともしない人。それどころか、自分のミスをこちらに押し付けてきたことも。それからはこちらも防衛策で確認作業を増やし、こちらのせいにされないようにしているが、夫がそうだから、上司も同じような態度なんだなと思う。
そして私が擦りつけられても言い返せない性格だから。
何度も書くが、そんな中で知識をもとに言い返してくれた人がいたことで、孤独だと思っていた職場で少し救われた気持ちになった。
ほんと、言い返せたり、とぼけたりできる人が羨ましい。

 

 

全く反りの合わない実母80過ぎ。

母の日の朝から電話がかかってくる。特に用事はないと。母の日にわざわざかけてきて、用事ないって、見え透いているのだけど、一応昼過ぎまで用事があったので、その後に行くと伝える。適当にお菓子を買って家を訪ねた。『適当に』というのは、今までずっと『ありがとう』と言われたことがないために、少々嫌気がさしていたからだと思う。訪ねる前から、夫にその話をしつつ、訪問し、お菓子を渡すと、案の定冷蔵庫に入らないだの、持って帰れだの散々。一言も感謝の言葉が出ないことに、夫と顔を見合わせて苦笑い。今更諭すのも無駄なので、しばらく話をして早々に帰った。母は兄夫婦孫と同居しているので、寂しくもないだろうし、こちらが心配することも無い。昔からこんな人だったなぁと思い返しながら、帰る。子供の頃、手作りのカーネーションの折り紙を翌日にゴミ箱に捨てられてた事を思い出した。周りの人たちの話とは違うであろう冷めた母の日。


ボス的ヨガ師範と、在日富豪中国人に振り回された数年。理不尽なことがあっても、黙って我慢してきた。自分のせいにして心がボロボロになるまで。仲の良かった共通の友達も気まずくなったりして。それはそれで人の気持ちは操作できないとしても、少なくとも私は操作したり、攻撃をしなかった。そんな人から離れるねと後はその人の意志に任せた。離れていった人もいた。

悲しかったけど、今は思えるの。でも私は攻撃したり、遠隔操作的な泣き落としとかしなかった。私をまっすぐに見て、合わなければ仕方ないと思ってきた。無用な争いは避けてきた。それが回避というのなら、回避性パーソナリティ障害になったとしても、とても平和主義な人間じゃない? そんなことを思った今日でした。